06
写真に写る2人を見て、ルカは息を飲む。
危険人物だなんて…二人が…?
実際2人と接してきたが、全然危険そうには感じなかった。
ただの懐いてない異能者、それに振り回されているトレーナーとしか…
この二人がボクの知らない所で悪事を働いているのか…?!
ルカは震える手でテーブルに置かれた写真を手に取る。
明らかに動揺しているルカの様子をアレックスはただ黙って見つめていた。
「私は危険人物だと思っている。ただそれを決定できる証拠が今は無い。
ルカ隊長、彼らが危険人物かどうかの証拠をお前が突き止めろ」
ルカはゆっくり顔を上げてアレックスを見上げた。
まだ動揺を隠せていない表情。
この写真の2人と接して、きっと何か思うことがあるのだろう。
信頼か。だとすると未熟だな。
ルカは簡単に騙される未熟なところがある事をアレックスは知っている。
もし彼らが本当に危険人物だとしたら、早めに捕らえる必要がある。
この任務は彼を大きく成長させるだろう。
それか、とてつもない大失態に終わるだろう。
「…分かり、ました…」
ルカはゆっくりとアレックスに向かって方膝をつき、頭を下げる。
声は震えていた。
「必ずや、彼らの正体を、暴いてみせます…」
アレックスはゆっくり頷き、ルカに背を向けた。
ルカの小さな背中に、とてつもない大きな責任が乗って彼を押し潰そうとしている。
部下の成長を見守るのも上司の務め…
新兵時代の自分自身にルカを重ねてしまう。
「抑制したままだと苦労するだろう。
手術を受け、能力を存分に発揮し、敵の正体を探れ…!」
「…はい!」
ルカは立ち上がり敬礼をした。
ボクが…やるしかないんだ…
ななせとレン、二人がシロなのかクロなのかを証明するんだ。
ルカは覚悟を決めた眼差しでアレックスを見つめた。
「将軍、稽古もつけていただけますか…!」
アレックスは体を右回りで後ろに向いてルカを見下ろす。
強面の表情なせいで怒っているように感じる。
ルカは唾を飲み込んだ。
「いいだろう。ただし、15分だけだ」
「…! ありがとうございます!」
マントを翻し、受付に向かうアレックスにルカは深々と頭を下げた。
その頃、ななせ一行はハナエシティのジムに向かっていた。
花畑には蜜蜂や蝶々が花の蜜を飲み、観光客は花畑を背に写真撮影を楽しんでいた。
草タイプの異能者も多く、談笑をしたり昼寝をしたりと各々ここでのどかに過ごしている。
「こんな所にジムがあるなんてねぇ…」
花畑の奥にあるジムに向かいながら、ムクは空を眺めて穏やかに言った。
「ねー」と笑顔で賛同するななせとゴウキ。
「ジムに着いたらジムリーダーさんに、預かってたお手紙を渡さないとね!」
ななせはバッグから手紙を取り出した。
宛名も差出人も書かれていない封筒。
赤のシーリングスタンプでしっかり封されていて、のぞき見も出来ない。※良い子はしちゃ駄目
「オイ、なんて書いてるのか開けてようぜ」
「ダメだよ」
最後尾で暇そうについて来ているレンにななせはピシャリと言った。
花畑を過ぎて白・ピンク・水色の花のアーチを抜けると、屋根にジムのマークがついた花屋に辿り着いた。
花屋は女性利用客がたくさん来店していて、『花』にちなんだ菓子、飲み物、グッズが売られていた。
男性の姿がほとんど見かけない。
レン、ムク、ゴウキは場違いな気がしてななせの後ろにサッと隠れた。
「なんだよこれ…!全然近づけられねぇ…っ」
「長居しづらいね」
「花って食えるんだなー」
ななせの後ろでわちゃわちゃと様子を伺っているレン、ムク、ゴウキ。
ななせはその様子が微笑ましくてクスッと笑う。
「これじゃあ、誰がジムリーダーなのか分からないね」
風が優しく吹きかける。
花の香りがして、ななせは深呼吸をする。
深呼吸を終え振り返ってしゃがみこんでいる男3人を見る。
「せっかくだし、この辺も散策しようよ」
ゴウキとムクは賛同し、レンはブーたれる。
4人は人混みが激しい花屋を後にして、花屋の奥にある菜園コーナーの方へと向かった。
花の手入れの他に野菜の栽培もしているようだ。
ムク曰く、ハナエシティの野菜はアナザー地方で一番新鮮で美味しいらしい。
「運が良ければ採れたての野菜を食べられるかもしれない」ということで、ななせは期待に胸を膨らませた。
花屋を過ぎてから観光客の数が徐々に減り、だんだん野菜畑が見えてきた。
ビニールハウスの中に人が1人いるのが見え、ななせ達はビニールハウスへと向かった。
「ごめんくださーい」
ななせはビニールハウスの入り口を少し開けて、中で作業している人に声をかける。
すぐに奥から「はーい」という年配の女性の返事が聞こえた。
ビニールハウスの中では苺が栽培されていた。まだ完全に赤くなっていない苺が多かった。
「苺だ…!」
入り口から目を輝かせて覗いているゴウキ。
「あらあら、可愛らしいお客さんだこと」
ビニールハウスの奥から、優しそうなおばあさんが歩いて向かってきた。
薄い紫色染めた銀髪は後ろで大きく三つ編みされ、三つ編みにはピンクに花で飾られている。
手に小さなバスケットを持ち、その中には赤く大粒の苺がぎっしり詰まっていた。
「苺だ!!!」
目を輝かせてバスケットの中を指さすゴウキをレンは口を塞いで止めた。
ゴウキの様子を微笑ましく思ったおばあさんは優しく笑いかけ、4人にこう言った。
「そうよ、美味しい苺が採れたのよ。
せっかくだから練乳をかけて召し上がりましょう。
あなた達もお食べ」
「えぇーー!!いいんですか?!」
思わぬ展開にななせとゴウキは喜び、その場でジャンプした。
ムクは「やったね」と2人に笑いかけた。
これにはレンも内心胸が躍ったのかソワソワとしている。
4人はおばあさんに案内され、菜園の近くにある小さな家へと向かった。
家に着くまでの間、ななせはおばあさんと会話をした。
ジムリーダーに会いにきた事。
手紙を預かっている事。
おばあさんはニコニコしながら、ななせの話を聞いていた。
「ジムリーダーにはもうすぐ会えるわよ。
お家に着いて、手洗いうがいして、皆で苺を食べてから、会えるわよ」
「本当ですか?!」
たまたま散策していたら案外簡単にジムリーダーに会える展開になって、ななせ達はハイタッチした。
そうこう話している内に、1戸建ての植物まみれの家に到着した。
ドアに飾られているリースには黄色の花が咲いていて、プレートには『休憩室』と書かれている。
「さぁさ、入って。
お茶の用意でもしましょう」
おばあさんは玄関のドアを開け、4人を中に招いた。
家の中は、絵本によくある小人の部屋の中のような雰囲気で、ファンタジー世界に迷い込んだように感じた。
ななせ達は洗面所で順番に手洗いうがいを済ませ、おばあさんが用意した紅茶をいただいた。
成長期のレンとムクにはこの空間は窮屈そうだった。
ななせとゴウキが背伸びしなくても、手を伸ばすと天井に手がつくほど天井が低いのだ。
レンとムクからするとそれは低すぎるので、頭を下げて歩かなければならない。
立ち上がる時に、うっかり頭を天井にぶつけないようにしないといけない。
「窮屈でごめんなさいねぇ。
こんなにお客さんが来るのは初めてで」
おばあさんは、ヘタを切り落とした苺を溢れんばかり盛りつけた皿と
練乳を入れたココット(小皿)を4つずつ持ってきて、1人ずつ手元に置いた。
「さぁ、いただきましょう」
おばあさんの合図でななせ達は手を合わせて「いただきます」と言い、
大粒の苺に練乳をつけて食べた。
苺は酸っぱすぎず、とても甘かった。
これは手が止まらなくなる。
ゴウキは目をキラキラさせてパクパクと食べている。
ムクはあえて練乳につけないで食べたりして、自分の分の練乳をななせとゴウキに譲っていた。
レンは素っ気ない態度で苺を口に放り投げて、黙って食べている。
きっと美味しいと思っているのだろう。
「美味しいでしょう?今日が採取日だったのよ」
おばあさんはななせ達の様子を眺めながら微笑んで言った。
「とても美味しいです!」
「マジうめぇーよ!ばあちゃん!」
目をキラキラさせて答えるななせとゴウキに、おばあさんはフフフと笑った。
おばあさんは、手に持っているソーサーと紅茶が入ったカップを置いてななせ達に言った。
「そういえば、自己紹介がまだだったわねぇ。
私はミント。
お花のお世話したり、お野菜育てたりハナエシティで色〜んな事やっているジムリーダーよ」