第15話「ヤドンの井戸の悲劇」
「ふぅーっ!やっと抜けられたぜ。おい見ろよ、ヒワダタウンだ!」
一番星が姿を現しだした時分に、ダルマ達はようやく洞窟から抜け出した。実に1日費やしたことになる。外の程よく乾いた空気に叫ぶゴロウに、ダルマは息も絶え絶えに言った。
「はぁはぁ、おいゴロウ、もう少しゆっくり歩け……。町にたどり着くまでにダウンするぞ、ぜぇぜぇ……」
「心配すんなって!あれを見ろよ!」
ゴロウは前方を指差した。ダルマがその先を見ると、何やら明かりが飛び込んで来た。はっきりとは確認できないが、煙突から登る煙も見える。ダルマからため息が漏れた。
「はぁ……やっと着いたな、ヒワダタウンに」
「えらく時間がかかったもんだ。早いところポケモンセンターに行こうぜ」
「そうですね……あれ?」
ふと右手を眺めると、ダルマは何やら妙な光景に気付いた。開けた空き地にはしご付きの井戸があり、その近くに和装の老人がいる。それだけなら何のことはない。ダルマを引き付けたのは、その老人が井戸のはしごに手足をかけようとしていた光景であった。
「む?誰じゃお前達。これは見せ物じゃないぞ!」
ダルマ達に気付いたのか、老人がはしごにかけようとしていた手足を戻し、怒鳴りながら彼らのもとへ歩いてきた。
「なんじゃ若い輩(ともがら)がこんな時間にほっつき歩いて……なるほど、トレーナーか。おおかた、つながりの洞窟で迷ったんじゃろう?顔に出ておるぞ」
老人は間髪入れずに喋り、皆の腰にあるボールを見ると声を出して笑った。少しして、その声が山びことなって帰ってきた。
「ところでお前さん達、名前は何て言うんじゃ?」
「僕達ですか?僕はダルマです。右隣の落ち着きのない奴はゴロウ、左の女の子はユミです。で、そこにいるサングラスをかけた人がサトウキビさんです」
「ふむ、皆旅のトレーナーのようじゃな。お前さん達、今晩の予定は入っておるか?」
「予定ですか?ポケモンセンターで休むくらいですよ」
「そうか。実はな……」
ここまで言って、老人は1度深呼吸をした。彼の着ている、町の名と同じ樋渡色の着流しに木炭のような黒さの帯は、見事に頭の白髪と調和している。また、小柄だが、袖口から垣間見える腕や足は筋骨隆々としており、物言わぬ圧力がひしひしとにじみ出ている。
「お前さん達、ロケット団を知っておるか?」
「ロケット団?何だか聞いたことあるような、ないような……」
「まあ、そんなことはどうでもいい。ロケット団はポケモンを使って犯罪をしておる集団じゃ。かつてレッドという少年が潰し、その3年後に復活した時も潰されたのじゃが……。懲りないことに、またしても復活しおった」
「そういえば、そんなこともあったな。あれからもう10年くらい経つから、ダルマが知らねえのも無理はない」
ダルマが首を右に傾ける側でサトウキビが呟いた。
「それで、そのロケット団がどうしたのですか?」
「そこじゃ!この町にはヤドンというポケモンがおるのじゃが、最近姿を見せなくなった。そして、入れ替わるかのように黒衣の集団が町に出入りするようになったのじゃ」
「それってもしかして……」
「ヤドンが人に変身したのか!?」
このゴロウの言葉の直後、季節はずれの北風が光のごとく通り抜けた。ダルマはさりげなくゴロウの足を踏みながら、話を続けた。
「つまり、黒衣の集団がロケット団で、ヤドンをさらったというわけですか?」
「中々鋭いの。10年前も同じことをやってたんじゃ。ヤドンのしっぽは美味いうえに高く売れるかららしいのじゃが」
「はあ。それで、どうしてあなたはこんな時間に出歩いているのですか?」
「……肝心な場面で鈍いの。ワシはこれからヤドンの井戸の中で、奴らをこらしめてくる。この中を出入りしとるからのう」
「ヤドンの井戸って、あなたが入ろうとしていた井戸ですか?やめといたほうが良いですよ。あの直径だと結構深そうですから、落ちたら大変ですよ」
「なに、心配するな。10年前も落ちたゆえ、警戒は怠らん」
「そうは言ってもですね……」
「それじゃあの、お前さん達。くれぐれも奴らに襲われんよう気を付けるんじゃぞ!」
老人は腰の帯を結び直すと、勢い盛んに彼の真後ろにある井戸へと駆け出した。ダルマ達はそれをただ無言で見送るだけである。
「……さて、俺達はセンターに行くぞ。バトルはしてないけど、俺達のほうは……」
「ぐぬおおぉぉぉ…‥!」
その時である。情けない響きが井戸の中からこだましたと思うや否や、何かが落ちたような音が聞こえてきた。
「落ちた……」
「落ちましたね」
「落ちてんじゃねーか!」
「まあ、予想通りの展開だな」
ダルマ、ユミ、ゴロウ、サトウキビは、各々好き放題言い合った後、皆一様に肩を落とした。
「どうしますか、ダルマ様?」
「しょうがないなぁ。早く休みたいけど、助けに行くか。あの調子じゃ、自力で帰れそうにないし」
「よし!そうと決れば、さっさと行こうぜ!」
「お、おい待てよゴロウ!」
ダルマは、はやるゴロウについていく形で井戸へと入っていった。その後に、ユミとサトウキビも続いた。
ヤドンの井戸は、その名の通りヤドンが住んでいる。大昔、ヤドンがあくびをすると大雨が降ったという伝説もある。今では水を汲むことができないほど水位が下がっている。はじめ井戸は円柱状だったが、徐々にフラスコのように広がり、地面に到達するころにはすっかり広場くらいのスペースができていた。
「おじいさん、大丈夫ですか?」
「ワシはおじいさんじゃない!っつつ……」
はしごを下りた所に、先ほどの老人が腰をさすりながら座っていた。彼の腰をダルマもさする。
「ほら、動かない」
「ぐぐぐ、なんたることだ。このワシが2度も足を滑らすとは。これではヤドンが……そうじゃ、お前さん達!」
「な、なんですか?」
突然老人が炎の灯った目でダルマ達を見ると、こう言い出した。
「こんな時間であれじゃが、お前さん達でロケット団を倒すのじゃ」
「俺達がですか?俺達みたいな新米トレーナーがいくら集まったところで、無謀にもすぎますよ」
「大丈夫だ、ワシのポケモンを貸してやる。それに、下っぱは大したことないゆえ、新米でも十分勝てる」
「でも……」
「今頼れるのはお前さん達しかおらん。それとも、お前さん達は困ったやつを見捨てられるのか?」
老人は力強く語ると、腰から1つのモンスターボールを取り、ダルマの前に差し出した。ダルマは、初め目をうろうろさせていたが、結局ボールを受け取った。
「……やりましょう。ただし、結果は期待しないでくださいね」
「おお、やってくれるか!ならあの横穴を進め。奴らの縄張りになっとるはずだ」
老人は右手でダルマ達の後ろを指差した。ダルマ達が振り返ると、そこには人2人ほどが通れそうな穴があった。穴は風を吸い込み、井戸に落ちた枯葉が物寂しい音を奏でる。
「で、これからどうするんだ?ダルマ」
ここで、サトウキビがさりげなく尋ねた。ダルマは少し頭を抱えたが、すぐにこう答えた。
「そうですね……では、サトウキビさんはおじいさんの介抱をお願いします。一通り済んだら応援に来てください」
「ふん、しょうがねえな。で、残り2人は?」
「ゴロウとユミは、俺と一緒に先に行きます」
「なるほどな。それじゃ、早いとこ行ってきな。俺も後から行く」
「ええ、よろしくお願いします」
ダルマはこう言うと、穴の奥に向かって一歩前進した。
「それじゃあゴロウ、ユミ、準備はできてるか?」
「もちろんだぜ!」
「私も大丈夫ですよ」
「よし、なら出発だ!」
ダルマが大股で歩を進めると、ユミとゴロウもこれに続いて進むのであった。
「気を付けるんじゃぞ、お前さん達!」