08
ななせがジム戦を終えて丸一日が経った。
ななせ、レン、ゴウキはセンターで一泊して
次の街に向かおうとしていた。
ムクはその様子をクラウンタワーの屋上で見ていた。
ななせ達からはかなり距離が離れているが
優れた視力のおかげで高い場所から街を見渡して観察する癖がついていた。
「お別れしないのか?」
ツチはムクにリンゴを放り投げると隣に腰掛けた。
リンゴをキャッチしたムクは貧乏ゆすりのように足を軽く揺すってすぐに止めた。
「…悩んでいる」
「悩んでる?何に」
「このまま彼女と別れてキミ達の仕事を手伝うか、
彼女について行くか、で」
「別に俺は勧誘したりしねーから悩む云々より
お前のやりたい事しろよ」
「そうだけど…っ……」
何か話そうとしてムクはすぐ俯いた。
隣で横になりながらリンゴを丸かじりしているツチは、
リンゴを飲み込んでからムクに話し始めた。
「俺は小さい頃、空海の爺さんに拾われたんだ。
『同じくらいの歳の孫がいるからおいで』ってな。
俺、飛べないからひねくれてたんだけど、初めて手を差し伸べてくれて嬉しかったんだ。
ストリートギャングになりかけてたし、俺は爺さんについてったんだ。
飯には困らないだろうと思ってな。
空海の爺さんも親父も飛行機乗りで、すごかったんだ。
小さい俺は感動したよ。
人間はこうして飛べるようになったなら俺にも出来るって思ってな。
小さい空海と一緒に飛ぶ約束をしたんだ。
空海が11の誕生日を迎えた時に、爺さんも親父も事故で亡くなった。
悪タイプの異能者に襲撃されたんだ。
それ以来、人間が飛行機の操縦士になるのが難しくなったんだ。
悪タイプに反撃出来る異能者じゃないといけなくなってな。
空海の飛行機乗りになる夢が叶えられなくなった。
それで今あいつは渡り鳥の保護を職にした。
飛行機に乗る夢は諦めてねーよ、アイツも俺も。
だから俺が飛行機になって乗せてやるって約束したんだ。
それからチャンピオンに会った。
ボッコボコにされたけど、チャンピオンは俺達に言ったんだ。
『私に勝てば、どんな夢も叶う』って…」
ツチは起き上がり真剣な眼差しでムクを見た。
「お前の夢はなんだ?」
「夢…」
ムクは改めて考えた。
自分の夢はなんだ?
飛べるようになったから、仲間を探す?
空海とツチの手伝いをする?
それとも…
悩みの種から出た芽がぐんぐん大きくなっていく。
「自分で叶える範囲の夢なら必要ねーかもしれないけど、
俺も空海もまだ夢を叶えていない。
俺の夢は、『空海を飛行機乗りにする事』だ。
これを叶えられるチャンスをくれるのはチャンピオンだけだ」
ツチは立ち上がってムクを見下ろした。
「この地方にいるトレーナーも異能者も、皆チャンピオンを探している。
己の願いを叶えるためにな。あの子(ななせ)もそうだ。
夢があって彼ら(レンとゴウキ)とジムリーダーに挑んだ。
そんなあの子達を見てお前はどう感じた?」
ツチは真剣だ。
だから生半可な気持ちでついて来るなって意味なんだ。
人間について行くという事は覚悟を決めろ、と言っているのか。
俺の夢は…俺の夢は…
ムクの中で成長し続ける悩みの種は
いつの間にか自分より背が高くなっていた。
これはただの妄想にしていた事なんだけどな…
これが叶うならこんな幸せはないだろうと感じる。
自分の中で成長し続けてる種を見上げ、斧を手にした。
「これ、ありがとう! 俺、行かなきゃ!」
ムクは一口も食べてないリンゴをツチに返して立ち上がると
走って屋上から飛び降りて両手を広げると翼に変わった。
レンとゴウキと会話しながら歩いているななせに向かって一直線に飛んだ。
手を伸ばし、ななせの頬に触れると
羽は抜け落ちて原素(エレス)へと変わった。
いきなり視界にムクは現れてぽかんとしているななせにムクは言った。
「俺の夢は…!
迫害を受けた渡り鳥達が安心してまた空へ返れるようにする事…!
居場所を作る事…!」
レンもゴウキも攻撃体制をとったが
突然の出来事に唖然としていた。
ムクはフワッと着地すると、乱れた呼吸を整えた。
「この夢、キミに託してもいい?」
唖然としていたななせの口角はだんだん上がり、
ムクに笑いかけて頷いた。
「うん!」
ななせの返事を聞いてムクはななせの前で膝をついて
腕を翼に変え、頭を下げた。
「ありがとう、ななせ。
この翼はキミのために。
我が力は全て主であるキミのために全力で使おう」
レンはムクのスカした態度にムカつき殴ろうとしたが
ゴウキそれを必死で止めた。
執事のようなお辞儀をしたムクにななせは笑みをこぼして、
自分もお辞儀をした。
「これからよろしくね、ムクくん。
一緒に夢を叶えようね」
俺の夢はたくさんある。
でもそのうちの1つはもう叶った。
ななせ、キミと旅をする事なんだ。
ムクは立ち上がると、くしゃっとななせに笑いかけた。
ムクの中で成長した悩みの種は手にした斧で切り倒した。
悩みの種は倒れ掛かるのかと思いきや、光の粒となって舞い上がった。
光の粒に触れると暖かかった。
これがキミの優しさなんだね、ななせ。
Chapter 9 飛べるよ 完