第48話「教えることは学ぶこと」
「どうだ、少しは分かるようになってきたか?」
5月13日の木曜日、夕刻。俺は補習部屋でターリブンと話をしていた。明日から試験が始まるせいか、今から俺がやる補習には、にわかに大勢の生徒がやってきている。普段からこれくらいやってくれれば助かるのだがな。
「そうでマスね。先生に言われた通り、授業のあった日に問題集をやっただけでマスが、随分慣れてきたでマスよ」
「そいつは何よりだ。……ならばちょうど良い。おい、お前さん達、ちょっと聞きな」
一通り人数が集まってきたところで、俺は室内の生徒に呼びかけた。皆は補習開始を察し、俺の方向を向く。
「今日の自習から、ターリブンを俺の代理とする。俺が空いてない時は彼に質問するように」
「な、な、なんでマスとおっ!」
俺は、のけぞるターリブンを気にすることなく肩を叩いた。周囲の視線が俺からターリブンに移ると同時に騒がしくなってくる。
「へえ、ターリブンが先生か。なんだか頼りないような……」
「ふふ、でも期待されているみたいですね、うらやましいです。では早速聞きに行ってみましょう」
「あれ、それは昨日僕に教えてくれた……」
お、まずはラディヤが歩み寄ってきたぞ。こいつは意外だな、彼女なら逆に教えると思ったのだが。この間イスムカに指導している姿を見かけたが、俺に勝るとも劣らない腕だったしな。
「ターリブン先生、この問題の解法を教えていただけますか?」
「げっ、この問題でマスか! ラディヤちゃんが分からないんじゃオイラにはとても……」
ターリブンはそこまで言いかけはっとした。ラディヤの視線が彼に向かって一直線なのである。ターリブンは冷や汗を流しながら鉛筆を手に持った。
「……えーい、こうなったらやれるだけやってやるでマス!」
「その息です!」
ラディヤの励ましを受け、ターリブンは問題に取りかかった。……あの問題は俺が彼女に教え、彼女がイスムカに教えていたものだ。彼女なりの気遣いというわけかね。
「お、随分賑やかですねえ」
ちょうどそのタイミングでナズナが姿を見せた。以前約束した通り、数学のレクチャーを受けるためだ。彼女の瞳は心なしか光に満ちている。
「来たか。代わりを用意しといたから、あんたに付きっきりで指導できるぜ」
「わ、私1人に付くんですか?」
「そうだ。ちょうど、できる奴に先生役をやらせたいと思っていたところだ。そこであんたの話を聞き、都合がいいと判断したわけよ。俺の手が空いてなければ先生役に頼らざるをえない。教えることは学ぶこと、奴らのためにもあんたのためにもなる話さ」
俺は道理を説明した。教えるってのは、勉強の最終段階なんだ。全ての知識、技術が要求される。これを身に付けるには実際に教えるしかないんだ。
「教えることは学ぶこと、ですか。昔そんな言葉を聞いた気がします。まあいっか、じゃあ今日はとことん付き合ってもらいますよ!」
「望むところだ」
「さて、無駄な抵抗は止めろ。問題用紙と解答用紙を配る、下手な真似をした奴は全ての科目で0点にするぞ」
翌日の朝。何も言うべきことはない。いつものように試験の準備に取りかかるだけだ。俺は用紙を配り、時計に目をやった。9時40分、時間だ。
「それでは……始め!」
2学年1学期中間試験 数学
年 組 氏名
1.以下の問いに答えよ(各6点)
(1)X^3-1=0
(2)ω^2 ω 1
(3)A(1.-1).B(4.3)間の距離
(4)A(-3.3).B(-3.1)を通る直線の方程式
(5)A(-2.-1).B(2.3)を直系の両端とする円の方程式
(6)X^2 Y^2=20において、点(-2.4)上の接線の方程式
2.3次方程式X^3 X 10=0の3つの解をα,β,γとする。この時、1/α,1/β,1/γを解とする3次方程式を作れ。(8点)
3.2点A(-5).B(11)に対し、線分ABを5:3に内分する点をP、7:11に外分する点をQとする。この時、線分PQの中点を求めよ。(8点)
4.三角形の各辺の中点の座標をそれぞれ(-1.-1).(0.1).(2.-2)とする。この時、三角形の各頂点の座標を求めよ。(11点)
5.次の連立方程式が、ただ1組の解を持つ条件、無数の解を持つ条件、解を持たない条件をそれぞれ求めよ。(13点)
3X-2Y 4=0 aX 3Y c=0
6.直線4X 3Y-5=0が次の円によって切り取られるとき、弦の長さと、弦の中点の座標を求めよ。(15点)
(1)X^2 Y^2=4(6点)
(2)X^2 Y^2 4X-2Y-1=0(9点)
7.点P(X1.Y1)と直線aX bY c=0の距離dはd=|aX1 bY1 c|/√(a^2 b^2)であることを証明せよ。(15点)
・次回予告
時間はかかったが、やっと柱ができたな。柱がいればクラス全体を底上げするのも容易い。あとはあいつだけだな。次回、第49話「磨けば光る」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.113
教えることは学ぶこと、これは慶應義塾大学で似た制度が取られていますね。半学半教といった形で、学内の文書では教授も君付けで呼ばれるそうです。この大学で先生はただ1人、創設者福沢諭吉とのこと。
私自身、教えることでコツを掴んだ経験があります。結構考えますからね、言い回しとか解き方とか。
ちなみに、今回の問題はちょうどいい難易度となっています。これを初見で満点にできれば勉強で困ることはすぐには訪れないでしょう。
あつあ通信vol.113、編者あつあつおでん