第31話「逆転クルーズ中編2」
「それじゃ、早送りしながら確認するぞ」
しばらくして、市長の部屋の前にビデオデッキ付きテレビが用意された。サトウキビはビデオを入れると、リモコンで操作を始めた。
「えーと、録画開始時間は午後4時か。この頃船に乗ったのでしょうか」
「多分な。空っぽの部屋の防犯なんて、尺の無駄遣いだからな」
サトウキビは早送りボタンを押した。特有のスリップ音を伴い、ビデオは勢い良く進む。
「そろそろ5時だね。まだ誰も入った様子はないなあ」
「乗客の往来なら何度かありますけどね」
ダルマ達はビデオに映る隅から隅まで目を凝らす。しばらくすると、あるものがカメラに捉えられた。
「あ、市長が部屋の前に。ちょっとゆっくりにしてください」
「了解」
ダルマの指示を受け、サトウキビは再生ボタンを押す。そこに映っていたのは、紛れもなく生前のカネナルキであった。
「なになに、時間は5時20分か。多分、僕達と会った後だろうね」
「なに、君達は被害者と接触していたのか?」
ハンサムが疑惑の目でダルマとボルトを見つめる。ダルマは苦笑いしながら答えた。
「接触といっても、世間話ですよ。そもそも、俺みたいな旅人が市長に敵意を持つ理由がありませんからね」
「むう、そうだな。では続きを見ようか」
ハンサムは再び映像に集中した。
「にしても、この映像かなり荒くないですか? 人の顔がいまいちはっきりしませんよ。服装くらいならなんとか判別できますが」
「……いつもあれほど言っておいたんだがな、『必要な経費だけ払うのは倹約だが、必要以上に節約するのは単なるケチだ』と」
「お、誰か来たみたいだよ」
ボルトが画面の右側を指差した。そこには、見慣れない格好の人物がいた。
「これは……作業服? どうしてパーティー会場にこんな服を着た人がいるんだ」
ハンサムが首を捻る間にも、作業服の人物はカメラの真正面に近づき、下の方に消えていった。
「消えた……」
「消えたんじゃねえ。カメラの設置場所を考えればはっきりする。この人物は部屋に入った」
「けど、顔はいまいちわからないね」
「全く、死んでまで他人に迷惑かけるとは、良い度胸してるぜ」
サトウキビがため息を吐いていると、作業服の人物はまたしても画面に出没した。
「何か、その作業服に特徴はないのかね?」
「そうですね……入る時もそうでしたが、何もついてないですよ。」
「ふむ、手がかりはなしか。では最後まで見とこう」
ハンサムはテレビの早送りボタンに触れた。ビデオの時間はみるみるうちに過ぎていく。
「ん……少し待て」
ビデオの時間が6時29分になると、サトウキビは再生ボタンをプッシュした。そこには、見慣れた人物がいた。
「これは、あんた達3人か。このカメラでも何とか判別できる」
「うむ、私が彼らを発見した時だ。この時彼らには動かないよう……なんだと?」
ハンサムは思わず目を丸くした。なぜなら、ハンサムが現場を去って1分もしないうちに、ダルマとボルトも画面下に隠れてしまったからだ。
「き、君達これはどういうつもりだ!」
「ああ、申し訳ないけど少しだけ調べさせてもらったよ。でも、僕達は現場のものに指1本触れてない。このことは一緒に入ったダルマ君が証明してくれる」
「ほ、本当なのか?」
ハンサムは呆れた表情でダルマに尋ねた。ダルマは冷静に答える。
「もちろんです。うっかり触ったりして疑われたら、たまったものじゃないですから」
「確かに、なら問題な……」
「異議あり」
その刹那、ハンサムの言葉を遮る声が飛んできた。皆が声の方向を注視する。
「さ……サトウキビさん?」
「ありゃりゃ、どうしちゃったのサトウキビさん。お腹痛いならトイレはあっちだよ」
「……さっきの作業服を見た時、まさかとは思った。しかし、これを見せられた以上庇うわけにはいかねえ。ボルトにダルマ、貴様らが犯人だ」
「……な、な、なんだってー! 俺とボルトさんが殺人犯?」
この瞬間、場の空気が完全に凍り付いた。ハンサムが即座に口を開く。
「証拠は? 決定的な証拠がない限り、逮捕はできません」
「ふん、証拠ならある。まあ、まずは俺の推理を聞きな。反論はその後いくらでも受け付けてやる」
「それなら、早いとこ聞かせてもらおうか」
ボルトはサトウキビに催促した。いつもの笑顔もどこへやら、刺すような視線をサトウキビに向けている。
「よし、では……。まず、5時半頃に1度目の来客。そいつは無地の作業服を着ている。作業服を着た乗客なんざ、ボルトしかいねえ。……それからあんた達が発見するまでは誰も入ってない。主犯はボルト、ダルマは証拠の隠滅を手伝ったのだろう。防犯カメラの映像が、それを証明している。……どうだ、何か反論は?」
「ぐぐ……反論したいけど矛盾がない」
ダルマは歯ぎしりをする。一方ボルトは余裕綽々と顔に書いてある。
「無地の作業服ねえ。確かに、映像の人物が着ている作業服はなんの変哲もないものだ。しかし、だからこそ矛盾が起こる」
「ほう、何がおかしいと言うんだ?」
「……僕の作業服には、名札がついているのさ! 名札がなければ、それはもはや僕の作業服ではないんだよ」
「あ、そういえば妙なアップリケを縫い付けてましたよね」
「しかし、そんなことはどうにでも説明できるのでは? 例えば、名札をはがしたと言われればどうにもならない」
ここでハンサムが1つ指摘をした。ボルトは待ってましたと言わんばかりにまくしたてる。
「それこそあり得ない話だ。作業服を持ってるのは僕だけなのに、わざわざ名札をはがす意味がない。そもそも僕は防犯カメラのことを知らなかったし、仮に知ってたら作業服なんか着ませんよ」
「ふーむ、そりゃそうだな」
ハンサムは何度もうなずいた。勢いに任せてダルマも続く。
「そ、そもそもサトウキビさん。もし俺達が犯人なら、あなたは当然無実でなければならない。その証明はできるのですか?」
「……アリバイか。逃げ口上にしては上出来だな。まあ良い、気になるなら教えてやる」
サトウキビはゆっくり口を開いた。ダルマは固唾を呑んで耳を傾ける。
「船に乗り込んだ後、ボルトと交代して機関室の手入れをしていた。しばらくして、パーティーの時間が近づいたから服を着替え、会場へと足を運んだ。飯を食べようとしたら刑事がやってきてここに連れられたというわけだ。どうだ、2人も証人がいれば疑いようがあるまい」
サトウキビは勝ち誇った表情でダルマに迫る。ダルマはダメ元でボルトとハンサムに確認した。
「ボルトさんハンサムさん、今のは本当ですか?」
「ああ、僕と入れ替わったのは間違いない」
「……君にとっては良くないことに、事実だ」
「うう、やっぱり。証言も短いし、どこかで揺さぶらないと」
ダルマは眉毛をへの字に曲げながらも、追及を開始した。
「あのー、服を着替えたのはやっぱり汚れちゃったからですか」
「中々鋭いな。機関室は蒸し暑いから汗だくでな、前もって用意していた何着かの中から着替えたのさ」
「はあ。緑を選んだのは市長を目立たせるためだそうですが、具体的にはどういう?」
「……赤い小袖」
「え?」
「市長は赤い小袖を着て出るから、補色の緑を使えば互いに際立つだろうという魂胆だ」
「そうですね、どこにも矛盾は……って、あれ?」
ダルマは一瞬はっとした。そしてサトウキビに人差し指を突き付けた。
「サトウキビさん、あなたは確かによく状況を把握している。けど、少し詳しすぎるようですね」
「……何が言いたい」
「被害者は生前こう言ってました、『今日の衣装を披露するのは初めてだ』と。つまり、まだ衣装は誰も見たことがない。しかしあなたは赤い小袖と、種類まで正確に証言している。被害者の衣装を事前に知る方法はただ1つ、部屋に入りさえすれば良い。つまり! あの時部屋に入ったのはあなただったのです!」
ダルマは全てを言い切ると、深呼吸をしてサトウキビの反撃を待った。しかし、サトウキビの口から放たれた一言は意外なものだった。
「……それで?」
「え」
「それがどうしたんだ。まさか、部屋に入っただけで犯人呼ばわりか?」
「そ、そんな! だったら俺達だって……」
「ああ、それは駄目だ。あんた達は2回も入った疑いがあるからな。まあ……血痕の付着した作業服でもあれば、話は変わっていたかもな」
サトウキビは明後日の方向を眺めた。ダルマは壁を叩いて嘆いた。
「くそっ、このままじゃ……」
「さあ、反撃はここまでだ。刑事、連れていってくれ」
「う、うむ。ダルマとボルト、船を降りたら……」
ハンサムは手錠を2つ取り出した。鈍く光るそれを見て、ボルトは観念し、ダルマは天を仰いだ。
その時である。天から声が聞こえてきたのであった。
「ちょっと待ったー!」
「これを見てください!」
・次回予告
最後の最後で聞こえてきた天の声。これがダルマとボルトの運命を大きく変える。果たして真実は如何に。次回、第32話「逆転クルーズ後編」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.12
今回サトウキビが言った「必要な経費だけ払うのは倹約だが、必要以上に節約するのは単なるケチだ」は、私も常に意識しています。どうせ長く使うなら良いもの買っておきたいと思っております。しかしDS本体は資金難のため中古を買いました。現実と折り合いをつけるのは難しいですね。
あつあ通信vol.12、編者あつあつおでん