51 森本夜次郎
一方的な戦いだった。
ジュアの流れる水技、ルナの燃え盛る炎技、グランの靱やかな格闘術。威力申し分ない3人の攻撃は、どれもヴァンに当たらないか、当たったとしてもまるで効いていない。反面、ヴァンの一撃は重く、強い。
3人が一度にかかろうと、まるでピンポン玉のようにスコーンと弾かれ、岩壁へと体を強く打ち付ける。それの繰り返しだった。
(くそっ...!なんでこんなに実力の差が大きいんだ!?俺達も未熟とはいえ、数々の戦いを経験してきた!なのに、ここまで相手にもならないなんて...!?)
「倒れても倒れない威勢は悪くない。足りないのは立ち回り、基礎体力。お前達はなかなか弱くはない」
「そりゃどうも...だが、まるでもう戦いは終わったような言い草は気に入らないな...!」
「なら終わらせてやろうか。俺も、時間に余裕がある身ではないからな」
「時の歯車を盗むのに、が要るんだ!!」
グランは傷だらけの両手を前に出した。その手に青いエネルギーの流れのようなものが螺旋を描いて集まり始め、やがてグランの両手が青く光り始める。
『波動弾』__________リオルは、通常この技を使うことはできない。
「『波動弾』を使うリオルか。これはまた珍しい物を見た」
「くらいやがれっ!」
やがてそのエネルギーの流れは球体へと姿を変え、高い圧力を持ちながらヴァンへと放たれる。
「『サイコカッター』!」
ヴァンはこれを容易く相殺した。だが、なぜかヴァンの表情から余裕の色が僅かに薄くなった。そして滲み出てきた色は、好奇心。
「興味があるな。リオルの進化後であるルカリオが使える『波動弾』をリオルが使えるのか。特殊な訓練でもしたのか?」
「教えたってどちらの得にもならねえから教える必要はない」
「意外とケチなんだなぁお前」
「その余裕今すぐ壊してやるさ...ルナ!ジュア!」
「ええ!」
「ああ!」
3人は再び気持ちを入れ直した。
俺は、初めて親方に対して「不満」という感情を抱いた。
アグノムはジュプトルに倒されたという幻覚が視えた。
それは未来の可能性が高く、略奪を防ぐことはできるということはイーブルによって話された。
だから、時の歯車を護るために頑張りましょう、またあした。という判断に俺は腹が立った。今もベルディオは水晶の洞窟へ向かってるかもしれない。明日起きた時には時すでに遅し、という可能性なんて無いわけじゃない。むしろ高いほうだ。
解散した後、俺はイーブルさんに水晶の洞窟の場所を聞いた。
そして俺はミラノが寝付くのを待ち、寝息が聞こえたところでベッドを抜け、単身水晶の洞窟へ向かった。
道中で帰る途中のグランたちと会わないだろうかと思ったが、誰ともすれ違うこともなく、イーブルさんに教えられた洞窟の入り口までたどり着いた。
(グランたちはまだ中にいるということか...)
グランたちと最後に会話したのは今日の朝。それから今までダンジョン探索を続けているのだろう。
(せいなるタネにひかりのたま...。道具はある程度揃えてきた。そういえば単独でのダンジョン探索って初めてだな...)
やや怖い気持ちはある。でも、ベルディオが中にいる。ベルディオを倒すと思えばそんなのどうでもよい。
自らに課した使命を思い出し、足を前に出した。
「行くか」
ギルドから場所はかなり離れている水晶の洞窟。夜の10時か11時頃にギルドを出て、現在時刻は1時。朝礼は朝の7時くらい。時の歯車の安否を確認し、タイミングが合えばベルディオを迎え撃つことができる。それがアグノムのいる最奥部なら、2対1で、分が良い。
「...その程度か」
地に伏したのは、グランたちだった。3人がかりだろうと、ヴァンという男には敵わなかった。
「せめて眠って回復してからゆっくり帰んな」
そういうとヴァンは『さいみんじゅつ』でグランたちを眠らせた。
やがて足は大水晶の道へと通じる穴へ向いた。
(ベルディオ...早く追わねば)
「止まりなさい」
後方から声が聞こえた。低く、よく通る声だ。
「水晶の湖には行かせるわけにはいかない。この餓鬼共は事情を知らないままお前と戦ったが...私は違う」
「お前は」
黒い翼。洞窟の闇からうっすら、うっすら近づいてくる。頭部には黒いソフト帽のように整えられた羽毛。その帽子を右の羽でくいっと上げた。
『ドンカラス』_______
「俺の邪魔をするつもりか。それも、正当な理由でな」
「申し遅れましたな。『
森本夜次郎』が我が名。ああ、私はあなたの名前を聞く理由などないので、名乗り返す必要はありませんよ」
「『ヴァン・スタルヒン』だ」
「おや、今から殺す者の名など聞く必要もない。ということでしたが…」
「名も知らぬ奴と殺しあうことは俺は好かんのでな」
「ほう。それも一理あり…なかなか死線を越えてきた目と口をしてます。あなたには骨がありそうだ…久しぶりですね。抹殺の対象を面白く思ったのは」
両者の口が火花を散らした。ヴァンはこの夜次郎という男を知らない。だが、夜次郎という男は自己紹介はしたが、まるで自分が何者であるかを知っているような口だ。そしてその男に敗ければ自分は死ぬ。
「時を巡る戦い…あなたは正義のヒーローですかね。もしくは世間知らずの無謀な男」
「倨傲な口がどこまで続くかな。その2択はあんたに選択権はない」
「そういえば、ベルディオという者。どうやらここらではお尋ね者扱いされてますが…ご存じで」
「知ってるさ。逆にお尋ね者であることが、この世界がまだ平和である証拠でもある」
会話の中でも、双方攻撃の用意は出来ていた。どちらかが堰を切れば戦いは始まる。
だが、ここで第三者が加入した。先ほどさいみんじゅつによって眠らされていた筈のグランである。
「おい…待ちやがれ…」
「な…俺のさいみんじゅつで眠ったはずじゃ…」
「あいにく、効かない体質だ。それより、ベルディオが実は正義の味方だというように聞こえるな…会話を聞く限り」
驚きながらもヴァンはグランの話を聞いた。夜次郎は他人事のように見つめている。
「知りたけりゃ…あの紳士な殺し屋を倒してからだ」
ヴァンがそういうと、グランはバッグからオレンの実を取り出し、かじった。柑橘系の酸味に瞼に力が入る。そして再び見開いた眼は戦う眼である。
「ふん…そんな小僧を味方に付けてどうなる。リオルという下等種族など、一瞬で蹴散らしてくれるッ!!」
『辻斬り』 黒い翼の先端が硬化され、鋭い刃となってグランを切りつけた。
押された衝撃でグランは地に体を擦った。
「ん…わざわざ相性が悪い技を選ぶって、俺のことなめすぎじゃねえか?」
「意外とタフなのだな。ならば、『ブレイブバード』ッ!!」
今度は、まるで一つの弾丸の如くグランへと突っ込んできた。それをグランは受け止めた。グランは岩壁へと強く体を打ち付ける。普通ならここで戦闘不能になっているだろう。
だが、グランというリオルは倒れない。
「なっ…リオル如きが私のブレイブバードを受けて立って入れられるなど…!」
「いや、今のは効いたぜ。あと一発喰らえば倒れてるな」
このグランのタフさに味方に付いたヴァンも驚きの表情を隠せなかった。
「よかろう、次で息の根を止めてやろう!」
再び『ブレイブバード』で突っ込んできた。しかし、グランは顔色一つ変えない。
「とりあえず高威力の技で先手を打つ。という考えも悪くないが…戦い方は一つだけじゃ勝てる相手は限られてくるんだぜ!『冷凍パンチ』ッ!!」
0℃を下回る右ストレートが夜次郎の顔を迎え撃った。ブレイブバードの勢いと同じ勢いで夜次郎ははじき返され、反対側の岩壁へと体を打った。
「がっ…は…」
夜次郎はこの状況を信じられずにいた。ドンカラスという種族は、他の種族に比べて非常にプライドが高い。自分の繰り出す最高威力の技がリオル如きに受け止められ、そしてあろうことか自分の攻撃をリオル如きに見極められて、リオル如きに返り討ちを喰らった。傷つくプライドと、このリオルは何者なんだという怒りと疑問の感情が入り交じり、本来空を滑空する体も暗い洞窟の地に伏すばかりなのだ。
「紳士っぽい話し方とか、声してるけど弱いもの虐めが大好きっぽそうだなお前。下の奴ばっか見下して、いざ見下される立場になったらお前が弱いものだ。あと、一つ行っておこうか。
俺はリオルじゃねえ。」
「なに…?」
「な…?」
夜次郎はもちろん、傍で戦いを見ていたヴァンも意味を理解できなかった。そこに立っているのは、紛れもないリオルなのだから。
「俺の能力は『身体凍結』。有する力は『変化を嫌う』」
「変化を嫌う…?」
(…!まさか…!)
「現状からの状態の変化を嫌う。能力は下がらないが、自力で上げることもできない。さらに状態変化にもならない。そして、進化しても見た目が変わらない」
「見た目が変わらない…まさか!」
はどうだんを扱えるのも、辻斬りでほとんどダメージを負わなかったのも、ブレイブバードを受け止められたのも__________
「そうさ。俺はリオルじゃねえ。『ルカリオ』だ」
ヴァンのなかで一つの謎が解けた。
(なぜか俺の格闘技で大ダメージを負ったな。あれは鋼タイプだったからか)
それに、はどうだんを扱える理由をヴァンがグランに問うた際、グランははぐらかして答えずにいた。
(あれは自分が鋼タイプだということを相手に悟られないためにわざと隠したのか…まあ、俺はエスパータイプだったからどっちにしろ相性は良かったが…)
「ふ…ふふふ…」
「何がおかしい?まあ、体力は全然尽きてなさそうだけどな」
「久しぶりというかね…楽しくなってきたんですよ。全力、出しても良さそうだ」
「それ、死亡フラグって言うんだぜ。さ…何を隠してるんですかねー」
地に堕ちていた夜次郎が立ち上がる。そして、ビキビキと何かにひびが入るような音を立てるのと同時に、夜次郎の翼が禍々しい赤へと変色していった。そして、胸にだけ生えていた白い羽毛が夜次郎の首を覆うように背中付近まで伸びていった。
「どうやらお前も能力者のようだな。だが、それは…?」
「ふふふ…私は『化身』の能力。『冥神イベルタル』だ」
夜次郎の体全体から邪悪なオーラが発せられている。グランもヴァンもこれを見て流石に戦闘態勢に入った。
「おいリオル。お前の名は?」
ヴァンが問うた。
「…グラン・シャウェイ」
「そうか。俺はヴァン・スタルヒン。趣味や好きな食べ物は、こいつを倒した後だ」
「…かっこいい見た目して、ずいぶんと呑気なのな」
「よし、もーちょいで着くな。グランたちはもっと奥に行ってるのかな…急がないとな」
もう一人の化身使いが戦いの場に迫る。
そしてもう1つの影も、戦いの場に迫る。