04
「ななせ、来ないな・・・」
すぐ傍にあったベンチに腰かけながらゴウキは言うと
レンはベンチでぐったりともたれながら言った。
「言ったろ、あいつ(ななせ)について行くと
疲労が絶えないんだ。
お前、よく仲間になりたいって言ったもんだ。
オレなら絶対誘われてもお断りだな」
空を見上げて話すレンをゴウキは不思議そうに見ながら言った。
「でもレンってななせの旅について行ってるよな?
なんか・・・言ってる事矛盾してね・・・?」
遠くを見つめながら静かに口を開いて言った。
「・・・そうだな。
矛盾してるな・・・」
しばらく沈黙が流れ
うとうとと睡魔に襲われ始めた頃、
2人の前に鋭い目をしたあの青年が近寄ってきた。
レンは空を見上げているのをやめて
青年を睨んだ。
青年は表情を変えずに言った。
「あのさ・・・人を探しているんだ。
焦げ茶色のボブヘアーの小さい女の子を・・・」
青年の言う女の子の話を聞いて
レンとゴウキはすぐにななせの事かと思い
互いの顔を見合わせた。
青年は2人の様子を見てクスッと笑って
手に持っていた傷薬を2人に見せた。
「知っているみたいだね。
俺さ、彼女に恩返しがしたいんだ」
レンは青年の持っている傷薬を一瞬見ると
ベンチの背もたれに再び背をあずけた。
「残念だったな。
お前の探してる女はオレ達にも場所は分からねぇ。
この街のどこかにいるみたいだが、
待ち合わせ場所に一向に来ねーんだ」
青年は残念そうにため息をついた。
「そっか・・・
このタワーの前にいたとこまでは見てたんだけど・・・」
レンとゴウキは青年の台詞に再び反応した。
意味深な事を言った青年に
ゴウキは青年を警戒しながら聞いた。
「見てたって・・・どこから?」
「あそこ」
青年はタワーから数メートル離れた
白い教会の屋根指差した。
「俺、こう見えても目だけは良いから」
青年は目を細めてゴウキに向かって微笑むと
興味無さそうにタワーを見上げているレンを見た。
「あと探してない場所って言ったら
あの(タワーの)中だけ・・・だったっけな」
レンが小さく呟くと
青年は目を閉じてフッと笑った。
「俺の推測では、彼女はタワーの中にいると思うよ」
2人の話をいまいちよく理解出来てないゴウキは
青年に言った。
「あ、あのさ。
オレ、今から空気読んでない事言うけどさ・・・」
青年は「ん?」と言ってゴウキを見た。
「まずは自己紹介からしないか?
オレはゴウキ。
そこのベンチでくつろいでるのはレン」
青年は自己紹介の事をすっかり忘れてたと
言わんばかりの反応をして言った。
「それもそうだね。
俺はムク。
よろしく、ゴウキにレン」
ゴウキとムクは互いに握手を交わすと
タワーの入り口に入っていった。
タワーの10階にあるカフェでは
ななせとボルサリーノが他愛もない話をして笑い合っていた。
「そしたらレンくんがね・・・!」
クリミアジムの話、
ゴミ捨て場での話、
新しい仲間が出来た事などを
ななせはボルサリーノに話した。
ボルサリーノは優しく微笑みながら
ななせの話を聞いていた。
会話の途中でウエイターがやって来て
テーブルにななせが注文した
シフォンケーキとホットミルクのセットと
ボルサリーノが注文したカフェモカを置くと
一礼して去って行った。
「楽しそうで安心したよ・・・」
ボルサリーノは目を閉じてカフェモカを一口すすって言った。
「楽しいけどそれと同じくらい悲しい事もあるよ。
けど、悲しい事ばかり考えるのは嫌なの・・・
悲しい事考えてたら笑顔が消えちゃうし・・・
なにより、皆の前では元気でいたいの」
ななせはシフォンケーキを一口サイズに
フォークで一口サイズに切りながらつくり笑いをした。
「そう・・・」
ボルサリーノはゆっくり目を開くと
ななせに笑いかけた。
「・・・なっちゃん、
頭領くん(レン)と別れる気はない・・・?」
突然今の話と関係ない事を聞かれ
ななせはシフォンケーキを食べようとした手を止めて
唖然とした表情でボルサリーノを見た。
「え・・・
わ、別れるって・・・?」
ボルサリーノはカフェモカをテーブルの隅に寄せて
目線を下にしながら無表情で言った。
「・・・そのままの意味だよ。
本音を言うなら・・・
彼と旅をするのはもう止めた方がいい」
ゆっくりと顔を上げて
ルビー色の目で真っ直ぐとななせを見た。
「ど・・・どうして・・・?」
戸惑って顔を引きつらせているななせは言った。
ボルサリーノはテーブルに肘をついて
カフェモカの入ったカップをつついている手に目線を移動させて言った。
「これはあくまで僕の考えだけど・・・
彼はいつかキミを見捨てるんじゃないかと思う・・・」
その言葉にななせはショックを受けた。
下唇を噛みしめてななせは黙ってボルサリーノの話を聞いた。
「キミは・・・
彼がそんな事をするはずがない、
と思うかもしれないけど・・・
もし僕の言った事が本当になれば
彼を信じていたキミにとっては
とても大きなダメージを負うだろう・・・
ここに、ね・・・」
自分の胸に手を触れながら
ボルサリーノは目線をななせに向けた。
ななせは黙って下唇を噛みしめながら
ボルサリーノの話を聞いていた。
『そんな事レンくんはしない』と言いたいのに
言葉が出なかった。
きっとそれは
心の奥底でレンに見捨てられるんじゃないか、と
思っていた証拠なのかもしれない。
ボルサリーノはカフェモカの表面のミルクを眺めながら
カップに軽くデコピンした。
「彼がキミに悲しませるような事をするのなら・・・
僕は問答無用で彼を潰すだろう・・・
二度と立ち上がれないくらいに・・・」
「・・・・っ!!!」
席を立ち上がり『やめてっ!』と言いそうになったななせは
ボルサリーノの目から伝わる殺気に
ななせはボルサリーノに恐怖を感じた。
ゆっくり目を閉じてボルサリーノは
肘をつくのを止めて言った。
「・・・僕は本気だよ・・・
キミが彼を信じ続けるならそうするといい・・・
よほど彼を信頼している、と解釈するから・・・
彼といて幸せならそれでいいんだ・・・
キミの幸せが、僕の幸せでもあるから・・・」
ボルサリーノは大きなリュックを背負いテーブルに料金を置くと、
ななせの肩にそっと手を触れて囁いた。
「こんな話をしてごめん・・・
でもいつか伝えるべきだと思ってたんだ・・・」
肩を落としてうつむいているななせは
ゆっくりとボルサリーノの手に触れた。
「また・・・会える・・・?」
消え入りそうな声で呟くななせに
ボルサリーノは悲しそうな表情をして
マントのフードを深くかぶると、
ななせの手からするりと手を離しながら答えた。
「・・・ごめん。
もう会えないよ・・・」
ボルサリーノの立ち去っていく足音を聞いて
ななせは顔を勢いよく上げてエレベーターの方に
振り返るとボルサリーノの姿はもうなかった。
ななせは肩を落としてゆっくりとテーブルに突っ伏した。
ボルサリーノから聞いた話をまだ全て受け入れられなくて
どうすればいいのか分からなかった。
クラウンシティの賑やかな市場から少し離れた木の下で
ボルサリーノはうつむいて
行列を作って横切っているアリを眺めていた。
「・・・僕は異能者、キミは人間・・・
生きている世界は同じでも暮らしている環境は違う・・・
それでも・・・
キミの傍にいたいと願うのはワガママ・・・なのかな?」
風に吹かれて舞い降りてきたピンクの花びらを手に取ると、
目を閉じて花びらを唇に触れた。
「キミの幸せを祈って・・・
僕は・・・」
手を離すと花びらは風に吹かれて
大空へと飛んでいった。
ボルサリーノはゆっくりと目を開いて呟いた。
「僕は・・・今の闘いを終わらせなきゃいけない・・・」
この闘いが終わったら・・・・
その時は・・・
ボルサリーノはアリの横断を跨いで
ゆっくりと西へと歩を進めた。
「キミを迎えに行くとしよう・・・」
大好きなキミの笑顔を脳裏に焼きつけて・・・
僕は今日も戦い続ける・・・