第19話「特訓」
「さて、修行とはいったけど……」
ヒワダの町外れを、ダルマはぶらぶらしていた。ダルマの後ろをアリゲイツとビードルが続く。南には松の木が隙間なく植えられ、視界がよくない。また、上空には鳥ポケモンが風に乗って鳴いている。一方、はるか北には手付かずのままである山が幾重もそびえ立つ。山とダルマの間には何枚もの畑に水路があり、いかにも田舎といったようである。
「とにかく、体を動かさないとなあ……ん、潮の香りがするな」
ふと、ダルマは歩を止め、目を閉じながら鼻を立てた。アリゲイツとビードルも主人の真似をする。他のポケモンでやれと言われそうな光景である。
「思えば、家を出てから匂いや香りを気にする時なんかなかったな。父さんは大丈夫だろうか、家事は俺がしていたし……どうしたアリゲイツ?」
ダルマが下を見ると、アリゲイツがズボンの裾を引っ張り、何かを指差している。視線の先に目をやると、松の木の間に道があり、奥には砂浜が見える。
「砂浜か、どうりでにおうはずだ。ちょっと行ってみるか!」
ダルマはビードルを左肩に乗せて走った。みるみるうちに砂浜は大きくなっていく。砂浜に入ると、彼の眼前には途方もなく大きな海が広がった。
「やっぱり海があったか。せっかく来たわけだし、泳いでいくか。アリゲイツ達もどうだ?」
ダルマの問いかけに、アリゲイツは答えるまでもなく駆け出し、ダイブした。一方ビードルはダルマの肩から降り、砂遊びを始めた。
「ビードルは泳がないか。それじゃ、荷物を見といてくれよ」
ダルマは松の木の死角に隠れ、なぜか持ってた海パンに着替えた。海パンと言っても、海パン野郎御用達のタイトなものではなく、ハーフパンツに近いものである。
着替えたダルマは、準備運動もそこそこに、海に足を踏み入れた。誰も来ないのか、水はどこまでも見渡せるほどの青さで、水平線で空と同化している。そのおかげで、腰がつかるくらいの深さでも足がはっきり認識できる。
「お、思ったより冷たいな。それとも暑いからそう感じるだけか」
ダルマは肩をさすると、ゆっくり泳ぎだした。足で蹴り、腕で横に水をかきわける、平泳ぎである。10秒ほど息継ぎせずに泳ぎ、頭を出した。
「うーん、やっぱり息継ぎが上手くいかないな。水ポケモンは息継ぎしなくていいから楽そうだ」
ダルマは深呼吸をしながら、離れてはしゃぐアリゲイツを眺めた。すると、他にも何かが動くのが見えた。
「な、なんだあれは……?」
ダルマは怪しげな「何か」に近づいていった。「何か」は紫の糸の束のようなものである。その下にも何かあるようだが、距離があるのでまだはっきりしない。
一歩一歩近づき、ようやく手の届くところまでやってきた。ダルマが顔を寄せると、突然「何か」が水から飛び上がった。
「うおっ!危ない危ない」
ダルマはさっと後退した。彼は「何か」をまじまじと見つめた。どうやら「何か」の正体は人間みたいだ。紫の糸のようなものは髪の毛で、海水が滴り日光に輝く様子はどことなく色っぽい。
「あ、ゴメンゴメン、驚かせちゃったね」
「いや、いいよ。それより、あんたは誰だ?」
「僕?僕はツクシ。君は?」
「俺はダルマ、旅のトレーナーだ」
「へえ、旅のトレーナーか。それがどうして泳いでるの?」
「実はな……」
「なるほど。ジム戦に向けて特訓しようとしたけど、何をすべきかわからなかったから泳いでたんだ」
「まあ、そういうとこかな」
しばらくして、2人は浜辺にあがっていた。その傍ら、アリゲイツは砂風呂をやっており、ビードルは自分の砂の像を作っている。
「それなら話は早いや、僕とバトルしようよ!」
「ええ、あんたと?大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。こう見えて、僕はダルマ君より年上なんだよ」
「な、なんだってー。12くらいだと思った。まあ、それなら大丈夫かな」
「そうと決れば、早速始めよう!出番だよ、ストライク!」
ツクシが腰のボールを投げると、中から両腕にカマを持つポケモンが出てきた。
「よし、こっちはビードルだ!」
ダルマは遊んでいるビードルを呼び寄せた。ビードルも像が完成したのか、すぐにやってきた。これで準備は整った。
「それじゃ、先手はもらうよ!ストライク、つばめがえし!」
先手はストライクだった。ビードルが動く暇もないほど素早く移動して、一瞬のうちに右のカマで切り付けた。ビードルは為す術なく崩れ落ちた。
「ビードル!」
「よし、まずは1匹!この調子この調子!」
ツクシがガッツポーズを取るのとは対照的に、ダルマはビードルをボールに戻した。
「さあ、次のポケモンはなんだい?」
「……次はこいつだ!」
ダルマはそう叫ぶと、砂の中からアリゲイツを引っ張り出した。アリゲイツが身震いすると、体の砂はあらかた落ちた。
「め、珍しい登場のしかただね」
「まあな。ちなみに、こいつが最後の1匹だ」
「なるほど、じゃあこっちも全力を出すよ。ストライク、シザークロス!」
ツクシは寸分の隙も与えない。再び踏み込んだストライクは、今度は両腕のカマを交差させた。アリゲイツは左へと避けようと試みるが、右脇腹に左のカマの一撃が入った。アリゲイツは倒れそうになるが、受け身を取って立ち上がった。
「それでは、トドメの電光石火だ!」
「なんの、一矢報いれ、氷のキバ!」
2匹は同時に動いた。ストライクは急加速してアリゲイツにぶつかりにいった。一方アリゲイツは、奥のキバを中心に冷気をため込み、ストライクの左肩を力いっぱい噛んだ。どちらの攻撃も相手に当たったが、氷のキバがより大きなダメージを与えたようだ。
「どうだ!噛み付かれたら動けないだろ!」
アリゲイツはストライクを噛んだままだったので、ストライクは身動きが取れないでいた。アリゲイツのあごの力は並大抵ではなく、そうやすやすと抜けることはできない。
「なるほど、上手い考えだね。ならこれはどうかな!シザークロス!」
「なんだとっ!」
ストライクは自由な右腕を振り上げ、素早く振り下ろした。アリゲイツは、不意の一撃に防御することができず、そのまま倒れた。
「アリゲイツ!」
「よし、僕の大勝利だ!」
ダルマがアリゲイツの側に駆け寄るのと同時に、ツクシはガッツポーズを取った。
「ダルマ君、良いバトルだったよ」
「……まあ、あんたからすれば丁度いいサンドバッグだったろうけどさ」
ダルマはストライクを眺めながら答えた。
「うーん、中々面白い動きだったけど、どこかうっかりしている部分があったね。あとやっぱり能力不足かな?」
「……それ、ガンテツさんにも言われたんだけど」
ダルマのこの一言に、ツクシは意外そうな表情を浮かべた。
「え、そうなの?なら聞き入れた方が良いよ。ガンテツさん、弟子なんかは取らないんだけど、トレーナーとしても指導者としても優秀なんだ。僕もあの人に色々アドバイスしてもらってるし」
「はあ。一体どんなことを言われたんだ?」
「えーと、確か『伸ばしたい能力が高いポケモンと戦う』だったかな。『自分より優れた力を持つ相手と勝負を重ねれば、おのずと慣れて、いつしか相手と同じくらいの能力に到達できる!』ということみたい。僕も実践してみたけど、それが今のストライクさ」
「なるほど……参考になった、ありがとう」
「どういたしまして。それじゃ、僕はそろそろ帰るね。次に会う機会を楽しみにしているよ」
ツクシはこう言い残し、海岸から出ていった。南中した太陽が照らす浜辺にいるのはダルマだけになった。
「また会う機会ねえ、旅人が同じ相手と2度も会う機会なんて無いだろうに」
ダルマはアリゲイツに傷薬を吹き掛けた。背中に負ったカマの傷はすぐにふさがっていく。
「さて、あんだけ強いポケモンを見せつけられたんだ。あいつの特訓方法を真似させてもらおう。じゃあどの能力を伸ばそうか?やっぱりすばやさは大事だよなー、ならすばやいポケモンを探すか」
ダルマはなんとなく空を見上げてみた。アリゲイツも見上げた。すると、アリゲイツが何かを指差した。ダルマがその先に視線を送ると、1匹のピジョンが見えた。ピジョンはしばらく海上を旋回し、ダルマの近くにある松の木の枝に降りた。
「……鳥ポケモンならすばやさは申し分ないな。よし、アリゲイツ、ピジョンのいる枝に飛び付け!」
アリゲイツは走りだし、松の枝目がけてジャンプした。気付いたピジョンは隣の木に悠々と飛び移った。そのままアリゲイツは枝にしがみついたのだが、枝が折れてアリゲイツは地面に落下した。
「あれ、おかしいな。ビードルを捕まえた時は枝が折れることなんて無かったのに」
無理もない話である。松はビードルがいた木ほど太くないというのもあるが、体重が違いすぎたのである。ワニノコは9.5kgなのに対し、アリゲイツは25kgあり、およそ3倍もあるのだ。これではワニノコほど機微のある動きは望むべくもない。
「くっそー、こりゃ中々面倒だな。あ、せっかくだからビードルも鍛えとくか」
ダルマはボールから再度ビードルを出し、傷薬を使った。
「よし!2匹がかりでもピジョンを倒すぞ!」
「よし、今度こそ!まずはアリゲイツ!」
太陽が西の海に近づくまで、ダルマ達は動き続けた。あたりには犠牲になった松の枝が散らばっている。
そんないたちごっこにも遂に決着がついた。まずアリゲイツが枝に飛び付く。もう枝は折れなくなっている。そのうえ始めたころより格段に機敏になっている。しかし、やはりピジョンは何食わぬ顔で飛び上がる。
「今だ、ビードル!」
このときを待っていたかのように、ビードルが糸をはいた。こちらもレーザーのように鋭く、速い。ピジョンは抵抗する間もなく糸を翼に絡ませてしまい、ゆっくり地面に着地した。
「へへ、飛んでるときは上手く技が出せないのに気付けば案外楽だったな」
ダルマは大きく深呼吸すると、体を伸ばした。そしてピジョンのもとへ近づき、翼の糸を取り払った。ピジョンはすぐに山の方向へ飛んでいった。
「さてと、今日は良い練習ができたな。これならツクシのストライクにも何とか……って、これは!」
突然、足元で何かが光りだしたので見てみると、ビードルが光に包まれていた。そのまま体が大きくなり、そして光は収まった。そこには、さなぎのようなポケモンがいた。
「ビードル……遂に進化したか!よし、これで役者は揃った。明日はジム戦頑張るぞ!」
ダルマは明日の勝利を夕日に誓い、海岸をあとにするのであった。
・次回予告
明日の勝利を目指すダルマに、新しい仲間が加わった。しかしそいつはとんだ暴れん坊だった。ダルマは新しい仲間と共に、ヒワダジムに殴り込む!次回第20話「タマゴが孵った!」ダルマの明日はどっちだ!
・雑談タイム
今回の雑談では、私の小説の投稿の流れを紹介します。例えば19話の場合、
・19話、20話を書く
・推敲して19話投稿
と、常に1話分ストックを持つようにしています。
ちなみに、大長編ポケットモンスターは30話頃までには大事件が起こります。それはこの作品の折り返し地点であることをお知らせしときます。