04
海水プールの底で、レンは後悔していた。
あんな馬鹿(ななせ)について行ったオレが
バカだった・・・
オレはあいつにヒールボールで
捕まえられてない・・・
私物すらも与えられていない・・・
きっと水面上で必死に
オレに命令してるかもしれねぇけど・・・
全く聞こえてねぇから・・・
口と鼻から漏れる水泡を
レンは虚ろなな目で見ながら思った。
意識がだんだん遠退いていくのが
分かった。
せめて・・・
あいつ(ななせ)の命令が聞こえたら・・・
後はオレが・・・
目をつぶってプールの底にゆっくりと
倒れ掛かった。
『・・・くん!!』
ななせの声がかすかに聞こえた気がしたが
レンは信じられなかった。
きっと走馬灯だ、レンはそう思った。
『・・・レンくん!!』
今度はハッキリとななせの声だと
分かった。
レンは目を見開いて辺りを見回すと、
隣にゆっくりと沈んできた
プラスチックで出来た指輪を見た。
『聞こえる!? 返事して・・・!』
指輪から半ベソになりながら
必死に言っているななせの声が聞こえる。
レンは指輪を握り締めて
心の中からななせに話しかけた。
『・・・お前・・・遅すぎなんだよ。』
ななせは自分の頭の中から
レンの声が聞こえ、
心配事が一気に消えて涙ぐんだ。
「良かった・・・!
生きてたんだね・・・!」
ななせは頭に手をあてて、
うつむいていた顔を上げた。
『死ぬ一歩手前だったけどな。』
ななせは座り込んでいた場所から
ゆっくり立ち上がりながら
「ごめん。」と苦笑いをした。
ななせは涙ぐんでいた目を
こすりながら言った。
「レンくん、動ける?」
『・・・あぁ。』
頭の中から聞こえるレンとの会話は
隣にいるレンと会話するより
とても安心した。
レンの姿は見えないけど、
ななせはとても安心していた。
ななせは目をつぶって深呼吸をした。
「まさかこのタイミングで、
パートナーに私物を与えるとは・・・」
シャーリィは口角を少し上げて
フィフィーのヒールボールを
口元に近づけた。
「新米トレーナーは本当に未知の可能性を
秘めていますね・・・
そんな相手と戦える事は
本当にありがたいです。」
淡く光っているヒールボールから
フィフィーの楽しそうな鳴き声が聞こえ、
シャーリィはクスッと笑うと
我に返ってポーカーフェイスになり、
何事も無かったように
ヒールボールと通して
フィフィーに命令した。
「フィフィー、“アクアリング”!」
深呼吸を終えたななせは
ゆっくり目を開けて言った。
「レンくん、おもいっきり“放電”しちゃお!」
すると、ななせの瞳の奥が一瞬だけ
キラッと輝いた。
一方、プールの底では
フィフィーは青く輝くリングをまといだした。
『レンくん、おもいっきり“放電”しちゃお!』
レンはフッと笑うと、また強く指輪を握り締めて
心の中で呟いた。
『了―解。』
レンはプールの底で大の字に寝転がると、
目をつぶった。
“水の波動”の命令を聞いたフィフィーが
寝転がっているレンに向かって
口からドルフィンリングを吐き出したと同時に
レンはストレスを発散するかの如く
力いっぱい放電した。
レンの放電はプールだけにとどまらず、
プールサイドの窓ガラスを全て
割ってしまった。
ななせは悲鳴をあげて
地面に座り込んで頭を抑えて
ガラスの破片から守った。
物陰に隠れていた審判が
そそくさとやって来て、
水面に浮いてぐったりしている
フィフィーを調べると、
手を挙げて、ななせに向けた。
「・・・フィフィー戦闘不能!
勝者、チャレンジャーななせ!」
審判の言った事が信じられなかった
ななせは驚いて顔を上げると、
レンが咳き込みながら
プールサイドに上がってきた。
レンは髪を結んでいたゴムを一度外して、
前髪をオールバックにして
後ろ髪をくくった。
ななせは初めてのジム戦で勝てた事、
レンが元気そうだった事など
嬉しい出来事が一度に起こりすぎて
上の服を脱いで絞っているレンに
抱きついてまた涙ぐんで言った。
「勝てたよ・・・!
勝てた・・・・!
ありがと、レンくん・・・!」
レンは突然抱きついてきた
ななせに驚いたが
フッと笑ってななせの頭を
くしゃくしゃと撫でると
絞り終えた服を着た。
レンの服を乾燥し終え、
ななせとレンはプール施設の
ロビーでシャーリィを待っていると、
バスローブ姿のシャーリィが小さな箱を
持ってやって来た。
「おめでとうございます。
クリミアバッジです。」
ななせの前に来たシャーリィは
小さな箱を開けて言った。
ななせは箱の中のバッジを見て
目を輝かせた。
水色と青色のグラデーションのかかった
綺麗な水の振動の形をしたバッジであった。
「こんなに綺麗なの・・・
本当にいただいてもいいんですか・・・!?」
慌てながらななせはシャーリィに言うと、
シャーリィは口角を少し上げて
「はい。」と言った。
ななせは恐る恐る両手でバッジを
受け取って、ソファーでくつろいでる
レンに見せた。
「やったね・・・!」
はにかみながら笑うななせを見て
レンは一瞬 フッと笑うと
我に返ってそっぽ向いた。
「あなたは数時間前に挑戦しに来た
男の子と似ている気がします。」
いつものポーカーフェイスで
シャーリィはななせに言った。
「男の子・・・?」
「えぇ、炎タイプのライオンを連れた
とても元気で無邪気な人でした。」
「ライオン」と聞いてななせは
太陽とリオンを思い出した。
「太陽くん、私の前にジム戦に
挑んでたんだ・・・」
「彼は炎タイプのライオンしか
連れていなかったんですが、
苦手なタイプである
私の水タイプの異能者達の前でも
決して臆することなく、
互いを信じ合って戦っていました。」
シャーリィの話を聞いて
ななせは思った。
太陽くんってやっぱりすごい・・・!
ふと太陽とバトルした時の事を思い出し、
ななせは胸が高鳴って体が震えた。
「次のジム戦も頑張ってください。」
ななせはシャーリィに
手を振りながら
レンと一緒にプール施設を後にした。
外に出て時計を見ると、
時刻は13時だった。
ななせとレンは
昼食がてらに近くのレストランに向かった。
ななせはシャーリィとのバトル中に
ひっくり返したバッグの中身が
全部あるか点検しながら
レンの後ろを歩いていた。
「・・・ない!」
ななせはその場にしゃがんで
何度も何度もバッグの中身を調べた。
「何が。」
レンは立ち止まって振り向くと、
何かを思い出したように
ズボンのポケットに手を突っ込んで
プラスチックの指輪を取り出した。
「これか?」
ななせはレンの持っている指輪を見ると
またバッグの中身を調べ始めた。
「それあげる。」
「いや、こんなガキのおもちゃいるかよ!!」
レンは地面にプラスチックの指輪を
叩きつけて言った。
「何も捨てる事ないでしょー!」
ななせはバッグの中身を調べるのをやめて
レンに叱り付けた。
「だったらもっといいやつくれよ!」
「わがまま言わないで!」
ななせとレンは口論をし始めた頃、
1人の青年が指輪を拾って2人を見た。
「あ、どうもすみません・・・」
ななせは青年を見ると
青年の容姿に驚いて目を見開いた。
青年は紅蓮の瞳に真っ黒の髪をしていた。
髪は腰まで伸びていてやや不気味な雰囲気を漂わせていた。
「これ・・・」
青年はななせの手を取って
手の平に指輪を置いた。
青年の背はレンよりやや高く
ななせは青年の顔を見上げると
少し首が痛かった。
「ありがとうございます・・・」
ボルサリーノとは違う
赤い瞳をななせはじっと見た。
青年はさっきからじっと見てくる
ななせに優しく微笑みかけると
自己紹介をした。
「僕の名前はHAL(ハル)。
トレーナーだよ。」
「私はななせです。
こっちはパートナーのレンくん。」
ななせは不機嫌そうなレンを
指差して行った。
「よろしく。」
HALは微笑みながら
ななせに手を差し伸べた。
ななせは優しく微笑んでいるHALの周りに飛び交う
微量の黒い原素に胸がざわついた。
ななせは恐る恐るHALの手を取り、
握手した。