第26話「レプリカボール」
※この話では、独自の世界観を振り回す場面があります。この話を飛ばしてもストーリーの理解にそこまで支障は出ませんので、こうした設定を好まない方は飛ばしてください。
「さあ、こっちだよ」
ボルトは船内のある部屋の前で止まった。扉には「新製品販売会会場」と書かれた紙が貼られている。
「ここにあるんですか?」
「そうそう。見つかったら怒られちゃうから、そっと入ってね」
ボルトは右左を確認し、もう一度右を見ると、そそくさと部屋の中に入って
いった。ダルマ達も忍び足で潜り込んだ。
「おいおい、ここ真っ暗じゃねーか!」
ゴロウが叫ぶ。部屋は二重のカーテンが閉められており、電気も消されてい
る。おかげで、まだ夕方にもかかわらず一条の光すら届かない。
「じゃあ電気点けるよー」
ボルトは壁をまさぐると、電気のスイッチをオンにした。小気味良い音と同時に、眩い光が辺りを照らす。
「あら、もしかしてあれが?」
ユミが部屋の奥にあるものを指差した。そこには白い布を被った、大人の背丈ほどある何かが鎮座している。
「その通り、これこそ私が作った作品の中でも最高傑作だ。これが初公開、君達はついてるね」
ボルトは鼻歌を歌いながら布を取り払った。ダルマ達の目の前に、まだ世間で全く知られていない、新しい道具が姿を現した。それは道具というよりむしろ機械である。コンピューターが、本来の10倍くらいの厚さの自動販売機そっくりな機械につながれており、そばには見たことのない柄のボールが置いてある。
「これは一体?」
「これこそレプリカボール。世界をアッと言わせる秘密道具さ」
「レプリカボールとは、どのようなものなのですか?」
「お、気になるみたいだね。……レプリカボールは、簡単に言えば『モンスターボールの進化形態』なんだよ」
ボルトは胸を張って答えた。これにゴロウが詰め寄る。
「おいおい、それじゃ訳が分からないんだけど。結局、何に使うの?」
「ははは、こりゃ参った。それでは改めて……レプリカボールは、普通に使えばモンスターボール以下の性能のボールさ。しかし、こいつの凄いところはそんな点を霞ませるほどのものなんだよ」
「それはどういうものなんですか?」
「うんうん、良い質問だね。モンスターボールはポケモンのデータを取ることで保存、携帯を可能にするんだ。けど、ポケモンというのは複雑な生き物でさ、データ移動やポケモンセンターでの回復くらいしかできなかったわけ。しかしこのレプリカボールなら、そのデータを基に『複製』ができるんだよ」
「複製、ですか。随分突然な話ですね」
ダルマは首をかしげた。ボルトは得意げに続ける。
「何かを入れたボールをそこの機械にセットする。そしてコンピュータを使って機械を動かす。しばらくしたら、受け取り口から複製されたものが出てくるから、そいつを回収すれば完了だ。こいつのすごいとこは、ポケモン以外でもデータの保存ができる。それゆえ、いままでたくさん作ることができなかった職人の技を大量生産することもできるんだよ」
「そ、それは確かに……凄いですね」
「だろう? まあ、値段が少々高いのが玉に瑕なんだけどさ」
「おいくらなのですか?」
「……本体の複製機が1台300億円、ボールが1個100円、複製の材料は1キロ300円だ」
「それ、どう考えても少々ってレベルじゃないですよ」
ダルマは半ば呆れながら、その高価すぎる機械を眺めた。ユミ、ゴロウも同様である。
「そうでもないもんだよ。何せどんなものも複製できる。その気になれば君達を5人にすることもできるくらいだ。金持ちからすれば、これほど便利な代物もないんだよ」
「はあ、そうなんですか。ところで、原料には何を使うんですか?」
「そうだねえ、ポケモンの複製をするなら、水、木炭、空気、硫黄、リン辺りかなあ」
「……何だか、妙に現実的ですね」
「そりゃ仕方ないよ、これは科学の結晶だからね」
ボルトは腕時計を眺めた。時刻は午後5時23分を指している。
「それじゃ、そろそろ……」
ボルトが言いかけた時、部屋の扉が開いた。入ってきたのは、頭が寂しい、ダルマ達が先ほど見かけた人物である。
「む? ボルト、これはどういうつもりじゃ。部外者なんぞ入れおって」
「これはカネナルキ市長、申し訳ありません」
「あれ、あなたはコガネ城でサトウキビさんと一緒にいた人じゃないですか」
ダルマは入ってきたカネナルキに話しかけた。カネナルキは初め、汚いものでも見るかのような目をしていたが、急に頬を緩ませた。
「おお、あんた達は今朝見たの、確かサトウキビの連れじゃったの」
「はい、俺はダルマです。彼女はユミ、この男はゴロウです」
ダルマは2人を紹介した。市長は満面の笑みでこれに答える。
「うんうん、よろしくの。それにしても珍しいの、あの男が誰かを連れてくるとはな」
「と、言うと?」
「うム。あやつは普段から素性を隠しておるじゃろ?」
「確かに、寝る時までサングラスをかけているくらいですからね」
「そうじゃ。がらん堂の門下生でさえ誰も知らないというし、優秀じゃが怪しいと言わざるを得ん。じゃからわしが独自に調べているが、もう少しではっきりしそうじゃ」
「へー、よく調べたなおっさん。サトウキビのおっちゃんってどんな人なんだ? わかっている範囲で良いから教えてくれよ」
「そうじゃの……いや、これはわしの足で稼いだ貴重な情報じゃ、そう簡単には教えられんのう」
「ちぇっ、つまんねえの」
ゴロウの言葉に、カネナルキは高笑いをした。それからすぐに目付きが鋭くなり、ボルトにこう言い放った。
「それよりもボルト、6時半から販売会の打ち合わせじゃ。着替えたらわしの部屋に来い。ついでじゃから、わしのとっておきである新しい服を見せてやろう」
「どんな服なんだ? やっぱ着物か?」
ゴロウが興味津々そうに聞いてきた。カネナルキは悦に入った表情になる。
「ふふふ、それは秘密じゃ、せっかくのお披露目じゃからの。ただ、あえて例えるなら『真っ赤』じゃな」
「真っ赤、ですか。それは、何ていうか……楽しみですね」
「そうじゃろうそうじゃろう。ではわしはそろそろ部屋に戻る。いいかボルト、このわしを待たせるでないぞ」
カネナルキはこう言い残すと、鼻息荒いまま部屋を後にした。
「……なんだか、随分横柄な態度でしたね」
「そうですね。コガネ城で見かけたときはおどおどしていましたのに」
「……あの人はサトウキビさんの力で、激戦区と言われるコガネ市長の座に長いこと君臨している。きっと勘違いしているんだろうさ」
「はあ。色々大変なんですね」
「そんなことはないさ。何を言われようが、やっと掴んだチャンスだ。レプリカボールの性能を知らしめた暁には、それを馬鹿にしたあの人を思い切り叩いてやるだけだよ」
「そりゃ面白そうだな、俺も混ぜてくれよ!」
「ハハハ、それは心強い限りだ。機会があれば是非とも頼むよ」
ボルトは笑いながら部屋の扉に近づいた。ダルマ達も彼にならい、そのまま部屋を出た。
「さて、しばしお別れだ。販売会でまた会おう。それまではデッキでバトルでもやってたらどうだい? 今日はジムリーダーも来てるみたいだしね」
「あ、そうでした。元はと言えばそのために来たんですよ」
「そうかい、じゃあ頑張りなよ。ここのリーダーはかなり手強いからね。……それじゃ、また後で」
ボルトは一礼をすると、ふらふらと歩いていった。ダルマ達は彼を見送ると、一路デッキへ駆けるのであった。
・次回予告
コガネシティジムのリーダーと戦うダルマだったが、リーダーのポケモンは予想外の戦いを繰り広げる。果たして彼に勝機はあるのか。次回第27話「コガネジム前編、悪あがき作戦」。ダルマの明日はどっちだ。
・あつあ通信vol.7
今回は、ある意味とんでもないものが登場しましたね。あらゆるものを複製できる機械が実在するなら、偽札が大流行するでしょう。これで得をするのは流通していない2000円札くらいかな? どちらにせよ、あったらあったで危なっかしい機械になるでしょう。やはり、みんな違ってみんないいという言葉が全てを物語っていますね。
あつあ通信vol.7、編者あつあつおでん