大長編ポケットモンスター「逆転編」

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大長編ポケットモンスター「逆転編」
第69話「10年の時を経て」

「うーん、ここはどこだ?」

「ここは私が昔いた研究所ですねー。今のコガネ城にあたる場所で、川沿いにありまーす。私の研究室はまさに川の隣、穏やかな立地でーす」

 ダルマ達は気が付いたら別の場所にいた。清潔感溢れる廊下である。目の前に上面図があるが、それを見る限りここが研究所なのは疑いない。

「ここにサトウキビさんがいるはず。……もしかして、事故が起こる直前に殺害するのかも」

「だとしたらまずいですねー、事故の時間まであと3分しかありませーん」

 ジョバンニは冷や汗を流しながら腕時計を確認した。時刻は午後9時57分、夏でも外は真っ暗な時間だ。

「あと3分! ジョバンニさん、急いで研究室に案内してください」

「もちろんでーす、皆さんちいてきてくださーい」

 ダルマに急かされ、ジョバンニは小走りで廊下を進んだ。一同もそれについていく。やがて、「ジョバンニ研究室」と書かれたプレートを発見した。ジョバンニはこっそり扉を開けて忍び込んだ。

「つきましたー。トウサはあそこにいますね」

 ジョバンニは物陰に隠れながら辺りを見回した。ジョバンニの研究室はかなりごちゃごちゃしている。ポケモンの研究をしているだけあり大量のボールや書類が保管されている。棚やロッカーが所狭しに並び、本来なら公園程の広さの研究室も見通しが悪い。トウサはダルマ達から約10メートル離れた場所にいた。

「あ、あれが昔のジョバンニさんか。で、あの女性がナズナって人かな?」

「2人で何か話しているみたいですよ」

 ダルマとユミが棚の隙間から研究室の奥を眺めると、2人の男女がいた。1人はジョバンニだが、明らかに今と変わりない姿である。せいぜい違いは白衣を着ているくらいだ。彼の後ろには研究で使うであろう機械が鎮座しているが、「DANGER」と記されている。もう1人の女の子も白衣を着用している。黒髪で、15センチくらいのアーチを描くポニーテールだが、背中にまで毛先が届く。内側は深紅のTシャツに黒の短パンという装備だ。また、彼女の背後には開いた窓がある。過去のジョバンニは女の子に話しかけた。

「どうしたのですかナズナさーん。あなたが私と会ったのが知られたら、騒動になりますよー」

「わかってますよ、それくらい。今日は相談に来たんです」

「相談? お金の工面なら勘弁してくださいねー」

 過去のジョバンニはポケットから薄い財布を取り出して笑った。女の子、ナズナは膨れっ面しながら本題を切り出す。

「もう、真面目に聞いてくださいよ! ジョバンニさん、トウサさんと一緒に現役科学者を引退してくれませんか?」

「わ、私が彼と引退? どういうことですかー?」

「最近トウサさん、すごく疲れているみたいなんです。私、トウサさんには1度表舞台から退いてゆっくり研究に取り組んでほしいんですよ。でも1人で辞めたらなんて言われるか分からないから、ジョバンニさんも一緒なら良いかなあって思ったわけです」

「なーるほど。……それはそれで悪い話ではありませんねー。私も近頃の注目のされかたには辟易していました。1つ彼に提案するのも良いでしょう、のんびりした研究に戻るように」

 過去のジョバンニは何度も頷きながらメモを取った。ナズナは満足げな表情をする。

「ジョバンニさん、今の話は?」

「事実でーす。トウサがこのことを知らないのは当然ですねー、事故以来話す機会がありませんでしたから」

「あ、おじさまがボールからポケモンを!」

 ユミがトウサを指差した。皆の視線がトウサを捉える。彼はボールからスターミーを出し、今まさに攻撃を仕掛けようとしていた。

「……あばよ、ジョバンニ。スターミー、ハイドロポンプ!」

「誰か止めてくださーい!」

「駄目だ、間に合わない!」

 今のジョバンニは天を仰ぎ、ダルマは頭を抱えた。2人とも状況をわきまえず絶叫である。スターミーのコアから螺旋状に回転した放水が放たれた。みるみるうちにジョバンニに水の槍が迫る。

「あ、危ない、ジョバンニさん!」

 ここで、事態にいち早く気付いたナズナが動いた。なんと過去のジョバンニを華奢な腕で突き飛ばし、身代わりとしてハイドロポンプを食らったのである。

「きゃあっ!」

 横から割り込む形となったので、彼女はハイドロポンプの勢いに弾かれる。そのまま開いた窓から外に放り出され、川に沈んだ。彼女の着水音が聞こえるのとほぼ同時に、ハイドロポンプが過去のジョバンニの奥にあった機械に命中。機械は煙を出し、火の手が上がった。

「な、なんだと……!」

 トウサは状況を理解したくないのか、歯ぎしりしながら目を手で覆った。その瞬間、トウサの姿が消えた。その光景を見届けると、ダルマ達も過去から現在に送還された。残された過去のジョバンニは燃え上がる機械にたまげると、一目散に窓から川に飛び込む。その直後、爆炎が研究室を包んだ。










「サトウキビさん、自分でナズナさんを……」

「……結果はどうあれ、彼自身の手で彼女に手をかけてしまったのですねー」

「おじさま……」

 現在に帰ってきたダルマ達は、1人呆然と立ちすくむトウサをじっと見つめていた。未来が変わった様子は見られない。過去に行く前と同じで、夜風が気持ち良い。

「……事実は小説より奇なりとは言うが、全くもってその通りだな。はは、ははははは……」

 トウサは一言、ぽつりと呟いた。次に膝をつき、かがんで床を右手で殴りつけた。右手の指の根元から血がにじんでくる。そして、街中に響く声をあげた。

「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉををををををををををををををををををををををををヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ! 済まねえナズナ! 俺のせいで、俺がいなければ……。ただ俺は運命を、困難を乗り越えようと……反吐が出るあの男の下でも働いてきたというのに……!」

 トウサの声が徐々に上ずってきた。真夜中のコガネに届く悲痛な叫び。ダルマ達は目を閉じうつむいた。

 それからいくらか経った頃、ジョバンニはトウサに近寄った。それから背中をさすり、トウサに語りかける。

「トウサ、彼女はあなたの攻撃を受けるまで、あなたのことを心配していました。その思いに応えるためにも、これまでの行いを償うのでーす」

「……罪を償う、か。今更抵抗する気はねえ、好きにしな。だがその前に1つやらせてくれ」

 トウサは立ち上がり、とぼとぼと歩いた。その先にあるのはポケギアである。おそらくトウサのものだろう。彼はそれを手に取ると、以前の力強い口調で話し始めた。

「勇敢なるがらん堂の諸君、塾長のサトウキビだ。よくこれまで耐えてきてくれた。ただ今をもって戦いの終了を宣言する。各自戦闘を切り上げ、速やかにコガネへ帰還するように。繰り返し放送する。がらん堂は負けた。コガネに戻って公の指示を待て。以上、今までありがとう」

 トウサは感謝の言葉で締めると、ポケギアを投げ捨てた。彼はダルマ達の方を向き、一礼した。

「お前さん達には世話になったな。このような結果になったとはいえ、真実に近付けた。特にダルマは、この俺を超えていったからにはポケモンリーグでも十分勝ち上がれるだろうよ。期待してるぜ」

「サトウキビさん、いやトウサさん……」

 ダルマは息を呑んだ。トウサは大きなため息をつくと、サングラスの下から光るものが滴り落ちてきた。

「……さて、ここで1つ問題だ。男が泣くのはいつだ?」

「え、男が泣く時? ……今ですか?」

「……最後まで鈍いな、俺に似てやがる」

 トウサは北を向くと、全力で走った。あまりに唐突な動きに、ダルマ達は対応できない。

「いいか、よく覚えとけ! 男が泣くのはっ! 全てが終わった時だっ!」

「トウサさん!」

「トウサ!」

「おじさま!」

 トウサはこう言い残すと、柵を越えて落下した。落下点は彼の相方が姿を消した川である。ダルマ達もすぐさま駆け寄り呼びかけた。それに対し、トウサは川に叩きつけられる音で答えるのであった。


・次回予告

がらん堂との戦いは終結した。ダルマ達は約束通りポケモンリーグの出場権を得たのである。向かうはセキエイ高原、ダルマ達はたどり着けるのか。次回、第70話「いざ、セキエイ高原へ」。ダルマの明日はどっちだっ。



・あつあ通信vol.50

トウサという名前、私には珍しく由来があります。この3文字を並び替えると「サトウ」となります。サトウキビと縁ある名前なのです。サトウキビは江戸時代の日本をはじめ、カリブ海にアフリカ、南アメリカやヨーロッパを巻き込んだ悲しい歴史があります。それと重ね合わせた結果、サトウキビとトウサになったのです。並び替えたのは先読みされないようにするためですよ。


あつあ通信vol.50、編者あつあつおでん



あつあつおでん ( 2011/11/08(火) 10:06 )