02
センター内の治療室のベッドでルカは目を覚ました。
無機質な天井。よくお世話になっているからすぐにここがどこか分かった。
勢いよく起き上がり軽くストレッチをする。
雷に打たれてから少し記憶が曖昧だが、そんな事はどうでも良くて
今はとにかく本部と連絡が取りたい! そう思っていた。
「よし、問題なし」
ストレッチを終えると、看護師達に礼を言いに受付まで向かった。
外はもう夕方で、自分は長い事眠っていた事に気づき背筋が凍る。
「きっとアレックス将軍はお怒りだ…」
「あ! 自衛隊将軍・アレクサンドラ様からお電話が来ていましたよ」
肩を落として歩いていたら、
受付にいた女性看護師にいきなり声をかけられて心臓が止まりかけた。
「な?!何?!
り、了解した、通達感謝する」
女性看護師に敬礼をして受付から少し離れた場所にある公衆電話に向かい、
自分の持っている電子端末から線をつなぎ、自衛隊の方へ連絡をかけた。
「こちら自衛隊水軍所属部隊サファイア。隊長のルカだ。
応答願おう」
『かしこまりました』
受話器越しから聞こえる案内アナウンスの無機質な声。
そう長く待たない間にアレックスの声が受話器から聞こえた。
『ルカ隊長。森の件の報告を聞かせてもらおう』
「はい! くまなく探しましたが誰にも遭遇しませんでした…
その…将軍が許可した者以外は…」
『そうか…』
受話器越しから伝わる残念そうな低い声。
その声を聞くだけで罪悪感にさいなまれ自分の不甲斐なさを痛感する。
『ならば、私が許可して通した者達も安全に森を通過出来たという事だな?』
「恐らくは…」
『恐らくは?』
「気絶していて知りません」なんて言えば怒鳴られそうで
ルカは言葉を詰まらせたが玉砕覚悟で正直に答えた。
「実は…雷に打たれたようで、その、不覚にも気絶しました…」
『…』
この微妙な空気。絶対呆れて言葉も出ないやつだっ!!!!!!!!!!
またやらかしてしまった…
昇格どころか降格かもしれない…はぁ…
ルカは、早くこの通話を終了したくてたまらない気持ちになってきた。
短い沈黙の後、アレックスの声が聞こえた。
『あの電気タイプの青年だな…?』
「じ!実は背後を取られたようでその…!!
死角で…!!誰がやったとかも分からなくて…!!その…!!」
苦しい言い訳のような発言をしているルカは自分が今何を言っているのかも
理解出来ていないくらい気が動転していた。
アレックスはまた黙りこくった。
ああ、終わった…
受話器越しからでも伝わる威圧感。思わず流れる一滴の涙。
不甲斐ない、そして惨めな気分だ。
練習生だった頃を思い出す。
『…それは災難だったな』
怒られると思っていたルカからしたら、
アレックスの言葉は意外なものだった。
しかも皮肉な言い方では無く、心配しているかのような口調だ。
『では尚更だな…』
「うーん」と受話器越しからアレックスの唸る声がした。
ルカは意外な回答にきょとんとして、空耳なのではないかと思い始めた。
アレックスは一呼吸置いてから話し始めた。
『ルカ隊長、明日キミに話す事は極秘任務の命令だ。
誰にも知られてはいけないし、誰にも漏らしてはいけない。
…いいな?』
「は、はい!!」
慎重に話すアレックスの声に思わず背筋がシャンとする。
こんな声で話されたのは始めてだ。
期待されているのか、もしかして罰なのか…?!
感情がぐるぐるし始めたルカにアレックスは一言告げて通話を切った。
『明日の明朝、ハナエシティのセンターにて待つ』
通話が切れてからもルカはしばらく放心していた。
これは死刑宣告だ!という気持ちと、
極秘任務だなんて昇格待ったナシだ!という気持ちが自分の中で喧嘩している。
緊張から解放され、腹の虫が鳴った。
ルカはフラつく足取りでセンター内にあるカフェコーナーへと向かった。
ハナエシティの散策を終え、
今晩泊まる部屋を借りにななせ達がセンター内に入ってきた。
入ってまず目に入ったのが、
カフェコーナーで食事中に放心して、口にまで運ぼうとしていた飯を皿にこぼしたルカだった。
「アイツ(ルカ)、まだ治ってねーのかよ」
レンはルカの様子を見て呆れていた。
「せっかく誇り高い仕事してるのにちょっと見ちゃいけないものを見たかな…」
ムクはハハハと笑ったが、目は笑っていない。
ゴウキは「ハッ!」と自分だけ重要な何かに気づいた顔をして言った。
「…もしかして記憶失くしたのか?!」
「ちちちょっと皆! なんか話がえらい事に…!」
ななせはあたふたしながら誤解を解こうと引きつった笑顔で3人を止めた。
「頭までは治らなかったみてーだな」
「ちょっと!もともとはレン君のせいでしょ!!」
他人の振りをして1人で先に部屋に行こうとするレンを止め、
4人はルカと相席することにした。
ななせに声をかけられ、
ルカはやっと正気に戻ったのか放心状態からいつもの表情に戻った。
「あぁ、キミ達か。
森からここまでボクを送ってくれたのだな。感謝する」
「レン君のせいで…ごめんね」
レンの代わりにななせがルカに頭を下げ、
レンはそっぽ向いていた。
それを聞いたルカの顔はキッと怒りの表情に変わった。
「なにぃ?! やはりレンか!貴様!
…まぁ、良い。ボクも平静さが欠けていたしな」
「確かに。良い薬だったんじゃないかな、あの状況では。
レンの雷が無かったら確実にバトルしてたね、俺達。
しかもななせを巻き込んで」
ムクは頷きながらコーヒーを飲んだ。
ルカはしょぼくれた顔で肩を落とした。
「それは本当にすまないと思っている、ななせ…」
「私は大丈夫だよ、もう終わった事だし」
「オレのおかげで結果オーライか…」
ドヤ顔で頭の上で手を組んでいるレンをゴウキは肘で小突いた。
話は別の話題へと変わり、
ななせは軽食を食べ終えてルカに質問した。
「ルカくんはこれからどうするの?」
ルカは一口紅茶を飲み、ティーカップをソーサーに置いて答えた。
「ボクは明日の明朝に将軍からの話があるからここで待機だ。
キミ達はいよいよジム戦だな?」
『ジム戦』。
この単語が出ただけで4人から緊張感が漂う。
それはルカにも伝わった。
「3つ目なのだろう?
ここで勝てば自信にも繋がるだろう!」
ルカの励ましにななせは緊張感から少し解放された。
不安がやる気に変わってくる。
「それにハナエジムは草タイプの使い手だ。
飛行タイプのムクもいて、炎タイプのゴウキがいる!
向かうところ敵なしではないか!」
「おい、オレもいるだろ」
自分だけ名前を呼ばれなかったのに
カチンと来たのかレンはテーブルをバン!と1回叩いた。
ルカは同情する目でレンを見た。
「草タイプに電気タイプは不利じゃないか…とまでは言わないが、
大打撃を与える何かがあるとは思えないが?」
「ぐ…」
正論すぎてすぐに何も言い返せずレンは苦い顔をした。
ムクはレンの肩を軽く叩き「どんまい」と言うと
レンは逆なでされたようで腹が立ったのかムクを睨みつけた。
「じゃあじゃあ!今回もヨユーか!?」
「余裕かもね!」
ゴウキとななせはお互い顔を見合わせて笑顔になった。
夜も更けて来て、ななせ達はルカと分かれて用意された部屋へと向かった。
鍵は2つ。用意された部屋も2つ。
ななせは鍵を見て首を傾げた。
「2人で1部屋って事かな?」
「いやー、これは普通に考えてななせ1人と俺達3人用の鍵だね」
「えぇー?!??! 私1人…」
ムクの回答にななせは驚いて大声をあげた。
自分だけ仲間外れにされているようでななせはしょぼくれた。
レンは眠気でイライラしているのか鍵を引っ手繰り、
皮肉交じりにななせに言った。
「特別待遇、サイコーじゃねぇか。
オレはもう寝る。起こすなよ」
「えー!!本当に私1人だけなの?」
駄々をこねるななせを無視してレンは先に部屋の中へ入っていった。
ムクはまだ部屋に入ろうとしないななせに説明した。
「ななせ、異能者と人間はもともとホテルとか、旅館とかで
同じ部屋で寝てはいけないしきたりがあってね…」
「…」
「それに、仮にも男女が同じ部屋で寝るのも世間的に…」
相槌を打たずしょぼくれているななせに、
ムクはどうすれば納得してもらえるかと内心とても困り果てた。
ゴウキはななせの背中を軽くさすり、ムクはななせの頭を撫で、
二人とも優しく声をかけた。
「明日の朝、早起きして起こしてあげるから。
ちょっとの時間離れるだけだよ」
「そうだ!夢で会おうぜ!」
「うん…」
ななせは納得したのかゴウキとムクに見守られながら自分で鍵を開けて
「また明日ね」と手を振ってドアを閉めた。
「おう!」
「うん、また明日」
短い沈黙。
ムクは「うーん」と考え込んだ。
ななせはどうして1人で寝たがらないか。
些細な問題ではないかもしれないけれど、ムクは気になった。
彼女も分かっていると思う。自分だけ仲間外れにされている訳じゃないって事に。
…たぶん気づいているはず。
「どした? 俺達ももう寝ようぜ」
部屋に入ろうとしているゴウキに声をかけられてムクも部屋に入った。
彼(レン)に聞くしかないか…気が向かないけど。
ムクの中で1つの提案が浮かび上がった。