第40話「誘い込み作戦」
「見えたぞ、あれが発電所だ」
林の茂みにしゃがんで隠れながらワタルが指差した。その先には、有刺鉄線で囲まれた建造物が鎮座している。それほど異常なものには思われないが、中から人の気配はまるで感じられない。
「あれがフスベシティにできた新しい発電所ですか」
「ただの小屋のようにも見えますわね」
「うん。コガネシティの人口増加に伴ってカントーの発電所じゃ足りなくなったんだ。そこで、この山に囲まれた土地に新たな発電所を作ったというわけさ」
ワタルが発電所の説明をした。口調は軽快だが、既にその目は次のバトルに向けて燃えている。
「しかし、こんな場所だと来るのだけで大変ですよね」
「それは彼らにとってメリットだね。山と有刺鉄線に守られるだけでも攻略は難しくなる。しかもここは発電設備を地下に置いているから、侵入されてもかなり抵抗されるはずだ。隊を分けずに攻め入るのもわかるだろ?」
「確かに。……あ、そろそろ時間ですよ、ワタル様」
ユミは腕時計の時刻を示した。そろそろ午前10時になりそうだ。それを確認したワタルは全員の方を向く。
「皆さん、セキエイ高原から休みなく歩き続け5日経ちました。私達はいよいよフスベシティ発電所に攻撃を開始します。本当は施設の破壊ができれば楽なのですが、こちらがポケモンセンターに頼れない等のデメリットが大きいので、今回は占領するだけです。戦略としては、まず僕が先陣を切り突入します。皆さんは僕に続き畳み掛ける。とにかく素早くことを進めて、最小限の犠牲で勝利しましょう!」
ワタルの話が終わると、皆はゆっくりうなずいた。ワタルは力強く立ち上がった。
「では行こう。全員僕に続け!」
ワタルは茂みを飛び越え、発電所目がけて走りだした。ダルマ達も遅れないように必死で追いかける。
「くっそー、邪魔する奴らは毒針の餌食だぞ!」
「おらおら、雑魚はすっこんでな!」
ダルマとユミが前を、その後ろをドーゲン、ボルト、ハンサム諸々、そしてジョバンニがしんがりを務める格好で、勢い良く扉をけやぶり発電所内に入り込んだ。
「御用だ御用だ、ドーゲン様の……ありゃりゃ、誰もいないぞ」
ドーゲンは辺りを見回した。一同もあちこちを探す。しかし、人っ子1人いない。拍子抜けしたダルマは深呼吸をした。
「なーんだ、意外とあっさり攻略できちゃったじゃないか。心配して損したよ」
「しかし、こうも簡単に動力を手放すものかなー。技術者の僕から言えば、罠だと思うよこれ」
「ははは、まさか……」
ダルマがボルトの言葉に笑って受け答えすると、外から土を踏む音が聞こえてきた。足音は1人でも2人でもない。10人は軽く超えているだろう。ダルマ達の額から冷や汗が一筋流れる。
「……あのーワタルさん、これってもしかして?」
「ああ、そのようだな。皆さん、モンスターボールを準備してください」
ワタルは各員を促し建物の外に進んだ。ダルマ達はボールを1個握りしめ、その時に備える。
「また会ったなワタル。それがしを忘れたとは言わせぬ」
「……サバカンか。君も忙しいな、この前はセキエイで今度はフスベとはね」
ワタルは見覚えのある男へ気の毒そうな言葉を投げかけた。5日ぶりにワタルの前に立ちふさがるのはサバカンである。
「……無知はこれだから困る。先生は、我らがためにあるものを残された。移動に苦しむ理由なし」
「なるほど。やはり、セキエイでまんまと逃げられたのは何か仕掛けがあったからか」
「……この度は以前と異なり、手加減は無用との沙汰なり。こちらは総勢50人に対しそちらはたかだか10人前後。多勢に無勢なる言葉知りたるならば、諦めたくならぬか?」
サバカンの問いかけに、ワタルは鼻で笑った。彼は右手にボールを持ち、臨戦態勢を取る。
「生憎、諦めは悪いものでね。僕はチャンピオンだ、何人がかりでも撃破してみせる」
「……愚かなり、チャンピオンよ。ここで投降すればがらん堂の慈悲にすがることもできたものを。されど、もはや情けは与えぬ。貴様の、薄氷のごとき見栄で他人が苦しむ姿、しかと目に焼き付けよ。皆の衆、かかれ!」
サバカンの怒号に従い、着流し姿の若者が一斉に有刺鉄線の中になだれ込んできた。ワタルは舌打ちしながらも叫ぶ。
「くっ、下見ではここまでいなかったはず……。皆出動だ、なんとしても全員倒すぞ!」
・次回予告
がらん堂の軍勢相手に良く戦うダルマ達であったが、遂に追い詰められた。しかし誰もが敗北を確信したその時、とんでもない援護が飛んでくるのであった。次回、第41話「心強き味方」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.21
以前チャットで「天才型主人公の話は難しい」という話題が上がってました。もしこのようなタイプが主人公だとしたら、先生や監督等の指導者にするのが良いかなと思います。「自分がやればすぐ終わるが、部下が上手くいかずやきもきする」といった中で部下の成長を見ていくのは中々面白そうです。
あつあ通信vol.21、編者あつあつおでん