第8話「選考会」
「……こいつは驚いた。まさかこれ程の影響力とはな」
「さすがラディヤさんですね」
9月3日の午後、俺とイスムカ、ラディヤは職員室から部室を眺めていた。職員室は2階にあるのだが、窓から部室とグラウンド、コートが一望できる。万一の際にすぐ駆けつけられるようにとの考えらしい。悪くはない発想だな。
しかし、こりゃいかんな。ポケモンバトル部の部室前には、暴動かと思わせる程ごった返している。正直、烏合の衆と言わざるを得ない。呆れながら様子を見ていると、ラディヤが困った表情で俺に尋ねてきた。
「……先生、もしかして全員入部させるおつもりですか? あまり大人数は好まないのですが」
「無論、そのつもりはない。ルールブックを読むと、3人いればどのバトルも参加できるそうだ。だから、あの群衆から1人か2人だけ採用する」
もっとも、全員不採用の場合も有り得るがな。わざわざ素人を鍛えるなんて、時間の足りないこの状況でやる気は全く無い。入りたい奴は自分ではい上がるしかねえ。
俺は眼下の生徒達に向け、こう叫んだ。
「おい、お前さん達。俺達はここにいるぞ!」
俺の呼び掛けに反応し、奴らは職員室の方を見上げた。俺は顔色1つ変えることなく続ける。
「入部希望者が多数いるようだから、今から選考会を実施する。覚悟のある奴はコートに来い。結果に関係無く、俺が見出だした奴を入れてやる」
俺が言い終わると、群衆は一目散に走りだすのであった。まあ、コートは部室の隣なんだがな。
「さてさて、どんな掘り出し物があるものやら」
「……どうなってるんだ、話が違うじゃねえか!」
「確かに、さっきと比べると……」
「少ない気がします。いえ、まぎれもなく少ないです」
俺達がゆっくりコートに赴くと、皆異変を察知した。少ない、少な過ぎる。確かにさっきは大勢いた。まさか、たった数分間でここまで減るとは。
「怖気づいたか、小心者め。所詮奴らの情熱なんてそんなものか。挑戦しなければ結果は出ないと言うのによ。まあ、それでも何人かはいるがな」
大方、途中で負けるのが怖くなったのだろう。あるいは、群衆の波に押されたが、元々入る気なんて無かったか。しかし、今となってはどうでも良いことだ。
俺は残った10人程の挑戦者を集め、こう述べた。
「勇気ある希望者よ、これより選考会を始める。ルールは簡単、トーナメント戦でのバトルだ。早い話、勝ち上がる程俺へのアピールチャンスが増える。ただし結果は考慮しない。あんた達の将来性を見させてもらうぜ。以上、各自組み合わせを決めたら始めるように」
俺の合図と同時に、各自一斉にバトルを始めた。頼むぜ、誰かまともそうな力を示してくれよ。
俺がコートの巡回をしだすと、イスムカが不意に問うてきた。
「先生、こんなやり方で大丈夫なんですか?」
「愚問だな。いざと言う時は、俺が直々に勝負してやれば良い。問題なんて無いさ。それより、1人ずつ見て回るぞ」
「はーい」
俺達は四方八方に目を向け、新たな可能性の発掘に努めた。そんな中、まずイスムカがとある生徒を推した。
「先生、あの人はどうですか?」
「……良いんじゃねえのか、イスムカよりは。だが、将来性は無いな」
「では、あちらの方はいかがでしょう?」
イスムカを軽くあしらうと、今度はラディヤが別の生徒をピックアップした。2人共、結構真面目に選んでいるな。これから長い付き合いになるから当然か。
「お、ラディヤはイスムカより良い線いってるな。確かに荒削りだが、それだけ先が楽しみだ。しかし、まだ保留にしとくべきだろう」
そう、まだ全員は見ていない。早計はしばしばミスを引き起こす。まだまだ吟味の必要があるから、もう少し巡回しておくとしよう。
「……むむ、あれは誰だ?」
ふと、俺は足を止め、とある生徒を注視した。そしてイスムカに何者かを尋ねる。そいつの使っているポケモンは……ボーマンダだと。タンバの海と同じ白群色の胴に、紅葉のような深紅の翼。間違えるはずもねえ。まさか、こんな学校でドラゴンタイプを見るとは思わなかった。
「ああ、あれは同じクラスのターリブンですよ。ポケモンマニアとして校内では有名ですね。……けど先生、確か俺のクラスで授業教えてますよね? 生徒の名前は覚えた方が良いですよ」
「む、むう。それは失礼した」
仕事始めね前に写真と名前の一覧を覚えるように言われていたが、不覚だったぜ。だが、これでターリブンがマニアという事実にたどり着けた。確かに、本人の動きから努力の跡が垣間見れる。事実、他の生徒を圧倒しているしな。それでも、まだいくらでも改善の余地が残されている。こりゃ、滅多に無い大物だ。
「よし、あいつと勝負してみるか」
「え、ターリブンとですか?」
「ああ。俺はスカウトする時、なんとなくだが先が見えるんだよ。そして、奴は先が明るいと判断した……期待できるぜ」
驚きの表情を浮かべるイスムカをよそに、俺はターリブンに近づき、声をかけた。
「おい、お前さんターリブンって言うんだろ。少し俺と勝負してみないか?」
「おお、確かあんたは……誰でマスか?」
「こ、顧問のテンサイだ」
おいおい、俺はここに来てもう3日目だぞ。ま、授業を受けてない先生の名前を知らないのも無理は無い。……入りたいならそれくらい調べろと言いたいがな。
「ターリブン、俺はお前さんに無尽蔵の鉱脈を発見した。是非とも勝負してもらいたい」
「……それはつまりあれでマスか。オイラの入部は決まったでマスか?」
「まあ、そう慌てんなよ。ほぼ入部決定だが、念のためにな。万が一の場合は、わかるな?」
「なるほどでマス。じゃあ早速やるでマス!」
その気になったのか、ターリブンは腕を回しながら気合いを高めている。活きが良い奴だ。中々楽しめそうだぜ。
「任せろ。その力……真偽をはっきりさせてやるぜ」
俺はボールを手に取り、バトルに臨むのであった。
・次回予告
さて、ターリブンの力を知るために勝負を挑んだわけだが、さすがポケモンマニアと言われるだけはある。しかし、顧問の俺は絶対に負けてはならない。一気に決めるぜ。次回、第9話「俺対ターリブン」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.74
仲間がどんどん増えています。女性キャラがメインで2人いるのは、前作1人しかいなかったことを考えると倍増です。
ちなみに、ラディヤという名前は「満足する」という意味のアラビア語です。今作の名付けの方針はこのような感じになるでしょうね。ただ、見た目と名前があまり一致していない罠。なお、彼女は「私が今まで知り合った女性で最も綺麗だった人」をモデルにしてます。
あつあ通信vol.74、編者あつあつおでん