第25話「つなぎの男」
「それじゃ、お前達はのんびりしてな。俺は仕事に行ってくるぜ」
ここはコガネシティの港、先ほど話題に上がった船が停泊している。サトウキビはこう言い残すと、静かに歩きだした。行き先はもちろん、目の前の船であ
る。2本の煙突からは白煙を吹き出し、波間に漂うことなく構える鉄の塊に、人が続々と入り込んでいく。その様子は、さながら豪華客船と言っても差し支えないだろう。
「それじゃ、俺達も行くか。えーと、まずは……」
サトウキビを見送り、ダルマ達も乗船口に近づいた。そこには受付がおり、不審者がいないか目を光らせている。
「すみません、乗船の受付をお願いしたいのですが」
「ん?君達、とても今日のパーティーに参加するような人には見えないが、何か証明書とかあるかな」
「証明書はありませんが、サトウキビさんが……」
ここまでダルマが言いかけると、突然受付の背筋が伸びた。
「もしや、君達が先生の客人なのかい?」
「え、ええ。そういうことになります」
「先生の紹介なら大歓迎だ、乗ってくれ。」
「あ、ありがとうございます。けど大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、問題ない。俺も先生の弟子の1人でね、今日は客人を連れてくると言われていたんだ」
「え、がらん堂の人なのですか?」
「そうさ。今日は大半の弟子がパーティーに駆り出されているんだよ」
「そうですか。それでは、お言葉に甘えて行ってきます」
ダルマは頭を下げると、船内へ架かる階段を上っていった。ゴロウとユミもそれに続くのであった。
「いってらっしゃい、どうぞお元気で!」
船はホラ貝のように汽笛を鳴らすと、港を出港した。一時の船旅の始まりである。ダルマはゴロウとユミに尋ねた。
「さて、まずは何をする?」
「そうですね、ちょっとお買い物をしませんか?」
「へ、お買い物?」
ユミの答えに、ダルマは頭にクエスチョンマークを浮かべた。
「これだけ大きな船でしたら、お店があると思うんです。これからも旅は続きますし、必要なものは買い足しておいた方が良いと思いますよ」
「そうだな……ゴロウはどうだ?」
「俺は別に構わないぜ!まだ飯の時間には早いからな」
「そうか。じゃあまずは店を……お、あんな所に売店が」
ダルマが目をやった先に、都合良く売店があった。彼らはそこへ向かうと、物色を始めた。
「そうだなあ、ポケモン図鑑とか置いてないかな?」
「ダルマ様はまだ図鑑を持っていませんでしたよね?」
「そうそう。ポケモンのことに詳しいわけでもないし、あると助かるかなってね」
「お、これは何だ?」
ゴロウはふと品物を手に取り、ダルマとユミに見せた。胸ポケットに入るくらいの手帳に見えるが、一方に液晶画面がついている。また、もう一方にはスピーカーとマイク、数個のボタンがついている。外装は昔の紐とじの本のようだが、材質は樹脂である。売れているのか、棚に置いてあるのは3つだけだ。
「これはポケギアか?それともポケモン図鑑?」
「どちらとも取れますが……どうなんでしょう?」
「それはポケモン図鑑付きポケギアだよ」
突然、背後から声が聞こえてきた。ダルマ達が振り向くと、そこには1人の男がいた。色あせた紺のつなぎを着ており、あちこちがすすけているが、左胸には「ボルト」と書かれたアップリケが縫い付けてある。坊主頭が目立つ。また、腰にトイレットペーパーの芯程度の太さがあるスパナを提げている。
「あのー、どちら様ですか?」
ダルマは男に話しかけた。男は静かに答えた。
「僕かい?僕はボルト、しがない技術屋だよ」
「技術屋さんでしたか。随分詳しいですね」
「ああ。何せ、それは僕が開発したからね」
男、ボルトの言葉に、思わずダルマは声を上げた。その様子を見て、ボルトは頬を緩ませる。
「コガネシティでしか販売されてないからね、知らないのは無理もない。けど、これからどんどん人気が上がってくるよ。既に雑誌とかでも紹介されつつあるしね」
ボルトは雑誌置き場から1冊引き抜くと、手慣れた手つきで真ん中のページを開いた。そこには「これは流行る!今話題の複合型ポケモンギア」という大見出しがうってある。
「なるほど……確かに流行っているみたいですね」
「そうだ!俺達もこれ買っていこうぜ」
「おいおい、一体どうしたんだゴロウ」
ゴロウらしくない発言に、ダルマは目を丸くした。
「これから人気になるなら、俺達も流行に乗っとこうぜ。トレーナーも人間、お洒落くらいしねえとな」
ゴロウは胸を張って答えた。ボルトは笑いながら雑誌を元の場所に戻す。
「ハハッ、そりゃ良いな。他の奴らにもどんどん宣伝してくれよ」
「おう、任しとけ!」
「……ところでボルト様、今日はどういう御用事なのですか?」
「用事?ああ、今日は市長の献金パーティーの日だから、つなぎ姿のおじさんは目立つよね。僕は今日のパーティーに出席するんだよ」
「えっ、その姿でですか?」
「いや、もちろんパーティーには背広で出席さ。僕は船が出発するまでの準備も任されていたんだよ。出発してからはサトウキビさんと交代したけどね」
「へぇー、サトウキビのおっさんは船の手入れもできるのか!一体何者なんだ?」
ゴロウは感嘆のため息をもらしながらつぶやいた。ボルトもこれに同調する。
「まったくだよ。あの人は普通では考えられないくらい仕事の幅が広い。今回のパーティーを企画したのも彼らしい」
「まあ、市長の下で仕事してますからね」
「そうだね。しかし彼はしたたかで、さりげなくコガネの宣伝もしている」
「と、言うと?」
「僕はコガネで町工場を経営しているんだけど、この度新しい商品を開発したんだ。これを市長に売り込んだわけだけど、相手にもされやしない。しかしサトウキビさんがそれを見るなり、『献金パーティーを兼ねた販売会を開きましょう』と進言したんだ。おかげで今回の企画が実現したというわけさ」
「な、なるほど。……ところで、その新商品って何ですか?」
ダルマは何気なく、ボルトに尋ねた。ボルトは輝く海のような目をしながら答えた。
「お、食い付いたね。本当はまだ見せてはいけないんだけど……ついてきなよ、見せてあげるから」
「よろしいのですか?大事なものなのでしたら販売会まで待ちますわ」
「気にしないで良いよ。あれがばれてまずいのは、金持ちくらいだし。彼らに考える時間を与えないためにも、なるべく見せないようにしてるんだ」
「なるほど。それでは俺達も他言しないようにしますね」
「助かるよ。じゃあ、そろそろ行こうか。あ、図鑑はちゃんと買っといてね」
「はーい。さすがにしっかりしてるや」
ダルマ達はコガネ限定ポケギアを買うと、船内の奥へ進むボルトについていくのであった。
・次回予告
ボルトに連れられ、ダルマ達は彼の「傑作」を見せてもらう。それは、世界中を驚愕させうるとんでもないものだった。次回第26話「レプリカボール」。ダルマの明日はどっちだ。
・あつあ通信vol.6
最近話が増えて地の文が減っていると感じているのですが、皆さんはどう感じますか?分かりにくいならもう少し説明を増やしますし、今ので大丈夫ならそのままいきます。皆さんの意見を聞かせてもらえれば幸いです。
あつあ通信vol.6、編者あつあつおでん