第8話「2つの顔を持つ少女」
「着きましたよー、ポケモン塾でーす!」
連れ回されること5分、怪しげな男はとある建物の前で歩を止めた。その建物は、いかにも古風な木造である。普通の家の3倍ほどの広さで、中々客入りは良さそうだ。
「さあ、中に入ってくださーい」
男は建物の引き戸を開けると、ダルマを中に入れた。中は外観以上に古風だ。まずチョークの匂いが黒板からやってくる。次に鉄パイプと木でできた机と椅子。そして鉛筆で筆記をする音である。電子黒板ことブラックボードにデスクチェアやテーブル、タッチパネル式の携帯教材の時代と比べると、明らかに時代遅れと言わざるをえない。
「では、そこの席に座ってくださーい」
「……はい」
ダルマは何とか声を絞りだし、男の指差した席に向かった。席の隣には誰かがいる。教室を見渡す限り、唯一の生徒だ。
「すいません、ちょっと隣失礼しますよ……あ!」
「はいどうぞ……あ!」
ダルマは思わず声を上げた。生徒も声を上げた。なぜなら、互いに顔を見たことがあったからだ。
「君、確かさっき俺とぶつかった人だよね」
「ええ、そうです。すぐに去ってしまってすみません」
「いや、別に良いよ。ところで名前は?俺はダルマ、旅のトレーナーだ」
「私はユミと言います」
ダルマと生徒ユミは、互いに頭を下げた。
「そろそろ良いですかー?」
ここで怪しげな男が話に割り込んできた。ダルマは怪訝な顔で男に尋ねた。
「ところで、あんたは誰だ?どう見ても怪しいぞ」
「私ですか?そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はジョバンニ、ポケモン塾の塾長でーす」
「……誰?」
「ダ、ダルマ様、ご存知ないのですか?ジョバンニ先生を」
ダルマの反応に不意を突かれたユミは、ダルマに説明しだした。
「ジョバンニ先生はかつてポケモンリーグの常連で、一時は四天王にまで推薦されたんですよ」
「良いのですよユミさん、もう20年も前のことです」
ジョバンニはニコニコしながら話を進めた。彼の顔は、ただのおじさんの顔から、様々な困難を乗り越えた男のものになっていた。
「さて、今日は素晴らしいことに生徒が2人もいますねー。というわけで、ユミさんの卒業試験は2人でやってもらいまーす。場所はマダツボミの塔でーす」
ジョバンニの言葉に、誰も異論はなかった。もともとダルマはマダツボミの塔が目的地であり、今日は暇である。そしてユミは塾の生徒なのだから。
「では行きましょう。遅れないでくださいねー」
そう言うと、ジョバンニは高速で回転しながら教室を出ていった。
「……行くか」
「そうですね」
マダツボミの塔は全国でも数少ない木造の寺だ。塔の中心にある太い柱がマダツボミのように動くことからこの名前がついたらしい。そんな由緒ある塔の中に、3人はやってきた。ダルマもユミもバトルの準備はできている。
「今回の目的は、3階にある秘伝マシンを取ることでーす。それでは、頑張ってくださーい」
ジョバンニの合図で修業は始まった。とはいえ、1階は階段しか無いのだが。
「よし、一気に行くか」
ダルマはそそくさと階段へと向かって行った。そのすぐ後ろで、ユミがダルマの後を追った。
「ワニノコ、ひっかく攻撃!」
「ビードル、糸をはくから毒針だ!」
道中は先頭のダルマがバトルをしていく。野生ポケモンはそこまで強くないのか、ダルマでも楽々倒していける。
30分もしないうちに、3階へとたどり着いた。3階にいるのは、野生ポケモンと1人の坊主だけである。その坊主が近寄りながら2人に話し掛けてきた。
「トレーナーよ、よくぞここまでたどり着いた!わしはこの塔の坊主じゃ。わしに勝てたら秘伝マシンをやろう」
「これが最後か。ユミが相手してくれ、俺は秘伝マシンいらないから」
「そうですか、ではお言葉に甘えて」
ダルマの言葉に促され、ユミが一歩前に出る。いつでもバトルできる状態だ。
「おぬしが挑戦者だな!」
「はい、よろしくお願いします!」
「うむ!ではゆくぞ、マダツボミ!」
「頼むわ、チコリータ!」
ユミのボールからは「はっぱポケモン」のチコリータ、坊主のボールからは予想通りマダツボミが出てきた。お互い草タイプである。
「チコリータ、草笛よ!」
バトルはすぐに動いた。チコリータは何やら懐かしい音色を奏でた。すると、マダツボミがいつも以上にふらふらしてきた。
「負けるなマダツボミ!ツルのムチ!」
マダツボミは眠気をこらえてチコリータに攻撃をしかけた。だが、攻撃が届く前に床に伏してしまった。
「一気に行きますよ、はっぱカッター!」
ここでチコリータは、尖った若々しいはっぱを1枚ずつ飛ばし始めた。マダツボミは眠っているので抵抗しようがない。
「オラオラ、さっさと倒れな!」
「な、何だ今の口調は!?」
何ということか、急にユミの口調が変わった。あまりの急変ぶりに、ダルマは目を白黒させながら叫んだ。だが、周りの反応も気にせずユミはバトルを続ける。
「そろそろ捨て身タックルを決めてやりな!」
迫力満点の指示を受け、チコリータは力任せにマダツボミにぶつかった。はっぱカッターの連打でだいぶんダメージを負っていたので、トドメをさすには十分な威力である。マダツボミは気絶した。
「マダツボミ!」
あまりの猛攻に、坊主はこう叫ぶことしかできなかった。
「ぬぬぬ、ホーホーよ、出番じゃ!」
坊主はマダツボミをボールに戻し、ふくろうポケモンのホーホーを繰り出した。
「スキあり!毒の粉!」
なんと、チコリータはホーホーが出てきた瞬間毒の粉で狙い撃ちをしかけてきた。ホーホーは避けられるはずもなく、毒を浴びた。
「そこからはっぱカッターで決めな!」
チコリータの攻撃はとどまるところを知らない。再びはっぱカッターを繰り出した。攻撃は隙間なく飛んでくるので、避けることができない。毒のダメージも相まって、ホーホーは急激に体力を削られていった。そして……
「な、なんじゃと……」
結局、坊主はチコリータに攻撃することができずに完敗した。
「す、凄い勢いだな」
後ろで見ていたダルマは終始圧倒されっぱなしだった。もちろん、その理由はバトルの内容だけではない。
「ユミ、強いな。俺なんかよりよっぽど上だ」
「ありがとうございます。今日は少し本気を出してみたんです」
「あ、あれで少し……だと?」
ダルマは話の展開についていけず、最後には笑っていた。
「……挑戦者よ、おぬしの勝ちじゃ。これを持っていきなさい」
ダルマが笑っているうちに、坊主はユミに1枚の薄い円盤のようなものを手渡した。秘伝マシン「フラッシュ」である。
「ありがとうございます。ではそろそろ失礼しますね」
ユミは一礼すると、ダルマと供に塔を降りていくのであった。
「ほほー、上手くいったみたいですね」
「はい、先生のおかげです」
夕焼けで辺り一面燃える中、塔の前でユミとジョバンニ、ダルマは修業の報告をしていた。
「これなら、もう旅に出ても問題ないでしょう。よく頑張りましたねー」
「ありがとうございます!」
「これからはダルマ君と旅を楽しんでくださいねー」
このジョバンニの何気ない一言に、ダルマは食い付いた。
「……あの、『ダルマ君と』ってどういう意味ですか?」
「決まってるじゃないですかー。ユミ君はもう十分な実力があるから旅に出すのですよー」
「それはわかる。だが何故俺と一緒にするんですか?」
「それはですねー、強いといっても1人は危ないですから誰かと一緒に旅するほうが良いのでーす」
「はあ。まあいいか、特に問題なさそうだし。ユミはそれで大丈夫?」
「私は大丈夫ですよ。よろしくお願いしますね、ダルマ様」
ダルマは不器用ながらも、新しい仲間を歓迎した。彼の鼻の下は若干伸び、終始ニコニコ顔である。
「じゃあ、明日の9時にジムの前で集合な」
「はい。ダルマ様、遅れないでくださいね」
2人は明日落ち合うことを決めると、互いに戻るべき場所に戻るのであった。