06
ゴウキの家から出て2時間くらい経った。
「・・・ふぅ」
重たい酸素ボンベを地面にゆっくり置いて
ななせは汗を拭った。
煙でほとんど前が見えないが
狭い道にいる事は分かった。
「すごい煙、酸素マスク無しだと
肺が真っ黒になりそう」
休憩を済ませたななせは酸素ボンベを持ち上げ、
ゆっくりと歩き出した。
「ハァー・・・ハァー・・・」
自分の呼吸だけが聞こえる。
息苦しくはならないが
休憩する回数が増える。
10回目の休憩をしていると
どこからか苦しそうな人の声が聞こえた。
ななせは酸素ボンベを持ち上げ
隠れて声のする方を見た。
ガリガリに痩せた人達が苦しそうに
深い紫色のドロドロとした物体に
集まって何かを言っていた。
「ご飯配ってるのかな・・・?」
ななせは身を乗り出して見てみると、
ドロドロとした物体は人間ではない事に気づいた。
ヘドロのような物体に
人々は物乞いをしていた。
「あのドロドロは異能者・・・!?」
ななせは素早く身を隠すと
こっそりとヘドロの様子を見た。
ヘドロは群がる人々を無視して
どこかに向かっていた。
「あれをください・・・」
「お願いします・・・」
「ガンジャをください・・・」
人々は土下座をしたり、泣き崩れたりして
ヘドロに物乞いをしていた。
「がんじゃ・・・?」
話は理解出来なかったが、
ななせは泣き崩れている人々を放っておく事は出来なかった。
ななせは深呼吸をして
酸素ボンベを持ち上げ、ヘドロに近づいた。
「ガンジャってやつをここにいる人達に渡してあげて。
可哀想だよ」
ヘドロは立ち止まって
ゆっくりとななせを見た。
ヘドロの正体は、ななせより幼い子供だった。
深い紫色をしたヘドロは長い髪の毛で
眠そうな目でななせを見た。
立ち止まった子供に
人々は群がり物乞いを続けた。
「ほら! 順番に配ってあげよう!
皆きっと喜ぶよ!」
ななせは子供に笑いかけると、
子供は一瞬冷たい目をした。
「え・・・」
怒らせてしまったかと思い、
ななせは後ずさりをした。
すると、薄い紫色をした煙が辺りを包み
人々は皆苦しそうに倒れた。
「・・・・!?」
ななせは何が起こっているのか把握出来ず
倒れた人々に駆け寄った。
子供はゆっくり歩き出し、
ななせの目の前を右折して去ってしまった。
「大丈夫ですか?!」
ななせは目の前で倒れた人に近づくと
その人は白目をむいて泡を吹いていた。
「ひ・・・っ!!」
持っていた酸素ボンベを落として
尻餅をついた。
ななせはすぐに分かった、
ここにいる人々は全員死んでしまったのだと。
初めて人の死を見たななせは
怖くて足がすくんで立ち上がる事が出来なかった。
何も殺さなくても・・・
ななせは子供のあの冷たい目を思い出した。
震える体でななせは
酸素ボンベを抱きかかえて
隅の方に座り込んだ。
帰ろうと思ってもここがどこなのか分からない。
大人しく留守番していたら、
あの子供を怒らせなかったら
きっとここにいた人々も死ななかったかもしれない。
酸素ボンベを抱きしめて
ななせは静かにすすり泣いた。