03
「ここまで来れたらさすがに1人でも帰れますわ」
クラウンシティまで「マリア」という婦人を送ったアレックスはタクシーを呼び止めると、
ため息をついて声量を下げて説教をし始めた。
「キミは待機だったはずだ。
勝手な行動は困る。我が君を困らせるような事をさせないでくれ…」
「私(わたくし)だけ1歩も出ないで待機だなんて退屈だわ。
それに、ちゃんとあの方(チャンピオン)から許可は頂いたのよ?
それでもお手紙を届けるだけでしたけど…」
頬に手を添えて頬を少しだけ膨らませ不満げにマリアは目線を下に向けた。
タクシーの窓のスライドが下りて、運転手の若い男性がにこやかに2人に話しかけてきた。
「乗ります? どうされます?」
「あぁ、すまない。
彼女をここまで送ってやってくれ」
アレックスはメモとお金を運転手に払うと、マリアにタクシーに乗るように促した。
マリアはアレックスにエスコートされながら上品にタクシーに乗った。
「それにしても、『あの子』が監視対象なのでしょう?
とても可愛らしい子犬のようで…」
マリアはななせとレンを思い出してふとそう呟くと、
アレックスは神妙な面持ちで重い口を開いた。
「そうだ、かなり厄介だ…」
「そんなに悪い子には見えなかったわ」
横目で見つめてくるマリアと目が合うと、アレックスは首を横に振った。
「先日我が君が言っていた通り、最悪の結果は『覚醒』してしまう事だ」
「…そうね。そうならないようにお互い勤めましょう」
窓のスライドを上げるとタクシーはマリアを乗せて出発した。
見送ってくれているアレックスにタクシー内から手を振り終わると、
マリアはタクシーのひじ掛けに肘をかけてもたれかかり運転手に話しかけた。
「お出迎えありがとう」
「あれれ? いつから気づいていたの?」
運転手はにこにこしながら答えると、変装マスクを剥がして素顔を晒した。
濃い紫色の髪。切れ長の目には紫の瞳。
左目の下には縫い傷があり、それがトレードマークかのようだ。
「最初からよ」
「マジか〜〜!! 急いで変装したからクオリティ下がっちゃったかなっ?
メイク適当だったしなぁ〜」
紫髪の青年は運転しながらバックミラーで
左目の下にある縫い傷を見て笑顔で舌打ちをした。
「そんな事無いわ、アレクサンドラは気づいてないもの」
「おっさんはいつも気づきやしねーよ。
頭カチコチで視野も狭いから。
逆に毎回俺の変装にビビってるから漫才やってる気分になるよ」
青年は運転しながら舌をベーっと出して渋い顔をした。
マリアは口角を上げて口元に笑みを浮かべた。
「伝書バト任務失敗?」
信号待ちで車が止まり、青年は軽く伸びをしながらマリアに話しかけた。
「代役に任せたのよ。
貴方こそこんな事していていいの?」
「全然余裕〜。てか俺の役目ほとんど暇だからね。
ドライブしてた方がマシかも。
てゆーか、代役に任せたって事は図書館にこっそり行くのも失敗してるんじゃん!」
大笑いする青年をマリアはジト目で睨むと溜息をついた。
バックミラーからマリアの態度を見て、青年は謝った。
「せっかく、我が君からお許しもらえたのに残念だね〜。
頑固おじさん(アレックス)に通せんぼされちゃって」
青信号に変わりタクシーを走らせながら青年は言うと、
マリアは残念そうに肩を落とした。
「まあ…通せんぼされなくても私(わたくし)の力は迷惑がかかるから…
むしろこれで良かったわ。図書館は出入り禁止ですもの」
「そうだったね〜」
アナザー地方のちょうど中央にある高い塔。
トレーナーの間では“天国に最も近い場所”と言われているチャンピオンロード『ヘヴンズタワー』にタクシーは到着した。
マリアはそこで降りると、「あ、そうそう」と忘れていたのか
青年にメモを渡した。
「何これ、我が君から?」
青年はすぐにメモを開いて内容を確認すると、マリアは首を傾げながら答えた。
『 』
メモにはこれ以外何も書かれていなかった。
これを見た瞬間青年には全て把握した。
「貴方のセンパイからよ。
何か口頭でも言われたのだけれど…私(わたくし)には理解できない単語ばかりで…
じゃあ、私(わたくし)はやるだけの事やったのでもう戻ります…」
「メモだけで充分な内容だから良いよ別に」
残念そうに溜息をつくマリアに青年は苦笑いをしてタクシーのエンジンをかけた。
それだけ言うとマリアと別れた。
タクシーをしばらく走らせ、人気のない駐車場に停車させると
先ほどのメモを取り出した。
『 』
この一見何も書かれていない空白のメモ。
青年は折り畳み式の小型のナイフを取り出すと、
自分の手の平をナイフで切った。
血がメモに垂れ、滲んだ。
青年は目を凝らしてメモを見た。
滲んだ場所から字が浮かび上がった。
メモにはこう書かれていた。
『目標(ターゲット)を仕留めろ』
「…いいねぇ…暗殺者っぽいじゃん…」
青年は笑みがこぼれてくるのを手で隠そうとしたが、
隠しきれないほど自分の顔が笑っているのに気づく。
「さー、仕事仕事♪」
何食わぬ顔でタクシーから出ると、タクシーのバックドアを開けると、
バックドアの中に体を拘束された下着姿の中年の男性が入っていた。
おそらくこの男性がタクシーの本当の運転手だったのだろう。
男性は急にバックドアが開いて驚いて口をモゴモゴしながら何かを訴えた。
「あー、大丈夫大丈夫!殺したりしないから!
でもチクられると困るから、これまでの出来事忘れてもらうねー」
清々しいほどの笑顔で、青年はパッと手元から小さい注射を出した。
男性の悲鳴は誰にも届かずそのまま意識を失った。
「……アレ?」
タクシー運転手の男性が意識を取り戻すと、人気のない駐車場にいた。
タクシーの仕事服も着ていて、ガソリンも意識失う前から減っていない。
自分はいつの間にか運転席で寝落ちしていたのか…?
「なんでこんなところに…?
なんだか心なしか…体が軽いぞ…?」
肩をぐるぐるさせ首を傾げながら、タクシーを発車させ街の方へと向かった。
街へ向かっていく1台のタクシーをすぐ近くのビルの屋上から青年は見送りながら口角を上げた。
「タクシー貸してくれたお礼だよ、おっちゃん。
ガソリン代と、針治療代」
くるっと背を向けて青年は大きく伸びをした。
「さぁーーーーー、ターゲット見つけに行きますか」