04
ななせがレンに駆け寄った時には、レンはもう息が上がっていて
疲労で地面に膝をつけて呼吸を整えていた。
飛行艇に攻撃を全て避けられ、敵に手の平で転がされるような思いをしたようだ。
ななせは空海に交代のサインを送ると
レンをフィールドから退場させて介抱した。
「レンくん、分かったよ! ちょっと休憩してて。
ゴウキくんなら出来るかもしれない!」
「!! オレの出番だな!」
ゴウキは気合いを入れて勢いよく拳同士をぶつけると
ボォッと拳から炎が一瞬舞った。
そして、やる気充分と言わんばかりにずんずんとフィールドに立った。
「おい」
呼吸が整ってきて、身体中を巡っている電流の調子がいつも通りに戻りつつあるレンは、
バトルを再開しに行こうとしたななせの背中に声をかけた。
「あのチビ(ゴウキ)は格闘タイプだ。
このジム自体かなり不利になる。というか足手まといだ。
一度でも攻撃を食らったら、間違いなくお前は後悔する。
相性が有利なのは俺だけだ。だから…」
「大丈夫! 中にいる人を引きずりだすだけだから!
レンくんは黙ってて!!」
ななせはショルダーバッグをレンに向かって
放り投げるとバッグはレンの顔面に直撃した。
「あンのやろ…!!」
じんじんと痛む鼻を手で覆い、ななせを一発引っぱたこうと思ったが
ななせは既に走ってゴウキと作戦会議していた。
ななせの話を真剣に聞いて頷いているゴウキを見ていると
怒鳴るのが面倒になってきて自然と怒りが落ち着いてきた。
溜息を一つつくとあぐらをかいて2人を見守る体制をとり、
何か良からぬことを企んでると疑っているムクを警戒しつつ、
膝の上で肘をついた。
フィールドで、ななせは手でジェスチャーをしながらゴウキに思いついた作戦を話した。
「あの飛行機の中に人がいるの。
中の人を引っ張り出して!って言いたいんだけど、
飛行機はずっと飛んでいるから、飛べないゴウキくんがいくら頑張っても
それは無理だと思う。
相手は飛行タイプで、格闘タイプのあるゴウキくんは攻撃を一度くらうと
戦闘不能になる…
だから、とても無茶なお願いかもしれないけど…
あなたのやり方で、あの中にいる人を外に出してほしいの…!」
一度でも中の人を外に出せば、ムクくんには分かるかもしれない…!
中の人の正体が!
拳をグっと握りしめて、ななせとゴウキは軽く突き合せた。
「任せろ!」
「頑張って…!」
ななせはゴウキの背中をポンと押すと、
フィールドの中心部に向かって走っていくゴウキを不安そうに見送った。
ななせは祈るように両手を握りしめ、
深呼吸を1回すると空海の目を見て頷いた。
「すみません! …お願いします!」
ななせの準備が整った事に気づいた空海は
ニッと笑いかけてトランシーバーに話しかけた。
「オーケー、ツチ。全力でいこう!」
『了解』
空中で弧を描くような空海の小さなサインで
飛行艇は動いた。
「来る…!!」
自分に真っすぐ向かって来ている飛行艇を見てゴウキは感じた。
やっぱりでけぇ!!
外には鳥以外にこんなものが当たり前に飛んでいるのか!!
走っていた足を止めて真正面から受け止める体制をとった。
一度でいいから触ってみてぇ!!
どうしてもこの感情を抑えられなかった。
ななせの声が聞こえるけど今は!!!
どうしても!!!
飛行艇(これ)に!!!!
「触りたい!!!!!」
「避けろバカーーーーーーーーー!!!!」
レンが怒鳴り、ななせは見てられないとばかりに目を手で隠した。
飛行艇とゴウキが衝突するのにそんなに時間はかからなかった。
ゴウキが立ち止ってほんの数秒ほどだった。
衝突音が響き渡り、砂埃が舞った。
終わった。
レンとななせの中でそう思った。
生身の人間ではまず耐えられない。
異能者ではどうだかは分からないが衝突音を聞いてそう感じた。
砂埃がおさまって、事故現場の様子が見えてきた時
ななせは恐る恐るゴウキはどうなったのかと視線をその方向に向けた。
「いってて…」
誰かが起き上がる陰が見えた。
その声を聞いた時にゴウキではないと気付いた。
ゴウキ以外の誰か。
それはもう飛行艇の中にいた『人』に違いない。
「なるほど、そういう仕掛けか」
後ろからムクの声がしてななせは振り向いた。
「分かったよ。 彼は飛行タイプの異能者だ。
あの飛行艇は彼が『飛ぶため』に必要だったんだ」
ゆっくりと立ち上がる銀髪のボサボサ頭の青年は、
ムクを見て口角を少し上げた。
「へへ、バレたか〜。同類には敵わねーなぁ」
そういうと風に乗ってフワッと退き、空海のもとに降り立った。
「いやー、正直驚いたっス。
ツチの姿をバトルで見破ったのは、チャンピオン以来っスよ」
空海は銀髪頭の青年・ツチの肩に手を回し、
背中を軽く叩いた。
「まあ、マグレって感じだけどな」
ツチが親指でゴウキと衝突した場所を指すと、
バラバラになった飛行艇の残骸からゴウキが顔を出した。
「まだバトル終わってない…よな…?」
衝突したくせにピンピンしているとまでは言わないが、
大ダメージを受けたわけでも無かった。
ゴウキは、ぐわんぐわんと揺れる視界で
残骸を見渡して、中から出てきたツチを見た。
「咄嗟に拳で殴ってみたんだけど…どうやら正解だったようだな…!」
ピシャリと自分の頬を叩いて喝を入れ、ニッと笑うと
ツチと向き合った。
「彼(ツチ)は、飛行タイプの異種族だ。
人の姿をした飛べない飛行タイプ。
ジムリーダーの細工で飛べるようになっているらしい。
…それくらいしか俺には分からない」
肩を落としベンチに腰掛けるムクに、ななせは手を差し伸べた。
差し伸べた手に気づいたムクが見上げるとななせは笑いかけた。
「ありがとう。 あなたを信じて良かった」
ななせの位置が太陽の位置が同じなせいで
後光が差しているように見えて眩しかった。
目を細め、光を手で遮ろうとしたが止めた。
「眩しいな、キミは」
遮ってしまうと彼女の顔が見えなくなる。
それは止めよう。
太陽の光のせいかもしれないけど、
ななせの笑顔はとても眩しく見えた。
俺に笑いかけてくれるキミを俺は信じていいのか?
このジム戦が終わればキミはこの街を去るのだろうな。
心のざわめき。
長い間感じなかった感情だ。
ムクはゆっくり手を出してななせと握手した。