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Chapter 8 飛べない鳥
うららかな晴天の午後のクラウンシティ。
賑やかな市場から離れた場所にある
ボロボロの教会の屋根に灰色の髪をした青年がうずくまって座っていた。
長くもなく短くもない灰色の髪に
前髪の部分だけ赤髪がそよ風で揺れる。
青年の革ジャンの肩にはモンキチョウがとまっていた。
買い物途中の女性達が
屋根にいる青年を見つけるとヒソヒソと話しだした。
「見て。 彼まだ待ってるわ・・・」
「かわいそうにね・・・
渡り鳥ってすぐに仲間を見捨てるから・・・」
青年には女性達の話し声が全部聞こえていた。
「あれからずっと屋根の上で仲間が
飛んで来ないかと待ってるんでしょ?
そのうち保健所の人が来るかもしれないのに・・・」
青年はギリッと歯を食いしばり、拳を強く握った。
「今ではクラウンシティの名物になっちゃってるけどねぇ・・・
『飛べない鳥』ってね」
「うるさいっ!!」
青年は立ち上がって女性達に向かって大声で叫んだ。
驚いた女性達は青年を見上げると、
見てみぬフリをしてそそくさと青年の前から去っていった。
女性達が去った後、
青年は空を見上げて屋根の上に寝転がって小さく呟いた。
「・・・うるさい・・・うるさい・・・」
鷹のような鋭い目つきで空を羽ばたく鳥達を見上げて
下唇をギュっと噛み締めた。
アイスクリーム屋で無事アイスクリームが買えたななせは
近くのベンチに座っていたレンに駆け寄った。
「じゃじゃぁーーーーーん!!」
ななせは2個も積み重なったアイスクリームを
レンに見せると危うく落としそうになった。
「ふぉ! 危なかった〜・・・」
「んで、結局何味買ったんだよ」
ニコニコしながら隣に座るななせを見ながら
レンは言った。
「ふふふ〜。
サイダー味とメロン味!」
指を差しながら説明すると
ななせはアイスクリームを1口食べた。
「イチゴとチョコも美味しそうだったけど、
それはまたの機会にしようと思ってね!
あ、食べる?」
ななせがアイスクリームを向けると
レンは首を横に振った。
「食べ歩きの続きは
チビ(ゴウキ)の見舞いの後にしたらどうだ?」
ゴウキの事を思い出し、
ななせはハッとして立ち上がった。
「そうだ! お見舞い!
何か買って行ってあげよう!
レンくんはこれ持って待ってて!
すぐ戻るから!」
ななせはレンにアイスクリームを預けると
1人で人ごみの中へと走って行った。
1人ポツンと残されたレンは
アイスクリームを持ってるせいで
ベンチでくつろげない事が分かるとため息をついた。
「女の買い物待ちって面倒くせぇ・・・」
賑やかな市場から少し離れた場所にやって来たななせは
こじんまりとしたアクセサリー屋に入った。
「ちょっと気になって物があったんだよね〜」
窓際に置いてある商品を眺めていると
窓の外に鳥の羽がふわりと落ちてきた。
「なんだ、鳥の羽か」
気になっていた物を見つけたななせは
2つ手に取るとすぐに会計を済ませた。
包装されたお目当ての物を大事そうに持って
鼻歌を歌いながら店から出ると目の前で誰かが落下して
ななせは驚いて退いた。
落下した青年は灰色の大きな翼で顔を隠してじりじりと
ななせから退いていった。
地面には抜け落ちた羽が散らばっていた。
壁際まで退くと、
青年は低い声で言った。
「・・・何か用?」
翼の向こう側から睨まれているのが分かるくらい
圧力がかかった言葉でななせは背筋が凍った。
その場から立ち去ろうとした時、
青年の翼を見ると擦り傷がたくさんある事に気づいた。
「あ、あの・・・」
ななせはバッグを漁り始めると
青年は翼の羽の間からななせの様子を鋭い目つきで見た。
「翼、怪我してるから。
えっと、その、お、置いておくね・・・・!」
青年の近くに傷薬を2個置くと
ななせはそそくさとその場を立ち去った。
ななせが見えなくなったのを確認すると、
青年は顔を隠すのをやめて、ななせが置いていった傷薬を見た。
「見ず知らずの異能者を助けるなんて、
お人好しな人間だなぁ・・・」
青年はゆっくりと立ち上がると
翼がみるみる人間の手に変わっていき、
傷薬を手に取った。
傷薬をまじまじと眺めると
青年はため息まじりに呟いた。
「借りを作るのは嫌なんだよね・・・」
そう言うと青年は擦り傷のついた腕に傷薬をつけた。
「うわーん!!
急がないとアイスが溶けちゃう・・・!」
ななせは人ごみの中を走りながら
ベンチに向かって走った。
「レンくんに食べられてたらどうしよう・・・!」
ひたすらアイスクリームの事を考えてると、
レンが座っているベンチにたどり着いた。
そこでななせはレンが預けていたアイスクリームを
持っていない事に気づいた。
「ア、アイスは・・・?」
「溶けそうだったからオレが食った」
ななせが呆然と立ちすくしている姿を見たレンは
真顔で答えた。
衝撃を受けたななせは
レンをポカポカと叩き始めた。
「レンくんのバカバカバカバカぁーーー!!
食べないって言ったくせに!
ひどいよー!」
ななせがポロポロと流れる涙を手で拭っているを見て
レンはため息をついていると、
顔と顎に殴られた跡がついた男性3人組が
へらへらと笑いながらレンに駆け寄って来た。
「へへへ、旦那!
やっと買えましたよ〜!」
「おっせーんだよっ!」
レンがギロリと男性3人組を睨むと
男性から何かを引ったくってそれをななせに向けた。
「ほらよ」
ななせが顔を上げてレンが持っている物を見ると、
カラフルなカップの中にオレンジ色のアイスクリームが入っていた。
「何となく色で選んだから
お前が食べたい味じゃねーかもしれねぇけど・・・」
ボソボソと呟いているレンから
ななせはカップを手に取って幸せそうにニコッと笑った。
「嬉しい・・・!」
男性3人が去ってから
ななせはアイスを食べながらレンに言った。
「さっきの人達は・・・? 友達?」
「チンピラだ。
いきなりケンカふっかけてきたから
ちょっと相手してやったら・・・
その・・・」
だんだん口ごもっていくレンを見て
ななせは何となく予想がついた。
「私のアイス落としたの?」
「落としたんじゃなくてあいつらに落とされたんだ」
そっぽ向いて話すレンを見てななせは
フフフと笑ってアイスを一口食べた。
「雑魚とはいえ相手を少し嘗めてたな・・・
くっそ、オレの髪かすった奴久しぶりに会った・・・」
隣でぶつぶつと呟いているレンの言葉を聞いて
ななせはニコニコ笑いながら言った。
「相手が必ずしも自分より弱いとは限らないよ〜。
上には上がいるって言うしね!」
ななせに言われた事に少し腹が立ったレンは
ななせの頭を軽く叩くと立ち上がって市場の出口方面へ向かって歩いた。
「弱ぇくせに生意気なんだよ」
カップを落としそうになったななせは
頬を膨らませてレンを見て
アイスクリームを食べ終えると
カップをゴミ箱に捨ててレンの後を追いかけた。
「待ってよー!」
2人はゴウキが入院している医療施設へと向かっているのを
陰でななせからもらった傷薬を握りしめながら青年は見ていた。