Chapter 9   飛べるよ
06
チャレンジャーななせ、ジムリーダー空海、両者共に1体戦闘不能。
残るは1対1の戦い。

ななせ側はゴウキをフィールド外に寝かせて、
疲労から回復した(体力は元から減ってない)レンをフィールドに立たせた。

空海側では、さっきの墜落で片腕に火傷を負ったツチが
膝をついて悔しそうな表情をしていた。

ツチの様子を見ていた空海は回復の薬をポケットから取り出して、
ツチに駆け寄った。

「俺のターンは回復に使うっス!」

ななせにそう告げると空海はツチに回復の薬を使い、
ツチの体力は満タンになり、火傷も綺麗になくなった。

「相手のカラクリは分かった。後はもうぶっ飛ばすだけだ」

身体から電気の火花を散らしているレンの服の裾を
掴んでななせは見上げた。

触れた瞬間、静電気がパチッと来たかのような痛みを感じた。

「レンくん」

「あ?」

引っ張られて動きを止められイラッとしたレンは
振り返ってななせを見下ろした。

「私はなんて指示したらいい?」

「…」

レンからしたら正直そんな事どうでも良かった。
「ぶっ殺せ!」でも「蹴散らしてこい!」でもどうとでも言えばいいと思った。

でも見上げて真っ直ぐ自分を見つめてくるななせの目は、
「トレーナーとしてどう指示をするべきか?」と訴えかけてきているように感じた。

まだまだ未熟だが成長しようとしている。
それだけは毎回感じていた。

なら、こいつに言う事はこれだな。

「そんなもの、『ぶっ飛ばせ』で良いんだよ」

俺を信じているなら、それくらいで充分俺には伝わる。

レンは裾を引っ張っているななせの手を軽く振りほどいて
フィールドの中央に向かって歩いていった。

「ぶっとばせ…そっか…!

 じゃあレンくん、ぶっ飛ばしちゃおう!」

「おう!」

これでいいのかと試行錯誤しているけど、
レンに聞けば答えなんて簡単で、悩んでいた自分がアホらしくなる時がある。

私って毎回助けられてばかりだなー。
私も頑張らなくちゃ、といつも思わされる。

ツチに向かって走るレンに、
ツチは鋼鉄を吸い寄せすかさず防御しようとした。

墜落した破片では飛行機にはなれない。
一度屋上から飛び降りて建物の鋼鉄を吸い寄せないと…!

ツチが考え事をしていたらレンはもう自分の目の前まで来ていた。

「遅いな、お前。風速じゃあ光速には勝てねぇぞ」

拳に集中して集めた電気。
思いっきりかまされるアッパーカット。

「チビが頑張ったからな。
 地味だが、格闘っぽいだろ?」

レンの言葉はツチには入って来なかった。

「ごめんな…空海…」

痺れて大きな声では言えなかった。
かすんでくる視界で空海を見たがボヤけてよく見えなかった。

ツチはそのまま倒れると審判から戦闘不能が確認された。

ジムリーダー空海、戦闘不能2。
チャレンジャーななせ、戦闘不能1により、
審判からななせの勝利と発表された。

「やったね!」

「楽勝だな、これくらい」

ハイタッチしているななせとレンを見て
ムクは拍手して近づいた。

「彼(ゴウキ)の頑張り無しでは勝てなかったと思うよ」

「もう一度言ってみろゴラッ!」

ムクに噛みつこうとする大型犬のようなレンを
ななせは苦笑いしながら止めた。

「これは本音さ、もう嘘はつかない。
 ジム戦勝利、おめでとう。すごいよ、キミ達は」

出会った頃の曇っていたムクの目ではなく
今は曇り一つない真っ直ぐな目をしていた。

それだけでななせは嬉しかった。

ななせは屋上を出る準備をしようと命綱を外すと、
空海がツチをヒールボールに戻してななせのもとに駆け寄った。

「いやー、とてもワクワクしたバトルで気分は最高っス!
 楽しませてくれて、ありがとうございました!

 これ、これがウイングバッジっス!」

空海から渡されたバッジは青色の空に白い羽が1枚
舞い降りてきたかのような綺麗なバッジだった。

これでジムバッジは2個。

ななせがウイングバッジをケースに大切にしまうと、
カバンから手帳に挟んでいた紙が強風に煽られて飛んで行ってしまった。
掴もうとしたが手からすり抜けてしまった。

なんの紙かは忘れたが大事な紙だと確信した。
ななせは紙だけを見つめて追いかけた。

「待って!それ以上は…!!」

「落ちるぞ!!」

空海とレンから伸ばされた手ではかすっただけで掴めなかった。
二人に言われてななせはやっと自分のいる場所に気づいた。

そうだ、柵のない屋上にいたんだ私。
踏み込んでいた片足には体重がかかりそのまま落下した。

真っ逆さまに降下していくななせ。
どんどん遠のいていく大事な紙は風に飛ばされて空へと舞い上がった。
命綱はさっき外してしまった。

空海の飛行タイプは全員意識不明。
ムクは…飛べない。

これは、死。

「掴まれッ!!!」

ななせがハッと上を見上げると
ムクが屋上から飛び降りてきて手を伸ばした。
翼は広げていなかった。

空中でムクの伸ばした手を掴むとななせはムクに引き寄せられた。

「ごめん! 飛べないんだ俺!
 なのに身体が勝手に動いたんだ!!
 何やってるんだろうね俺!!!」

落下しながらムクはななせに言った。
怖いのをかそれを隠そうとしているのか
ひたすらごまかすように言っているようで、
ムクの腕が震えているのをななせは分かっていた。

飛べないのに、怖いのに、飛び降りたんだ。

2人共助かるには、これしか方法が無い。
ななせはムクの顔を両手で掴むと
無理矢理自分の方に向かせて血相を変えて必死に言った。

「飛ぼう!!ムクくん!
 このままだとムクくんも死んじゃう!」

「死ぬ…か… 当たり前だよね…」

ムクの目から光が消えかけていた。
諦めている。
ななせには分かった。

「諦めないでよ!!」

全ては自分のせい。
自分のせいでムクまでも死んでしまうのはななせには耐えられなかった。

「…ねぇ、このまま俺と心中してくれる?」

一瞬だけ、ほんの一瞬だけ周りの雑音が消えて
ポツリと呟いたムクの声が鮮明に聞こえた。

沈黙なんてなかった。
ななせは真っ直ぐ目を見てムクに答えた。

「いいよ。 1人は 寂しいよね」

目を閉じて自分の胸におでこを寄せてきたななせに、
ムクは唖然とした。

絶対断るはずだと思っていたのに。
人間は飛べないから助かろうとして絶対にすがってくるんだ。
彼女だってさっきまでそうしていた。
「飛ぼう!」って飛ばせようとしたじゃないか…

なのに…
1人は寂しいからよく知らない俺と死んでくれるのか…?!
ハッキリ言ってクレイジー。
頭おかしいよこの子。

…でも…そうだ。
寂しいんだ、俺は。

仲間に置いて行かれて、飛べなくなって、
誰とも口を聞かなくなって、寂しかったんだ。

キミといて、不覚にも楽しいだなんて感じたよ。

もっとキミと色んな話がしたいし、
色んな場所に行きたいよ。

だから、こんなところで、死ぬべきじゃないんだ!!!

長く閉まっていた翼を引き出そうと力んだ。
何かにぐるぐる巻きにされているようでなかなか翼が出ない。

「しっかり掴まって!!」

ななせの手を自分の首に回してななせの背中を叩いた。

「え?!うん!」

目を開けてななせはしっかりムクの首周りにしがみついた。

ムクが両手を広げると腕は大きな黒の翼に変わった。

「風の乗り方…えーと…!!」

懸命に翼をバタバタさせるが降下していくばかり。
焦っているのが目に見て分かる。

ビル3階くらいの高さまで落ちてきて
野次馬の悲鳴も聞こえてきた。

「あぁーもう!!」

ムクはななせと自分の頭を翼で軽く覆うとそのまま降下していった。

弾丸のように回転すると人込みを避けて、
商店街の店も体当たりするように破壊した。

『低空飛行で風に乗り、身を任せるんだ。
 俺達は風に生かされている。

 海の流れに逆らって魚が泳げるかよ。

 風の流れに逆らってちゃあ俺達は飛べない』

…そうだ。リーダーに教えてもらったじゃあないか。
なんでもっと早く思い出さなかったのだろう。

風が「こっちだよ」と招いてくれているのにムクは気付いた。

このまま真っ直ぐ進むとレンガの建物にぶつかって
2人共無事じゃ済まない。

風がルートを作ってくれている。

ギリギリでレンガの壁に沿って
上昇して屋根の上まで来るとムクは翼を広げた。

翼を広げるとななせはきらきらとした瞳でムクを見ると
弾けた笑顔を見せた。

「飛べるって信じてたよ!」

「ほんとだ…飛べたね」

久しぶりに使わない筋肉を使って疲労しているムクは
自分の事のように喜ぶななせを見ていたら自分もつられて笑った。

「俺の分まで喜んでない?」

「だって嬉しいんだもん!」

「そうだね、俺も嬉しいよ…
 キミと出会えて…ほんとに…良かった…」

潤んでくる視界、こぼれる涙。

お別れをしよう。
飛べなくてひねくれて何もかもが嫌になっていた自分に。

もう俺は飛べるようになったのだから。


水野 翡翠 ( 2018/12/14(金) 15:17 )