第37話「炎の力」
「ん、あれ誰だ?」
ゴロウは目を凝らしながらある人物に接近した。その人物とは、道端で草を摘んでいる白髪で見慣れない装束を着込んだ初老の男である。足袋に草履、深紫の怪しい服に革手袋、スカーフが特徴的だ。ゴロウはその人物に声をかけた。
「おっさん、こんな所で何やってんだ?」
「おやおや、随分な御挨拶だ。拙者にはキョウという立派な名前があるのだが……」
「ん、キョウ? ……ああ、ジョウト四天王の1人の!」
「左様。我こそ、元セキチクシティジムリーダーにて現四天王の1人、キョウだ。して、お主は?」
「俺? 俺はゴロウ、次のポケモンリーグの頂点に立つ男だっ」
ゴロウは高らかに名乗りあげた。あまりの清々しさに、四天王キョウは腹を押さえて笑った。
「ぬ、ふははははははは。先程の挨拶といい、中々肝が据わっておるようだな。うむ、気に入ったぞ。然らばゴロウよ、本当にそのような力があるかを拙者が見てみようではないか」
「え、バトルしてくれるのか?」
「その通り。しかし、拙者に負けるようならポケモンリーグは諦めたほうが良い。そこまで甘いものではないからの」
「へ、その言葉をそのまま返してやるぜ」
「さて、始めるとしよう。使用ポケモンは3匹でよろしいか?」
2人は近場の練習場に足を運んでいた。当然ギャラリーなどいない。男同士の真剣勝負にはもってこいのシチュエーションだ。ゴロウはやや前傾姿勢、キョウは直立不動で腕を組んでいる。
「あ、ちょっと待ってくれ。俺1匹しか持ってないんだ」
「なんと……お主、さてや初心者か?」
「ちげーよ。俺は、相棒のこいつと1番になるって決めてんだ」
「ほほう、若さ故の拘りか。それが本物であることを願いたいものよ。フォレトス、出番だ」
「いくぜコラッタ!」
両者はほぼ同時にボールを投げた。2つの放物線から放たれたのは、コラッタと何かゴツゴツしたポケモンである。
「えーっと何々、フォレトスかあ」
ゴロウは尻ポケットから図鑑を取り出した。それによると、フォレトスは虫タイプと鋼タイプを併せ持つポケモンで、防御に定評がある。特性の頑丈も相まってサポート役などが多いとされる。
「ふむ、コラッタか。一見どこにでもいそうなものだが……闘争心は並ではないな」
「当たり前だろ、最強を目指す俺の相棒だからな。先手はもらった、怒りの前歯!」
先手はコラッタだ。コラッタはフォレトスの懐まで飛び込むと、自慢の前歯でフォレトスを食い千切った。コラッタの前歯は若干削れたが、それでもフォレトスは顔を歪ませる。
「うむ、基本は押さえておるようだ。ではこれはどうかな、砂嵐」
フォレトスは体を回転させると、大量の土煙を巻き起こした。ゴロウとコラッタの視界は瞬く間に狭められる。
「ぐお、なんじゃこりゃー」
「……ファファファ、これぞ変幻自在怪しの技よ。本来は惑わし眠らせ毒を食らわすものだが、このようなこととて造作もない」
「くっそー、前が見えねえ。コラッタ、早いとこけりをつけるぞ。もう1度怒りの前歯!」
コラッタは砂嵐に隠れた影に向かって突進した。ところが、攻撃は空を切るばかりでフォレトスに当たらない。
「どこを見ておる、こっちだ。いたみわけで体力回復させてもらうぞ」
いつの間にかコラッタの背後を取っていたフォレトスは、体から出ている管を動かした。するとコラッタの動きが鈍くなり、代わりにフォレトスが元気一杯といった状態だ。
「な、何が起こったんだ……?」
「どうやら勉強不足のようだな。いたみわけは相手と自分の体力を同じにする技……体力が少ない時に使えば相手にダメージがたまるというわけよ。力技だけでは及ばないバトルの真髄、如何かな?」
「ぬぬぬ……うがあああああ!」
ゴロウの頭が噴火した。頭から湯気を放つと、辺りの砂煙を一掃した。まだかなり残ってはいるが、一寸先すらはっきりしない状況は崩れた。
「ぬ、なんという荒技よ。しかしこちらとてチャンス、ジャイロボールで仕上げるぞ」
フォレトスは殻を閉じると、高速で回転しながらゆっくり近づいてきた。さながら浅紫色のスマッシュボールである。コラッタは微動だにせず、距離は徐々に詰まる。
「……コラッタ、全力で加速だ。俺達の力、焼き付けるぜ!」
ゴロウが右腕を上げると、コラッタは動いた。フォレトスの周囲を旋回しながらどんどん走るスピードを増していく。フォレトスはなんとか捉えようとするものの、いかんせん遅いために追い付けない。
「逃げるもまた戦術。だがいつまでも逃げられるとは思わないことだ」
「あと少し……あと少しであの技が使える……!」
ゴロウが拳を握りしめた、まさにその時である。コラッタの足元から火花が飛び散ったかと思えば、瞬時にコラッタは業火に包まれた。ゴロウは勝ち誇った晴れやかな表情を、キョウは焦りの色を見せる。
「なな、あれはまさか……」
「そのまさかだ。必殺かえんぐるまを食らえっ!」
ゴロウの怒号に合わせ、火鼠はフォレトスに体を押しつけた。フォレトスはあっという間に火だるまとなり、地面に転がりこんだ。しばしうごめいていたが、やがておとなしくなった。コラッタはフォレトスから離れ、ゴロウの元に戻る。
「……まさか、弱点を突かれるとはな。こればかりは予想外と言わざるを得ん」
「へへ、どうだ。こんなちっちゃなポケモンでも……お、コラッタお前!」
ゴロウから歓喜の声が漏れた。コラッタが突然光を帯び、姿を変え始めたのである。姿はみるみる様変わりし、光が収まった時には別のポケモンとなっていた。紫の体は黄唐茶に、大きさはゴロウの太ももにまで達するほどに成長している。前歯はますます伸び、光沢を持っている。
「コラッタ……遂にラッタへ進化したか。これで俺達の最強にまた1歩近づいたってわけだ」
ゴロウはコラッタの進化形ラッタに近寄ると、背中を撫でた。ラッタはねずみポケモンにもかかわらず猫なで声をあげる。そこにキョウもやってきた。
「お主、今のバトルは中々良かったぞ。まだまだ荒削りな部分はあるが、それは伸び代がいくらでもあることの裏返しだ」
「おう、あんたも話がわかるじゃねーか」
「……そこでだ。拙者の下で鍛えてみぬか? 拙者には、お主が稀に見る才の持ち主だと感じられた。このままただ漫然と成長させるよりは、短期間でも良い環境で育ってほしいとは思うのだが、どうかな?」
「ま、マジか? じゃあ、他の四天王とも勝負させてもらえるか?」
「それはお主次第だ。拙者に勝ったと言えば大丈夫だろうが、拙者の紹介なら確実であろう」
「そうか! じゃ、短い間だけどあんたの下で色々やらせてもらうぜ」
「うむ、心得た。……拙者の鍛練に耐えられる初めてのトレーナーになるか、見物だな。ファファファ……」
ゴロウとキョウはがっちり握手を交わした。いつの間にか砂嵐も収束し、ゴロウを祝福するかのように空は晴れ渡るのであった。
・次回予告
各自の鍛練が終わった頃、いよいよセキエイ陣営はがらん堂討伐に動きだす。ところが、がらん堂は衝撃的な手法で機先を制するのであった。次回、第38話「内側からの侵攻」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.18
連載も随分長くなってきました。これが完結したら製本してみたいと思う今日この頃。1話あたりの文字数は少ないですが、腐っても大長編。400字×300ページの本が2冊くらいはできるのではないかと予想しています。ないとは思いますが、需要ありましたら完結するまでにコメントで知らせてください。先着1名様に無料でお届けします。一応挿し絵や表紙絵も頑張ってみます。
あつあ通信vol.18、編者あつあつおでん