第53話「体育祭」
「よう、調子はどうだ?」
「はい、おかげさまで順調そのものです。これも先生のご指導の賜物です」
6月12日、土曜日。今日は体育祭だ。生徒数のせいで盛況ってわけにはいかないが、普段よりは熱気を帯びている。見物客は保護者か近所の年寄り連中が大半だ。もっとも、来れないほどの年の奴らもいるそうだが。
「そうか。ま、そう思うならそれで良い」
「オイラ達も今までと違うのが分かるでマス」
ーリブンは胸を張った。腕には引っかき傷が二三ある。何を根拠に言ってるか知らんが、自信で満ちている。
「例えば?」
「さっき僕達は騎馬戦をやったんですけど、僕とターリブンがかなり活躍したんです」
「最後のイスムカとの一騎討ちではオイラが勝ったでマスよ」
イスムカとターリブンが説明してくれた。イスムカの腕も染まっている。汗を拭いながら笑っているよ。たがが緩まないうちに何か言っとくか。
「成長はしたんだな。これをバトルにも活かしてくれるわけだ」
「そ、それはでマスね……」
「夏の大会、期待してるぜ。負ければ廃部に片足突っ込むことに
なるからな」
「そうなんだよなあ。少なくとも一回戦は勝たないとまずいです
しね」
イスムカは腕組みして左上に視線をやった。俺の真似か、あるいは癖か。……ん、そもそもなぜ俺はこいつらと話してる。やってきたのは向こう、さっさと用件を聞き出そう。
「ところで、お前さん達。何か用があって来たんじゃねえのか? こんな日にモンスターボールはいらねえだろ」
「あ、そうでしたね。実は先生にお願いしたいことがあるんです
」
「なんだ、言ってみな」
「実は……」
「次の競技は、有志による部活動対抗リレーです」
「どうしてこうなった」
午後の競技が始まった。俺は入場門からトラック内に入った。ラディヤ、ターリブンも同様である。人数不足とは言え、3人分走らされるとは。ま、日頃の成果を示してやろうじゃねえか。
さて、リレーは400メートルトラックで行われる。3周すればゴールだが、個々が走る距離は決まっていない。だから1人が無双しても構わないってわけだ。
スタート地点ではピストルが空を見上げて待っている。トラックに目処が緊張が走る。
「位置について……」
ピストルが叫んだ。それと同時に6レーンの第一走者が走り出す。戦いの幕開けだ。
「イスムカ様!」
「ああ、どんどん差が広がるでマス!」
俺達の先陣を切るのはイスムカだ。しかし、およそ健闘などと言えない有り様である。ちっ、てこ入れが必要だなこりゃ。 そうこう考えているうちに、トラックの半周地点に近づいてきた。次の走者、ターリブンは手招きして急かす。
「くっ、ターリブン!」
「任されたでマスよ!」
ターリブンはバトンを受け取り駆け出した。前方の走者との距離を詰めていき、1人、また1人と追い抜いていく。外野からは歓声が上がり、ターリブンの頬は緩んでいるように見えた。
「なるほど、中々速いな。しかし、あれだけ速いなら俺にアンカーを任せるなよ……」
まあ、成長しているから突っ込みは控えておこう。ターリブンの次はラディヤ、バトンタッチはすぐそこだ。
「いくでマスよラディヤちゃん!」
「はい!」
ラディヤはバトンを掴み、加速した。完成されたフォームで最高速に到達し、カーブでも減速せず進む。
俺の目の前を2人の走者が通過したところで、ラディヤが戻ってきた。俺は右手を後ろに差し出しながら助走を始める。
「先生!」
「合点だ」
バトンを握る。左足で蹴りあげ右手を前に出す。追い風にも乗って全速力になる。着流しをたなびかせながら走る。
まず1人目の追い越しだ。トラックの外側に外れてから前方に立ちふさがり、すぐにトラック内側に位置を取る。走者は抵抗する間もなく先を越されるってわけだ。
「先生! 先生!」
「ごぼう抜きです!」
「あとは陸上部だけでマス!」
観客のボルテージは最高潮だ。俺はそのまま走り続けた。残り300メートル、いまだ距離がある。250メートル、半身ほど縮める。200メートル、影には追いついた。150メートル、手が届くところまできた。100メートル、逆転。50メートル、しかし長丁場で足が言うことを聞かない。くっ、最後まで持てや!
「はあっ、はあっ、どうだ……? 判定次第ってところか」
ほうほうの体でゴールした俺は、息を整えながら校舎に埋め込まれたディスプレイを眺めた。ギャンブルじゃねえが、判定をするのに使うそうだ。普段は朝会や行事、広告で用いる。
「只今の競技、ビデオ判定となります。こちらを御覧ください」
ディスプレイに映像が映された。なるほど判断を迷うのも無理はない。だが、胸を張った俺の胴が先にゴールラインを越えているではないか。
「以上より、一位ポケモンバトル部とします」
判定が下されると、辺りからスタンディングオベーションが巻き起こった。いつか手にした栄光を、どこかで思い出させる光景だ。俺はただ一礼をし、退場門に向かった。
「先生、やったでマス!」
「……やったのはほとんど俺だがな」
「確かに。先生、ほんとに36歳なんですか?」
「まあな……って、何故俺の年を。いや、言わんでも予想がつくか」
……帰ったら、ナズナに頼まないとな。個人情報は広めたくないからね。
「ともかく、お前さん達の鍛練不足がよく分かった。夏に向けてペースアップするぜ」
「や、やっぱりでマス……」
俺が宣言をすると、ターリブンの足取りが重くなるのであった。心配するな、お前さんなら大丈夫だ。さあ、進行の手伝いでもしてくるか。
・次回予告
初夏と言うにはいささか時期を外したが、ポケモンバトル夏の大会が始まった。アマチュア部門に出場する俺達タンバ学園は、異様な相手と対峙することになる。次回、第54話「不気味な1回戦」俺の明日は俺が決める。