02
次の街・ハナエシティへ着くには森を抜ければ良いのだが、
森へ入る手前にアナザー地方自衛隊のマークをしたユニフォームを着た2人の大柄な男性異能者が
ななせ達を通せんぼした。
「ここは今立ち入り禁止だ」
「え!?」
「任せて」
困惑するななせの背中に触れ、ムクは1歩出た。
「何かあった? 俺たちはハナエシティに行きたいんだ。
ハナエに行くにはこの森を抜けるしかないだろう?」
ムクは前に立って自衛隊と向き合った。
他の3人よりもこの先の街・ハナエシティに関する知識があるムクは退く気配無く堂々と構えた。
「確かにハナエシティに向かうにはこの道しかない。
昨日、この森をコンクリート道路にしようと建設関係者達が視察に来た際に
何者かに奇襲を受けたらしい」
森の中から頑丈そうな鎧を着た将軍アレックスが姿を現した。
アレックスの姿を見るなり、自衛隊達は膝をつきアレックスに深々と頭を下げた。
顔面にもガッチリと兜をつけているため目を口以外は見えない。
強面な雰囲気が漂っている。
2メートル近くある身長で4人を見下ろすと威圧感が凄まじかった。
「犯人の正体は知らないが、被害者が出ている。
しかも増える一方だ。
原因が分かるまで、しばらくこの森は封鎖するようチャンピオンから直々に命じられた」
「封鎖?!」
4人同時に同じリアクション。
アレックスは続けて話した。
「ましてや人間を連れているのなら尚更ここを通すわけにはいかない。
公にするのはまだ早いと思っていたが…被害者は全員『人間』だ。
お前達が命をかけてでも、その少女を守り抜くというのなら話は別だが…」
アレックスはレン、ゴウキ、ムクをその強面の表情でぐるりと見つめると、
ゆっくりと持っていた大剣の柄を握りしめ、一気に鞘から引き抜いた。
『剣を鞘から引き抜いただけ』なのに暴風が起き
ななせ達は飛ばされそうになった。
ムクは咄嗟に翼を出してななせだけ包み込んだ。
レンと足を引き締め、自力で踏みとどまった。
ついでによろけて飛ばされそうになっているゴウキの腕を掴んだ。
3人の様子を見た後、アレックスはゆっくりと大剣を鞘にしまった。
「………今のお前達では無理だな。
今ので分かった。まだまだ未熟だという事に」
「はあ?」
アレックスの発言にカチンときたレンをムクは翼で前を遮ると
レンに向かって首を横に振った。
今は大人しくするべきだ、そう目で訴えかけた。
それが通じたのかレンは舌打ちをすると一歩退いた。
ムクにはひしひしと伝わってきていた。
『この人は強い』と。
これは立ちはだかる巨大な鋼鉄の壁だ。
あらゆる災害にも屈しない強固な壁のようだ。
一体どれほどの経験を積めばそこまで強くなれるんだ。
ムクは唾を飲み込んだ。
翼の中にいるななせに目をやると、ななせも大人しくしていた。
きっと彼女も感じている。彼(アレックス)の強さに。
それか驚いて硬直しているか。
「皆、ここは一旦引くべきだ…………」
ムクは撤退の呼びかけをしようとレンの方に振り向くと、
目の前に雪がひらりと落ちてきた。
アナザー地方で雪が見られるのは北の方に行かないとなかなか見れない。
ここはまだ南東の方で、気候は暖かい。
雪は滅多に降らないはず。なのに雪が降るという事は…
「困りましたわ…私(わたくし)、ハナエシティに用があるのに…」
ムクが振り向いた先には、淡い水色のドレスを着た婦人が立っていた。
綺麗な金髪と思いきやオーロラのような美しい色合いをしていた。
ドレスには宝石を贅沢に散りばめられ、
ギラギラとはしていなくて全体的に控えめなドレスだがとても高級感が漂っていた。
婦人を見るなり、アレックスの動きがギクシャクし始めた。
ムクは婦人の足元に目をやった。
婦人の足元からほんの少しずつ、じわじわと花と地面を凍っていっていた。
ひしひしと感じる身の危険。
「お帰りいただこう…
キミの行くべき場所ではない」
ななせ達同様、婦人も足止めされた。
アレックスの額から汗が流れていた。
兜からじゃよく見えないが、暑さのせいではなさそうだ。
「まあ。そうやって貴方も私(わたくし)を除け者扱いなさるの?
貴方も私(わたくし)の力を毛嫌いなさるの?」
婦人は心を痛めたように胸に手を当て悲しそうな表情をした。
すると、ますますこの場が寒くなってきた。
婦人の周りで雪が吹雪いてきた。
ムクは慌ててななせから離れてゴウキの方にくっついた。
「え?! え?!?!」
ムクの手の力があまりにも強くてゴウキは混乱した。
「俺に構わずキミの体温を上げてほしい」
ムクは歯をガチガチ言わせながら呟いた。
「わ、分かった」
ムクの必死の形相にゴウキは頷くと、ムクの体温が下がるのが早いことに気づき
ムクを覆うように包み込んであげた。
森を抜けたいと言って動かない婦人と
それを阻止するアレックスの公論はまだ終わっていなかった。
「お手紙を渡すように、と命じられたのに?」
婦人は懐から手紙取り出すとそれをアレックスに見せつけた。
その手紙を見るなりアレックスはたじろいだ。
「!! まさか! キミは待機だったではないか!」
動揺した様子のアレックスを見るなり婦人の顔はだんだんムッとしてきた。
それと同時に辺りの気温が低下していくのがななせにも感じた。
「寒い…」
ななせが身震いすると、レンはななせの肩を強引に掴んでゴウキに寄せた。
今自分が必要とされている感じがしてゴウキは嬉しくて照れた。
アレックスは寒さで震えているななせ達と自分の部下に目をやると、
一呼吸おいて婦人を説得しようと口を開いた。
「マリア、このままだとここにいる皆がキミの寒さで凍えてしまう。
ここでの争いは禁じられているだろう。
手紙なら私が…」
「手紙、持ってってやるから森を抜けさせろ」
婦人が持っていたはずの手紙をひらひらさせながら
レンはアレックスの前に立ちはだかった。
「あら?いつの間に…」
婦人は手紙と自分が持っていたはずの手を交互に見た。
手はかすかに痺れていて気付いた。光速でレンに引っ手繰られたのだと。
まあなんて…まるでマジックのようだわ。
婦人は横目でレンを見ると頷いた。
「良いでしょう。
必ずお届していただけるのであれば、私(わたくし)引き下がりますわ。
ハナエシティのジムリーダー・ミント様へお願い致します」
「おう」
レンは承諾の返事と同時に
また手紙をひらひらと振って婦人に見せつけた。
「なっ!? チャンピオンからの手紙だぞ!!
今会ったばかりの奴に託すなど…!!」
「『意地悪な殿方に足止めを食らい、泣く泣く同じ目的地へ向かおうとしていた
勇敢な若者に託した』とお伝えしますので、結構」
動揺しているアレックスに婦人はピシャリと告げ、背を向けて立ち去ろうとした。
ななせは婦人の目の前を立ちふさいで質問した。
「あの!チャンピオンと知り合いなんですか?」
「えぇ、とてもよくご存じですわ。
私(わたくし)も、アレックスも、チャンピオンの部下ですもの」
レンは手紙を乱暴にポケットにしまうと婦人を見た。
「…やっぱりな。
おっさんもこの女も、いずれオレが打ち倒す相手って事か…」
ななせはレンの言葉を聞くとハッとしてアレックスと婦人を見上げた。
体中から電気を迸らせているレンを見て
アレックスは持っている大剣を地面に刺して一息ついてから口を開いた。
「いかにも。
我々はチャンピオンに仕えしチャレンジャーとその異能者達を待つ者。
チャンピオンからの指示で普段はこうして身近な場所で働き、
表に立たないチャンピオンに代わってアナザー地方の様子を見ている。
他の4人もそうだ。いつかどこかで会うだろう」
「それとも、もう会っているかもしれませんわ、彼らに」
二人から放たれる只者ではない雰囲気。
チャンピオンとのバトルで絶対にもう一度出会う存在。
ななせは生唾を飲み込んだ。
情報が一切無いチャンピオン。
でも彼らは知っている。
顔も名前も性別も! もしかしたら教えてくれるかもしれない…!
「あ!あの…!!
チャンピオンって男の人ですか?!女の人ですか?!」
「それは言えない」
「それはお教え出来ませんわ」
アレックスと婦人両方から丁重にお断りされ、ななせの目から輝きが消えた。
そんなななせの様子を見て婦人は「ふぅ…」と静かにため息をつくと口を開いた。
「あぁ、これだけはお教え出来ますわ。
あのお方は、あなたにとても似ていますわ」
「えっ?!?!?!?」
「あらあら…どなたにも言っている事なので、そんな真剣なお顔でこちらを見られても…
はぁ…私(わたくし)困りますわ」
「はい…??」
婦人が溜息をつくたびに雪が舞い上がり空中をキラキラとさせた。
そしてその度に寒くなる。
レンもじわじわとゴウキの方に距離をつめて
最終的に4人で押しくらまんじゅう状態になった。
そんな4人を見て婦人は心を痛めたような顔をした。
「嗚呼、私(わたくし)また…」
「マリア、手紙は彼らに任せてキミはもう戻った方が良い」
アレックスは婦人の肩にそっと手を触れ、先導した。
「そうですわね…そうしましょう…
…はぁ、図書館…」
ななせは悲しそうに呟く婦人を見て声をかけ損ねた。
図書館に用があったのか…
私が代わりに図書館に行ってみようかな…
婦人の姿が見えなくなると、気温が元通りになっていった。
積もった雪はまだ残っているが徐々に溶けていくだろう。
アレックスはどこまで婦人を見送っているのか分からないがなかなか戻って来ないため、
ななせ達は今のうちとばかりにハナエシティに続く森へと入っていった。