03
プール施設の奥にあるジムのマークが描かれた
扉の奥に入ると、さっきのプールよりも
広いプールがあった。
プールの底は深いのか
暗い青色をしていた。
そして、塩の香りが屋内プール全体に広がっていた。
もしかしてと思い、
ななせはプールの水を指につけて舐めてみると、
海と同じくらい塩辛かった。
「どうしてこんなにしょっぱいの?」
ななせはバッグからタオルを出して
塗らした部分を拭いていると
後からやって来たレンが言った。
「異能者の中には、塩水の中でしか
生きられない奴らもいるからな。
きっとそのためだろうな。」
レンはななせの隣にしゃがんで
プールの水を指先につけて
舐めてみた。
「傷口に染みそうだな、これは。」
そして、レンはななせからタオルを引ったくって
濡らした部分を拭き取った。
「塩水の中でしか生きれない異能者・・・
って事は・・・」
ぶつぶつ独り言を言っていたななせは
奥のプールサイドを見た。
ななせの視線の方向には
バスローブ姿のシャーリィがいた。
「そうです。
私は水タイプの使い手です。」
ななせとレンが入って来た入り口のドアが
自動で閉じ、ななせは驚いてドアを見た。
「では、改めて自己紹介を。
クリミアジム ジムリーダーのシャーリィです。
幼い頃から水泳をしていたので、
水タイプの異能者が大好きです。」
真顔で淡々と話すシャーリィを
ななせはプールの反対側から見ていた。
「彼らは、水と一つになる事が出来るんです。
私はそんな彼らと心を通わし、
水泳に励みました。」
ななせに話しながら、シャーリィは2つのヒールボールを
バスローブの右ポケットから取り出すと
ななせの方に向けた。
「水タイプの華麗な技、あなたにお披露目します!」
審判の「始め!」と声と共に
シャーリィはバスローブを脱ぎ捨て
中に着ていた競泳水着姿になり、
1つ目のヒールボールを
プールの水面に向かって投げた。
ヒールボールは空中で開き、
大量の原素がプールの水面に流れ
やがて原素はシロクマの姿になった。
ななせはビート板のある倉庫から
大きなビニールボートを持ってきて、
レンに渡した。
「頑張って!」
「おぅ。」
レンはななせからビニールボートを
引ったくるとプールに浮かばせ、
その上に飛び乗った。
「ガル、“ダイビング”!」
シャーリィの命令を聞いた
ガルはプールの中に潜った。
「レンくん、プール向かって“放電”!」
ななせの命令を聞いたレンは
プールに手を浸けて、放電した。
レンの電気はプールの水全体に広がった。
10秒後にぐったりしたガルが
水面に浮き上がってきた。
「ガル、戦闘不能!」
審判の声を聞いてシャーリィは
目を閉じてヒールボールを
ガルに向けて投げた。
ガルにぶつかった
ヒールボールは半分に開いて
原素となったシロクマを吸い込むと
蓋を閉じてシャーリィの下へと戻った。
「ガル、ゆっくり休んで・・・」
シャーリィは小さい声でシロクマの原素が
入ったヒールボールに向かって囁き、
シロクマのヒールボールを地面にソッと置いた。
「頑張って、フィフィー!」
シャーリィは最後の1つのヒールボールを
水面に向けて投げた。
ヒールボールは空中で開き、
中から出てきた原素は水面に広がり、
紅白ボーダーラインの浮き輪をした
イルカの姿になった。
「可愛い・・・!」
思わず言ってしまった事に気づいたななせは
ハッとなって口を押さえて
気を取り直してレンに言った。
「今度は“雷”!」
イルカの頭上に曇天が現れ、
雷がゴロゴロと鳴りだした。
「フィフィー、“アクアジェット”!」
雷が落ちた場所をフィフィーはギリギリ避けて
水をまとい、レンに突撃した。
アクアジェットの攻撃でレンは
ビニールボートから落ち、水の中に沈んでいった。
「レンくん!」
ななせは水面ギリギリまで近寄って
座り込み、覗き込んだ。
「水中は私達の独壇場です。
“水の波動”」
落ち着いた様子を見せるシャーリィは
水面に向かって言った。
水中でなにが起こっているのか分からない
ななせはハラハラしながら
水中にいるレンを見ながら大声で言った。
「レンくん! 聞こえる?!
“放電”!」
ななせの声は伝わってないのか
水中でレンはずっと手で口を押さえたまま
動く気配を見せなかった。
シャーリィの命令が聞こえたのか、
フィフィーは水中で大きなドルフィンリングを
レンに向かって口から吐き出した。
レンはドルフィンリングを避けようとしたが、
水中で上手く体が動かず
ただ、体力と息が消費されるだけだった。
フィフィーの作ったドルフィンリングは
レンに触れると弾けて消えた。
弾けた時の水圧でレンは
口から息を吐き出してしまった。
「レンくん!!
もう上がって来て!!」
水面上でどれだけ呼んででも
レンには聞こえないのに
ななせは必死に呼び続けていた。
「彼、きっと底にいるんですね。
だとしたら、フィフィーの特性「水中地獄」の
被害に遭っているんですね。」
さっきから顔色一つ変わらない
シャーリィの台詞にななせは反応した。
「水中地獄・・・?」
「特性『水中地獄』は、戦闘中、水中にいる相手を
水面上に逃げられないようにするのです。」
シャーリィの説明を聞いた
ななせの顔は真っ青になった。
「そ、そんな・・・!!
死んじゃうよ・・・!」
シャーリィは軽くため息をつくと
フィフィーの入っていた
ヒールボールを口元に近づけた。
「ヒールボールを使えば、離れていたり
騒音の中や水中でもパートナーに伝わる事を
ご存知ないのですか?」
そう言い終えると、シャーリィは
ヒールボールを口元から離した。
「でも私はヒールボールを使ってない・・・」
ななせはチラッとバッグの中から
見えてる太陽からもらったヒールボールを見た。
そして、ふと太陽が言っていた言葉を
思い出して呟いた。
「トレーナーの・・・私物・・・」
ななせは急いでバッグの中身を全部出して
何かを探した。
そして、ななせは探し物を見つけると
力強く握り締めた。
「もし・・・
もし、トレーナーの私物が
ヒールボールの代わりになるなら・・・!」
ななせは水中で苦しそうにしているレンを
水面上から覗き込んで、
消えそうな声で祈って
プールの中に手で握っていた物を落とした。
「お願い・・・!」
ななせが落とした物、それは
お菓子の景品についていた
プラスチックの指輪だった。