第32話「逆転クルーズ後編」
「き、君達は……誰だ?」
ハンサムは声の方向を見ると、何気なく問うた。そこにいたのは、ずぶ濡れになった何かを握り締めた2人の男女であった。
「ゴロウ、ユミ!」
「はあ、はあ……間に合ったぜ。大丈夫かダルマ」
ダルマは思わず目の覚めるような声で叫んだ。やってきたのはゴロウとユミだったのだ。
「君達、一体どうしたんだ? 用事なら後にしてくれないか」
「違う違う、俺達は証拠を持ってきたんだよ!」
「し、証拠だって? もしかして、その手に持ってる?」
ボルトはゴロウの右手を指差した。そこには1着の服があった。洗濯でもしてきたのか、しずくが滴り落ちている。
「そうです。この作業服、血が付いてるんです」
「な、なんだと? 血痕の付着した作業服……早速見せてくれ」
ハンサムの求めに応じ、ゴロウは衣服を広げた。この作業服は防犯カメラと同じく名札もアップリケもない。代わりに、大量の血液が胸部に飛散している。
「血痕だ。犯行の際に着ていたと考えて間違いないだろう。しかし、どこで発見したのだね」
「それがよ、俺達外に出て海を眺めてたんだ。で、ふと下を見ると何か引っ掛かってたんだよ。せっかくと思って釣り竿で引き揚げてみればこの有様だ」
「な、なんという偶然だ……」
ハンサムは半ば呆然とした表情で作業服を見渡した。一方、ダルマの眼には輝きが戻った。
「さあどうです、サトウキビさん。作業服が見つかった以上、反論のしようは……」
「……あるな」
「え」
「ようやく揃ったわけだ……ボルトが犯人だという決定的な証拠が」
「な、何を言ってるんですか。先程の証言にある矛盾と作業服で、あなたがやったという証拠が集まってしまったんですよ?」
ダルマはいまいちサトウキビの意図を把握できてないようである。それに答えるかのように、サトウキビが口を開く。
「そもそも、なぜボルトが疑われたか。作業服を着た人物が映っていたからだ。ではなぜ作業服ならボルトにつながるのか。……作業服なんざ、乗客の中で持ってるのはせいぜいあんたくらいだからだ」
「な……しかし、別の作業服を用意すればなんとでも説明できます!」
「ほう、そいつは面白い。なら、ボルトの部屋を調べてみたらどうだ? 作業服があったなら、すなわち俺の犯行。だが、なかった時は……わかるな?」
サトウキビは語気を強めり。それに臆することなく、ダルマは胸を張ってこう述べた。
「……ハンサムさん、ボルトさんの部屋を調べてみてください!」
10分後。調査に向かったハンサムが帰ってきた。手ぶらの彼は皆の注目を一身に浴びる。まずダルマが口を開いた。
「ど、どうでした? 作業服、見つかりましたよね?」
「……残念ながら、部屋に作業服、つなぎ及びそれらに準ずるものはなかった」
「……どうやら、決着がついたようだな」
サトウキビはため息をつくと、ハンサムに目で合図した。ハンサムはゆっくり頷くと、再び手錠を手に取った。
「血痕のついた作業服がある以上、もはや言い逃れできまい」
「お、おいおい、おじさんはやってないってば。ダルマ君、なんとかならないのか!」
「そ、そんなこと言われましても。部屋にないなら、船内全てを探しても出てくるはずがないですよ!」
ダルマは頭を抱えた。それを横目に、サトウキビはこう呟く。
「……残念だ、2人とも才能はあったんだがな」
「く、くそ……!」
ダルマは全力でサトウキビを睨み付ける。すると、突然ダルマの顔から驚きの色がにじみ出てきた。
「そういえば……サトウキビさん、やけに厚着だな。空調設備は万全なのに、汗だくだ。いつもより大きなサイズの服を着てるから、裾を引きずっている。いつもなら目立つはずの胸元のサラシも、首まで着物に覆われて見えないな。……あ、あぁぁぁぁぁぁぁあ!」
「ど、どうしたのですかダルマ様!」
急に奇声を発したダルマを気にしてか、ユミがダルマに近寄った。
「……隠し場所」
「隠し場所、ですか?」
「作業服の隠し場所がわかったんだよ。……サトウキビさん、自分の無実を証明するためとはいえ、やはりあなたを告発するのは本意ではありません」
ダルマはうつむいて拳に力を入れた。
「ふん、御託はいらねえ。さっさと指摘してみな……聞いてやるぜ」
「……わかりました。作業服の隠し場所はここです!」
ダルマは、その人差し指をある方向に向けた。指先が示しているのはサトウキビである。
「サトウキビさん、あなたはその着物の中に作業を重ね着しているはずです。仮にボディーチェックを受けても、何を着ているかまではそうそう調べられません。あなたがその服を選んだのは、市長の小袖の色合いを考慮したからだけではない。着込んだ作業服を隠すためでもあったんだ!」
「……なるほど。では、事件の流れを説明してもらおうか。もうわかってんだろ?」
「ええ。……市長の部屋に作業服姿で入ったあなたは、背後からナイフで市長を刺します。その後自殺に見せかけるため、今度は胸を刺します。そして、被害者のかばんを物色します。今思えば、販売会の資料にシワがあったのは、機関室で仕事をしていたために汗が流れ落ちたからでしょう。物色を済ませたら、その中のものを捨てるなり盗むなりした。窓が開いていたのはそのためと考えられます。……部屋を出たあなたはボルトさんの部屋に侵入し、彼の作業服に着替え、血痕のついた作業服を海に捨て、緑の着物を着用した。これが、この事件の全てです。さあ……どうですか、サトウキビさん!」
ダルマはサトウキビに詰め寄った。全ての視線が彼に集中する中、彼は肩を震わせ笑いだした。
「……ふっふっふっ、やってくれるぜ。計画は大幅に狂ったが、それ以上に楽しめた」
「計画? 何かまた変なことでも画策してるのかい?」
「その通り。そろそろだな……全てが帳消しになるのは」
ボルトの問いに答えたサトウキビは、腕時計をチェックした。時刻は間もなく8時となる。彼は不敵な笑みを浮かべると、静かに右腕を振り上げた。
その時である。船内に爆音と衝撃が駆け巡った。不意を突かれたダルマ達はその場に転んだ。
「な、なんだ今のは?」
「どこかで爆発があったみたいだね」
「爆発? ま、まさか!」
地に這うダルマは、1人立つサトウキビを見上げた。
「そうだ、船内の各所に時限爆弾をセットさせてもらった。これからこの船は海の藻屑となり、俺を捕まえるための証拠は露と消えるのさ。では、さらばだ」
サトウキビはこう言い残すと、一目散に甲板へと駆けていった。
「ま、待て!」
これをハンサムがおいかけ、残りが後に続いた。
甲板に出ると、避難しようという乗客でごったがえしていた。船の底付近では黒煙と火の手が巻き上がっていている。救命ボートがゆっくり下ろされているが、かえって恐怖を助長している。
「いたぞ、あそこだ!」
ダルマ達は船首にサトウキビを追い詰めた。しかし、サトウキビは歩を止める様子がまるでない。驚くべきことに、彼はフェンスを飛び越え、そのまま海中にダイブした。しばし海面から彼の姿が消える。
「な、なんて無茶を。サトウキビさん!」
ダルマはサトウキビに呼び掛けた。だが、サトウキビは浮かび上がると、ダルマの言葉を無視してこう口にした。
「いいか貴様等、俺はあの時のことを決して許さない! 何があろうと、裁きを下してみせる。そのことを忘れるな」
サトウキビはそのまま、コガネシティの方向に泳いでいった。ダルマ達はそれをただただ見送ることしかできなかった。
「あの時のこと? サトウキビさん、あなたは何者なんだ……」
「おいおい、今はそんなこと考えてる場合じゃないよ」
「ダルマ様、一刻も早く脱出しましょう!」
「……ああ!」
・次回予告
命からがら逃げてきたダルマ達。ところが、1日過ぎたコガネシティはとんでもないことになっていた。さらに、あの団体も動きだす。次回、第33話「コガネシティを脱出せよ」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.13
我ながら、トンデモ推理連発だった気がします。皆さんは納得できたでしょうか。あと、いよいよ誰の台詞かわかりにくくなってきました。こんな調子で大丈夫か?
あつあ通信vol.13、編者あつあつおでん