05
テーブルに突っ伏したまま
ななせは深く深呼吸を何度もした。
「・・・・よし!」
起き上がって姿勢を伸ばし、頬を叩いた。
「ボンちゃんの言ってた事、忘れずに覚えておこう。
レンくんが私を見捨てたとしても
私がボンちゃんを止めれるようになろう・・・!
ううん、見捨てられないように
私がもっと頑張るべきだよね!」
シフォンケーキをガツガツと食べながら
ななせは自分に言い聞かせるように言った。
「私がレンくんを守れるくらいに・・・!」
冷めてしまったホットミルクを一気飲みしていると
背後から頭に何かを乗せられた。
「誰が誰を守るって?」
ななせがゆっくりと顔を上げると
鬼の形相をしたレンがななせを見下げていた。
このあと、ななせはレンに30分ほど説教をくらった。
レンからの説教を聞き終え、
ななせは頭に乗せられていた自分の財布をバッグに入れると
会計を済まして、レンとカフェを出た。
「あれ、そういえばゴウキくんは?」
エレベーターを待つがてら気になっていた事を聞くと
レンは広告壁紙を見ながら答えた。
「エントランスにいる。
あと、お前に会いたいって奴もそこに一緒にいる」
「私に会いたがってる人・・・?」
一番に思い浮かんだのは幼馴染のハレヤだった。
「ハレヤかな・・・っ!!」
表情が明るくなって鼻歌を歌いだしたななせを
レンは横目で見て言った。
「お前、こんなとこで何してたんだ?」
「え・・・」
鼻歌を歌うのを止めて
キョトンとした顔でレンを見ると
ななせは黙りこくってレンから目を逸らした。
「ええっと・・・」
『彼と旅をするのはもう止めた方がいい』
『これはあくまで僕の考えだけど・・・
彼はいつかキミを見捨てるんじゃないかと思う・・・』
『彼がキミに悲しませるような事をするのなら・・・
僕は問答無用で彼を潰すだろう・・・
二度と立ち上がれないくらいに・・・』
言える勇気はなかった。
怪しげにこちらを見つめているレンを
ななせは直視出来なかった。
沈黙が続く中、エレベーターが到着した。
エレベーターのドアが開いたと同時にレンはため息をついて
「行くぞ」と言うと先にエレベーターに入った。
話すべきではないと思ったななせは
苦い表情でややうつむきながら
エレベーターに入った。
開閉ボタンの傍にいるレンは腕組みしながら
対角線上の位置で背を向けていたまま表情を見せないななせを
怪しげに見つめながらななせの回答を待っていた。
「・・・オレに言えないような内容か?」
5階まで降りてきた時、
重い沈黙の中レンは言った。
「・・・今は・・・言えない」
窓ガラスに手を添えて小さく呟くななせの姿を見て
レンがため息をつくとエレベーターは1階に着いた。
ドアが開いてレンは先に出ようとすると
ななせに服の裾を掴まれた。
「カフェでの出来事・・・
今は気持ちの整理がついてないから話せないけど、
これだけは言えるよ・・・!」
レンは面倒くさそうに振り返ると
ななせは俯いていた顔を上げてレンに笑いかけた。
「私、レンくんが好き・・・!」
不意打ちの出来事に唖然とするレンに
ななせは先にエレベーターから出て振り返ると
いつもの笑顔で元気に言った。
「だから、これからも頑張ろうね!
私も頑張る!」
それだけ言って鼻歌歌いながら
エントランスに走って行くななせを見て
レンはななせの言葉がずっと脳内で再生されていた。
『私、レンくんが好き・・・!』
顔が熱くなっていくのが分かって
慌てて左手で軽く顔を隠して舌打ちをした。
「・・・なんだよそれ・・・」
エレベーターのドアが閉まって1人取り残されると
ゆっくりその場にしゃがんだ。
ハレヤがエントランスにいるかもしれない、
そう思うとななせの心臓の鼓動が高鳴って笑みがこぼれた。
ゴウキを見つけると手を振りながら
ゴウキに声をかけた。
「ゴウキくーん!」
ななせを見てゴウキは「やっと見つけたー!」と言って
ななせに駆け寄った。
「服買えたんだ! 似合ってるよ!」
ゴウキの肩を2、3回叩くと
ななせはハレヤを探しに辺りを見回した。
「似合ってる、かぁ・・・!」
ゴウキはにかんで笑うと
さっきから辺りをきょろきょろしているななせを
不思議そうに見ながら言った。
「何してるんだ、ななせ?」
「私に会いたがっている人がいるって聞いて
もしかしたらハレヤかもしれないと思って・・・!」
目を輝かせて答えるななせの右頬に
冷えた缶ジュースが当たった。
びっくりして缶ジュースを当てた人を見ると
ムクがフッと笑いながら言った。
「残念、俺の名前はハレヤじゃないんだよね」
ななせはムクを見て
傷薬を渡した青年の事を思い出すと声をあげた。
「あなたは・・・!」
「また会えたね。 恩返し、しに来たよ」
ニコッと笑うムクを唖然としながら見ながら
ななせは缶ジュースを受け取った。
「そういえば、キミにはまだ自己紹介してなかったね。
俺はムク」
ななせの持ってる缶のふたを
開けてあげながらムクは言うと
もう1つ持っていた缶ジュースをゴウキに渡した。
ハレヤじゃなかったんだ、と内心残念に思っていながら
ななせはムクにお礼を言った。
「私はななせ! よろしく!」
ななせはムクと握手を交わすと
ジュースを一口飲んだ。
「さて。
キミに会えた事だし、使ってない傷薬は返すよ」
ムクはななせの手を取り、傷薬を渡した。
「使った傷薬の分はきっちり恩返しさせてもらうよ」
背筋をしゃんとしてムクはななせに言うと
ななせは傷薬をバッグに入れながら言った。
「恩返しって・・・
別にそんなのいいよ〜、しなくて」
笑いながら答えるななせに
ムクは真剣な表情でななせを見つめながら言った。
「駄目だ。
こうでもしないと俺のプライドが許せない。
借りを作るのは”ルール”に反する」
「ルール?」
缶ジュースの蓋を開けるのに苦戦しながらゴウキはムクに言うと、
ムクはゴウキの缶ジュースの蓋も開けてあげて
慌てて言い直すように苦笑いした。
「ルールじゃなくて、えーと・・・
そ、そんな事よりこれからどこへ行くの?!
良かったら俺が案内するよ!」
話題を逸らされたななせとゴウキは
ムクに背中を押されながら歩くと
3人はタワーの中から出た。
「何か大事な事忘れてる気がするんだけど・・・」
ななせはジュースを飲みながら思い出そうとしたが
全く思い出せずに「まぁ、いっか!」と開き直って
ムクに手を引かれながら歩いた。
やっと気持ちが落ち着いたレンは
エレベーターから出てエントランスの方に向かったが
3人の姿が見えない事に気づくと
イライラがつのってきた。
「あいつら・・・
オレを置いてどこ行きやがった・・・っ」
レンは舌打ちすると走ってタワーから出た。