第27話「コガネジム前編、悪あがき作戦」
ノックをする音が聞こえる。扉が開く。中にいる人物が声を上げる。
「……なんじゃ、お前か。今わしは着替え中、手が離せん。そんな作業服の格好でわしの部屋に入るとは、お前も偉くなったもんじゃい。しかし、打ち合わせはまだじゃろうがはっ」
「……ふん、貴様には2つの罰を受けてもらうぜ。1つはこれ、2つ目は海の藻屑だ。悪く思うなよ、当然の報いなんだからな」
「お、やってるやってる」
時刻は5時半を回り、雲の合間で太陽は帰り支度を始めたようだ。ダルマ達はデッキにたどり着いた。そこでは、既にバトルが行われていた。恰幅の良い紳士にスーツを着た子供など、顔ぶれは様々だ。しかし、皆そこまで真剣というわけではない。
「さすがにパーティの参加者だけあって、みんな金持ちそうだ」
「ですが、バトルにはあまり興味なさそうですわね」
「弱いからやりたくないんじゃねえか?」
「ハハハ、それはあるかもな」
ダルマ達は周囲にわかるくらい大きな声で笑った。それを、人々は遠巻きに眺める。
「ところで、ジムリーダーってどんな人なの?」
「あ、そういえば聞いてませんでしたね」
「そうだなー、何か目立つ物でも持ってりゃわかりやすいのになー。例えばバッジとか」
ゴロウがそうぼやいた時だった。浴衣を着た赤髪の女性がダルマ達の方に振り向くと、そのまま1人で近寄ってきた。浴衣は白い生地を使っており、裾は赤紫。右肩から左脇にかけて緋色の紅葉が舞う。帯も燃えるような朱色で、背中には団扇を挿している。
「ちょっと、皆はん見あらへん顔やけど、どないしたん?」
「それが、ここにコガネジムのリーダーがいるって聞いたんですけど」
「ジムリーダー? そらうちのこってんちゃう?」
「えっ、あなたがジムリーダーですって?」
「そうやねん。ジムリーダーのアカネはうちのこって」
浴衣の女性アカネは、目を丸くするダルマ達を見回しながら団扇を手に取った。
「……思ったより早く見つかりましたね」
「確かに。あの……」
「あ、硬い話はなしでぇな。バトルやろ?」
「は、はい。ジム戦お願いします」
ダルマはバトルの申し込みをした。アカネは大きなのびをすると、こう答えた。
「ええよ、始めようか。うち、弱いトレーナーばっかりで退屈やったんや」
「あ、ありがとうございます」
「おいダルマ、バトルは俺が先だからな!」
「なんでだよ。俺が頼んだから俺が先だ」
「く、くそー。早く声かけときゃ良かったぜ」
「ほんなら、使用ポケモンは2匹でええ?」
「2匹ですか。わかりました」
ダルマ達はデッキの中心にあるステージに移動していた。辺りには大勢の見物人が集まっていた。中には金を賭ける者までいる。オッズを見る限り、ダルマはかなり不利だ。
「ほな、始めさせてもらうか。ピッピ!」
「……コクーン、出番だ!」
アカネとダルマ。コガネジム戦の幕が切って落とされた。ダルマの先発はコクーン、アカネの1番手はようせいポケモンのピッピである。
「あれがピッピか。早速図鑑の出番だな」
ダルマはポケットから買ったばかりの図鑑を取り出し、ピッピを調べた。ピッピは人里離れた山奥に住んでおり、発見するのは難しい。様々な技を覚え、物理、特殊、耐久と、あらゆる可能性を持つポケモンである。
「よし、これでいいか。ではコクーン、まずは毒針だ」
先手はコクーンからだ。身体中から針を出すと、ピッピ目がけて飛ばした。ピッピは踊るように避けていたが、針の1本が右足に刺さった。針に塗ってある毒が、ピッピの体内に入り込む。
「よし、幸先良いな。これでじわじわ……あれ?」
ダルマは向かいに立つアカネの表情を確認すると、冷や汗を流し始めた。彼女は不敵な笑みを浮かべていたのである。
「へぇ、ほんでリードしたつもりなん?」
「な、なんだと?」
ダルマはピッピを凝視した。よくよく観察すると、ピッピは毒をくらったにもかかわらず、これといって苦しむ素振りすら見せない。
「お、おい。なんでピッピはあんなに元気なんだ?」
外野にいるゴロウとユミはいまいち状況が掴めていない。彼が頭を抱えると、袴に肩衣を着こんだ男が近づいてきた。
「お、もうバトルが始まってるねー。こりゃ中々楽しめそうだ」
「あ、ボルトのおっちゃん!」
「お兄さんだ。それより、アカネちゃんの1匹目はピッピか。少々厄介だな」
「ボルト様、何かご存知なのですか?」
「ああ。……あのピッピの特性は『マジックガード』と呼ばれる珍しいものなんだ。効果は『攻撃以外のダメージを受けない』というわけ」
「じゃあ、毒のダメージを食らってないのも?」
「ご名答。もちろん、毒以外にもやどりぎのタネに反動のある技の反動なんかも受けない。中々小手先の技術だけでは勝てないよ」
ボルトは解説を終えると、試合を見物しだした。彼が話す間にも、勝負の行方は刻一刻と変化する。
「今度はうちの番や、からげんき!」
ピッピはコクーンに近寄ると、そこら辺に当たり散らした。その様子は、どうも無理をしていると感じられる。
「お、この技が意外な場面で役立ったなあ」
「意外な? 最初から意図的に教えていたと?」
「そない。元々は毒々玉を使ってからげんきをお見舞いするつもりやったんや。ねんけど、あんたのおかげで手間が省けたちゅうわけや」
「なるほど。からげんきは状態異常なら威力が上がる。俺はみすみす相手を強化してしまったわけか」
アカネがVサインをする傍ら、ダルマは腕組みして思考をめぐらせている。これだけ見比べれば、どちらが勝つかは一目瞭然だ。
「ぐぐ、仕方ない。コクーン、てっぺきだ」
コクーンは動きを止めると、身体から光沢を放った。ただかたくなるのとは違う様子だ。
「そのままむしくい攻撃!」
コクーンはそのままピッピに接近して、右耳に食らい付いた。
「や、うちのポケモンになんちゅうこっちゃしてくれるんや!」
「ただ攻撃しただけですよ。それがたまたま耳だった。それ以上でもそれ以下でもありません」
「く、言わせておけば。ピッピ、あないなやつ振り払うんや!」
ピッピは頭をあちこちに揺らした。先程のからげんきに匹敵する力だが、コクーンは離れない。それどころか、耳に歯が食い込んでいった。ピッピは痛みに耐えられず、「ギエピー」と悲痛な叫びをあげる。
「よし今だ、毒針!」
コクーンは容赦なかった。ピッピに張りついたまま毒針を雨のように降らせた。1本2本ならどうということはない攻撃だが、数が増えれば決定力になり得る。毒針を撃ち終えると、コクーンはピッピから離れた。しかし、ピッピは動くことも倒れることもない。まさに立ち往生と表現するのがふさわしい状態だ。
「どうです、まだ続けますか」
「うう……戻るんやピッピ」
アカネは力なくピッピをボールに戻した。観客はジムリーダーが先にやられたことにざわめいている。
「うん、彼の戦い方は中々えげつないものだったね、アイタタタ」
外野では、ボルトがかき氷を食べながら頭を抱えている。その隣ではゴロウとユミが戦局を見守る。
「ダルマ様、どうしてあのような戦いをしたのでしょうか」
「ああ、そりゃ簡単な話だ。己の実力不足に気付いたんだろう」
「でもよ、ピッピとコクーンは互角に見えたぜ」
「おいおい、本当にそう思ったのかい? 状態異常の時に使うからげんきの威力は毒針の9倍以上。むしくいと比べても2倍以上ある。もし正面からぶつかれば、よほどレベル差がない限りアカネちゃんのピッピが勝つ算段さ」
ボルトはゴロウに説明した。ゴロウには返す言葉がなかった。
「そこで、悪あがきをしようと思ったんだろうねえ。アカネちゃんを挑発し、冷静な判断を取らせないようにする。それからコクーンの防御を高め、ダメージ覚悟でピッピの弱い部分を徹底的に攻撃する。例えるなら、不利な相手に苦し紛れのハサミギロチンを使う、ってとこれか。ルールには反してないけど、あまり良くは思われないよ。なんたって悪あがきだからねえ」
ボルトはかき氷を全て胃の中に収めると、近くのゴミ箱に容器を投げた。容器は見事にゴールした。
「まあ、アカネちゃんの切り札はトラウマ級の強さだし、これくらいが丁度良いとは思うよ、おじさんは」
ボルトはそうまとめると、再び観戦に集中するのであった。
「さて、あと1匹だ。このまま……あれ、もしかして」
一方、ステージでは動きがあった。ダルマが肩をほぐしていると、コクーンが光りだしたのである。光は瞬く間にコクーンを包み、その輪郭が刻一刻と変化する。
「コクーン、遂に進化か!」
ダルマが叫ぶと同時に光は途切れ、新しいポケモンが姿を現した。赤い目に触覚を備えた頭に、削ったばかりの鉛筆のように鋭い手を持つ胴。黒と黄の横縞に尻の針が特徴的な腹、後ろが透けて見える4枚の羽。虫ポケモンの見本と言うべき風貌である。
「このポケモンは、たしか……」
ダルマは図鑑を見開いてチェックした。コクーンの進化形、スピアー。高速で飛び回り毒針を刺して離れるという一撃離脱が得意。がむしゃらや追い風を覚え、先発に向いているという。
「スピアーか。これからもよろしく頼むよ。まあ、まずはこのバトルで活躍してもらわないとね。一気に勝ってやる!」
・次回予告
緒戦を制し、勢いに乗るダルマ。しかし、そこに立ちふさがるのは「トラウマ」とも呼ばれるポケモンであった。ダルマはこのまま逃げ切れるのか? 次回第28話「コガネジム後編、ピンクの悪魔」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.8
今回から図鑑を活用してみます。せっかく買ったんですから、使わなければもったいない。説明がやりやすくなるので私にもメリットがあるんですよね。
さて、後編で出てくるピンクの悪魔とは何者か。ダルマは勝てるのか。次回にご期待ください。
なお、アカネの台詞はもんじろう様を参考にさせてもらいました。
あつあ通信vol.8、編者あつあつおでん