第29話「逆転クルーズ前編」
※微グロ注意。
「ここがパーティー会場ですか」
現在午後6時。ダルマ達はバトルの後、カネナルキ市長の資金パーティーの会場にやってきた。そこはボルトの販売会会場の隣にある部屋で、多くの招待客が食事をしながら話に花を咲かせている。また、奥にあるステージでは余興として音楽が演奏されている。
「このパーティー、表向きは市長の資金集めのために行われているから、販売会の会場と別にセッティングしているんだよ」
ボルトは辺りを見回しながら話す。その傍ら、ゴロウは料理、ユミは演奏に心奪われているようだ。
「なあ、俺達も食べても良いんだよな?」
「んー、ここに来ている人なら誰でも大丈夫だと思うよ」
「で、では私、向こうで鑑賞してきますね」
「ああ、どうぞごゆっくり」
ボルトに促され、2人はそれぞれの目的地へと向かった。
「さて、ダルマくんはどうするかな?」
「そうですね、ちょっとポケモンを回復させてきます」
「そっか、まだ回復させてなかったね。場所わかる? ここから2つ下の階にポケモンセンターがあるからさ、行ってみるといいよ」
「ご丁寧にどうも。ではちょっと失礼します」
「うーん、随分迷っちゃったな。この船広すぎるぞ」
しばらくして、ダルマは船内の廊下をうろついていた。ポケモンの回復は既に済ませ、パーティー会場に戻る途中である。彼は、この船の広さと部屋数とに辟易していた。
「早く戻って晩飯にありつくとしよう……あれ?」
ダルマは眼前に1人の男を確認した。ダルマは男に近づき話しかけた。
「ボルトさん、どうしたんですか?」
「ん? まあ、市長との打ち合わせに来たんだけどね……部屋の鍵が開かないんだよ」
「鍵が開かない? 何かあったんですかね」
「僕もそう思って、合鍵を借りてきたというわけ。あ、ちょっと待ってね、今開けるから」
ボルトは、手に持つ鍵をドアノブに差し、右に回した。小気味良い音と共に、ドアが開く。
「市長、入ります……よ……?」
ボルトは部屋に入った途端、顔がみるみる青ざめていった。不審に思ったのか、ダルマが部屋を覗き込む。
「ボルトさん、何をそんなに……う、うわっ!」
ダルマは腰を抜かし、無意識のうちに後ずさりをした。
「し、市長が死んでるー!」
ダルマは可能な限り大きな声で叫んだ。部屋に入って右側には仰向けになって倒れているカネナルキがいたのである。胸部には何かが差し込んであり、とても生きているとは思えない状況だ。部屋自体は畳が敷かれた和風のもので、左側の文机の近くに血だまりがある。文机の上には1枚の紙とかばんが置いてあるが、それ以外のものはない。
「おい、一体どうしたんだ?」
「あ、あなたは?」
ダルマが動けないでいると、上の階から男が下りてきた。コートを着た痩身の中年といった風貌である。
「私は国際警察の者だ。名前は……いや、コードネームはハンサム。それで、先程の悲鳴はどういうことだ?」
「そ、それが……人が死んでるんです」
「な、なんだと。つまり私の出番というわけか。君達、そこを動いてはダメだぞ。すぐに医者と被害者の関係者を連れてくる。被害者の名前は?」
「か、カネナルキ市長です」
「了解。それでは行ってくる。いいか、絶対に動くんじゃないぞ」
コートの男、ハンサムはそそくさと階段を駆け上がっていった。ダルマはそれを見送ると、重い腰を上げた。
「ふう、少し落ち着いたな。あのーボルトさん、あのおじさんが来るまでどうします?」
「……そうだなー、こっそり現場を捜査してみる?」
「捜査ですか。大丈夫ですかね?」
「まあ、普通はダメだろうね。でも、万が一僕らが疑われた時のために情報収集しておくのは大事なことだと思うよ」
「なるほど。では……観察する程度に調べましょうか」
「わかった。じゃあ入ろうか」
2人はそれぞれの履き物を脱ぐと、そっと部屋に忍び込んだ。
「さて、まずは死体からチェックしますか」
ボルトはカネナルキに歩み寄り、腰をかがめて眺めだした。ダルマもそれに続く。
「……死因は、右手で握ったナイフで一刺しってところかな。あまり刃渡りは大きくないみたいだし、背中まで貫通しているわけではなさそうだ」
「変わっている点と言えば、さっき会った時と服装が違うのと、右手人差し指に血がついているくらいですかね」
「……この服、真っ赤な小袖か。市長が今日披露するはずだった真っ赤な着物、多分これのことだね」
「まさか、こんな形で見るはめになるとは思いませんでしたよ」
ダルマはこう漏らすと、部屋にただ1つある窓を調べた。窓の外はもう日が暮れ、徐々に空と海が同化してきている。
「この窓、開いてますね」
「本当だ。けどおかしいな、全室空調が効いてるはずだよ」
「鼻をかんだちり紙でも捨てたんですかね。この部屋、ゴミ箱ないですし」
ダルマは部屋全体に目を遣った。あるのは死体、文机、紙、かばんのみだ。
「さすがにそれはないと思うよ。そういうのはかばんにでも入れて……あ、あれ?」
「どうしました?」
「……このかばん、中が空っぽだ。まさか、この紙切れ1枚のために使っていたのかな?」
ボルトは穴が開くほどかばんに見入った。しかし、ないものはない。かばんには何も入っていない。その脇を通り、ダルマは机に置かれた紙に目を通す。
「なになに、某製品販売会要綱、か。ボルトさん、某製品ってレプリカボールのことですか?」
「そうだよ。どこから情報が漏洩するかわかったもんじゃないし、ギリギリまで秘密にしていたんだ」
「なるほど。ん、この紙少しふやけていますよ」
「ふやけてる? あーなるほど、何かに濡れて乾いた時になるパリパリした感じのやつね。変だな、この部屋にある液体なんて、僕らの目の前にある血だまりしかないはずだけど」
ボルトは畳にべったり付着している血だまりを見下ろした。ダルマは思わず鼻を押さえた。
「血の臭いってのは中々慣れないものですね」
「ま、慣れてる人は逆に怖いけどね」
「確かに。……この血だまり、一部かすれてますよ」
「ありゃ、そうだね。何かあったのかな?」
「うーん、現時点ではなんとも言えないです。ただ、死体からは手を伸ばしても届かないですね」
「んー、言われてみればその通りだ。……さて、あらかた調べちゃったね。後は外で待っとくとしよう」
「はい。それじゃ、見つからないうちに」
ダルマとボルトは廊下に誰もいないことを確認すると、何事もなかったかのように部屋から出るのであった。
・次回予告
船内で起こった事件は、着実に進展する。新たな証拠、数々の推理、そして矛盾。これらの先にある真実とは。次回、第30話「逆転クルーズ中編」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.10
このコーナーが始まってもう10回ですか。月日が進むのはかくも早いものと再確認させられます。
さて、しばらくバトルはお休みで推理の時間となります。寝る間も惜しんで考えましたので、楽しんでいただければ幸いです。
あつあ通信vol.10、編者あつあつおでん