第52話「ミュージカルの妙味」
練習中にコートと職員室を往復していたら体育館でミュージカル部の練習が目に入る。顧問のナズナに頼まれ完成度を見ることになり、その妙味から新たな戦術を思い付く。
「お、あれは確か……」
6月4日の金曜日、夕刻。俺としたことが仕事を片付けるのが遅れちまった。というわけで、早足でコートに向かっていた。その時、体育館の中が見えた。そういや、ほかの奴らの部活なんて見たことなかったな。せっかくだから見物してみるか。ウォーミングアップくらいなら俺がいなくても大丈夫だろう。
俺は館内をぐるっと見回し、ステージのほうに注目した。他所の部活の邪魔にならないよう、一旦外に出てステージに近い扉から眺めることにした。
「ミュージカル部の練習か。中々気合いがこもってやがる。あいつらもこれくらいやってほしいもんだぜ。にしても……」
俺は思わず息を呑んだ。ミュージカル部の連中は大半が女子で、その中に申し訳程度に男が混じる。この中で極めて目立つのが、ポニーテールを振り回し演技を行う顧問である。
「ストップ! こら、背筋伸ばす! 手足も伸ばして! みんな見てるんだよ!」
「ナズナの奴、目の色が違うぞ。今まで見たことがない、何かに目覚めたような感じだ」
「はい、そこまで! 一旦休憩! ……あ、テンサイ先生!」
おや、やっと気付いたか。既に1、2分経ってるが、彼女はそれまでまるでお構いなしに指導をしていた。これは結構驚くべきことなんだ。と言うのも、俺が視界に入れば彼女は必ず声をかけているからな。まあ良い、ちょっとからかってやるとするか。
「随分熱中してるじゃねえか。普段見られない一面ってやつだな」
「あ、練習覗いてたんですか? これはお恥ずかしいところを見せちゃいました」
「構わねえよ。あれはあれで悪くない」
「お、テンサイ先生はああいう方が好みで?」
「そういうわけじゃねえが……。それよりよ、今やってる演目はなんだ?」
俺は適当に話題を逸らした。俺の好みなんて話した日には、彼女がどんなコスプレをされるかたまったもんじゃねえからな。以前メイドカフェから出てきたのを知られた時は、1日中メイドと主人という付き合いをさせられちまったし。
「今は『カーニバルンパッパ』を練習中です。あ、そうだ。せっかくだからちょっと見てくれませんか?」
「俺がか? まあ良いよ。さっそく鑑賞と行こうか」
「……どうでした?」
「……ああ、実に素晴らしかった。踊っているルンパッパは力強く、誰も止められない。まさにそのような躍動感を持っていたよ。あの熱い演技を見ていたら、自然と新しい戦い方を思いついたぜ。ありがとな」
「ふふ、それはどうもありがとうございます。にしても、ミュージカルからバトルのヒントを得るなんてさすがですね。……そうだ! 今度の試合、私達が応援に行きましょう!」
「何? 別に構わねえが……がっかりするなよ。今の俺達じゃ、あんたらの栄養にはならないからな」
「ええ、もちろん大丈夫ですよ。これは今日のお礼だと考えてください」
「ああ、そういうことか。それなら期待してるぜ」
・次回予告
年寄りを酷使たあ見上げた奴らだぜ。3年ごとに食欲が落ち、体が重くなるんだよな、これが。ま、それでもまだまだ若造どもには負けん。俺の力を見るがいい。次回、第53話「体育祭」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.117
私はミュージカルには全く疎いのですが、ルンパッパは似合ってますよね。なんだかカスタネットを鳴らしているイメージがミュージカルにはあるので、メロエッタのステップフォルムとかも会いそうです。え、それは別物だって?
あつあ通信vol.117、編者あつあつおでん