01
充分泣き終えたななせは、
ラルゴを包んだ樹木を優しく撫でている青年を見た。
「あの・・・」
ななせが声をかけると、青年は振り向いた。
「その・・・木の中にいる人を・・・
出さないの・・・?」
青年は悲しそうに樹木に寄りかかった。
「・・・彼はね・・・もう死んでいるよ。」
ななせは一瞬頭が真っ白になった。
「どうして・・・さっきまで・・・」
青年は樹木にもたれて目をそっと閉じた。
「・・・ダークボールによって捕まった彼は、
喜び、悲しみ、怒り、痛み、愛・・・
全ての感情を失われたんだ・・・
だから・・・僕がダークボールの呪縛から
助けたんだよ・・・」
青年は樹木を撫でた。
「・・・ただただ・・・主の命令に従って死ぬより・・・
少しでも『生きてて良かった』って・・・
思ってほしかったんだ・・・」
そう言うと、樹木の隙間からラルゴの顔が見えた。
ななせは樹木の中にいるラルゴを覗き込んだ。
ラルゴは幸せそうな顔をして息耐えていた。
「・・・ダークボールの呪縛から解放してあげるには・・・
殺すしかないんだ・・・」
青年は風に吹かれて大空へと
舞い上がる原素を眺めて言った。
ななせは樹木の隙間から摘んできた花を
ラルゴに添えた。
青年は樹木から離れ、合掌した。
「もう・・・自由だよ・・・
・・・ゆっくり・・・おやすみ。」
そう言うと、樹木はラルゴを包んで
大きく成長し、やがて大きな大木となった。
青年は合掌をやめると、ななせを見た。
「・・・僕はこうして少しでも仲間(異能者)が
自由になれるように今のような活動をしているよ・・・
中には僕の活動を批判する人もいるけど・・・
これが僕の正義なんだ・・・」
青年の真剣な表情にななせは何も言えなかった。
青年はニッコリと笑うとレンをかついだ。
「さ・・・彼(レン)を治療してもらおう。」
カツラギタウンに戻ったななせ達は
レンをセンターの看護師に預け、
ななせは擦り傷の手当てをしてもらった。
手当てが終わったななせは、
受付の近くにある水槽の中で泳ぐ
金魚を眺めている青年に近寄った。
「あの・・・助けてくれてありがとう・・・。」
ななせは軽く頭を下げると、
青年の隣に立って金魚を眺めつつ 青年を見た。
「・・・どういたしまして。」
青年は金魚を眺めながらニコッと微笑んだ。
「・・・なっちゃんは昔から変わってないね・・・
すぐにトラブルに巻き込まれるし・・・」
水槽に近寄る金魚を指で突きながら青年は言った。
「えっ・・・どうして私の名前を・・・」
驚きを隠せないななせを青年はクスッと笑った。
「・・・僕はずっとなっちゃんを見てきたからね・・・
だから・・・なっちゃんの声はどこにいたって聞こえるよ・・・」
そう言って青年はななせを見て微笑んだ。
ななせは必死に記憶を振り返った。
いくら振り返っても青年と過ごした記憶は
初めて出会ったあの日しか思い出せなかった。
「・・・ご、ごめんなさい。
あなたと過ごした記憶が全く思い出せない・・・」
ななせがうつむくと、
青年はななせの頭にそっと触れた。
「・・・君は知らなくて当たり前だよ。
僕はずっと・・・遠くで見てたんだから・・・。」
青年はまた水槽の中で泳ぐ金魚を見ながら言った。
そんな青年の目はどこか寂しそうだった。
「あ・・・あの、名前は・・・?!」
ななせは青年を見つめた。
青年は金魚を眺めながら、静かに言った。
「・・・名前・・・か。
なんていうんだろうね・・・」
その言葉を聞いたななせは耳を疑った。
「名前・・・無い・・・の?」
青年は表情一つ変えずに淡々と話した。
「・・・異能者の中じゃあ・・・名前が無い人は
たくさんいるよ・・・。
主人である人間に名前をもらうケースが多いかな・・・。
でも僕は独り身だから、名前が無いんだ・・・。」
ななせは水槽に映る自分を眺めた。
「やっぱりあなた、異能者なんだ・・・。」
「うん・・・」
沈黙が流れ、気まずい雰囲気に包まれた。
青年はななせの格好を見て沈黙を破るように言った。
「・・・トレーナーになったんだね。」
「・・・うん。」
度々 重なる沈黙。
1時間経ってもレンの治療は終わらなかった。
ななせは ソファーに座ってスケッチブックに絵を描く
青年の背中を見た。
ななせは迷っていた。
青年を仲間に誘おうと思っていたが、
青年は他の苦しんでいる異能者を
助ける活動をやっている、そう思うと
誘うのは止めた方がいいのか・・・と悩んでいた。
「悩んでるの・・・?」
青年は手を止めて振り返ってななせを見た。
「本当に私の心の中が分かっちゃうんだね・・・。」
ななせは苦笑いをして 青年を見た。
青年は目線を下げた。
「・・・なんでだろうね・・・。
君の事は昔から知っているんだけど・・・
君と過ごした事や、君と出会った事は
思い出せないんだ・・・。
ただ、君と君の名前を知っているだけなのに・・・
こんなに共鳴(シンクロ)しているとは
思わなかった・・・。」
「共鳴(シンクロ)・・・?」
「・・・なんでもない。」
青年はまたななせに背を向けて
絵を描きだした。
それ以降口を開かなくなった青年の背中を見つめて、
ななせはソファーに寝転び 仮眠をとった。