ポケモン不思議のダンジョン  Destiny story






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第4部 Teravolt 〜龍魂〜
49 視覚操作

近づく未知 距離はじりじりと縮まる


「だ...誰だお前は!?」

第一声をあげたのは、地に伏すエムリットだった。

「俺は時の歯車を取りに来た。俺が来る前に何があったかは知らんが、あんた戦える体力なさそやし死にたくなければ手を出すな」
「時の歯車だと...!?そんなもん...わたさ...ん」

強気な発言も、体がついて行かない。アリスにやられた傷がエムリットの体を重くしている。
静かに歩み寄るライチュウ。体からばちばちと弾ける電気が、俺たちを威嚇する。

(...ん?時の歯車を盗み続ける者って、ベルディオっていう奴じゃ?)

 頭那の中にある記憶が、一瞬頭をよぎった。じゃあこのライチュウは誰だ。


「そうやすやすとは取らせないわ!」
「...ああ。お前には用はない。ここからどけ」

戦えないエムリットの代わりに俺とミラノがライチュウの前に立った。だが、ライチュウは俺達の戦意を配うように右手で頭をぽりぽりかいた。



湖がざぱんと音を立てた。


流れる殺伐とした空気。

「...そーかい。ならええわ。消え」

そういうとライチュウは引き戸を開けるように右腕を横に動かした。


横に開いた右手が赤く光り、やがてその光が
肩、上半身へと伝わり、最終的には体全体が赤い光に包まれた。

(...『剣の舞』?いや、違う。そもそもポケモンの技なのか今の仕草...?)
「やるんなら、こいや」
「消えるのはお前の方だ。時の歯車には近づかせん」

ルシャも化身の能力を解放する。体からドッとエネルギーが満ち溢れ、全身から電気がバチバチと弾ける。ルシャの目が赤、黄、黒の3色へと変わった。

「ルシャ!」
「大丈夫だ、俺一人でやる」
「なんやあそれ...見たことない能力だな」

余裕の表情だったライチュウも、ルシャの化身の能力を見て、さすがに注意をし始めた。
エムリットも、ミラノも2人の間に流れる危険な雰囲気に口が開いたまま、戦況を見守っていた。

「『黒雷砲』!!」

エレキ平原で、ライボルトを一撃で倒した技。
黒く、鋭い1本の矢が、瞬きながらライチュウへと伸びていく









気がつけば、背中に痛みを感じていた。そして何故か尻をつけて座っていた。後ろには洞窟の壁。何故かヒビが入っており、砂クズがパラパラと落ちていく。

「今の喰らったらまずかったなぁ。だから、封じさせて貰った」
「ウソ...何今の?」

ミラノはライチュウを見て恐れ慄いている。どうやらミラノに攻撃はしてないようだが、何が起こったか解らないのは俺だけじゃなく、ミラノもそう感じているようだ。そして、同じくエムリットも_______

「貴様...今、何をした!?」
「番人さんがこんなことでうるせーよ。俺は大して高速移動を使ったわけじゃねえ」
「...能力者か?アリスと同じ...」

エムリットとミラノはまだ顔に焦りが出ている。今のライチュウの行動が、ポケモンの技ではないことを理解したのはどうやら俺だけのようだ。

「ご名答。そして、ピカチュウが察したように俺は瞬間移動はしていない」
「俺たちに何かをした...ということか」
「え!?私たちに!?」
「...落ち着けよ」

だが、ライチュウは俺たちに対して触れもしてないし技を放った訳でもない。

「俺の能力は『視覚操作』。無防備で戦う気がない俺をお前達に見せていた」
「...!そうか、ここに来た時からずっと体にエネルギーを溜めてたのか」
「察しがいいねえピカチュウ。此処に来てお前とイーブイが俺と戦おうとした時、俺は『こうそくいどう』を最大限まで積んでいた。もちろん、お前らに見えたのはただ、立っている俺だ」

いつの間にか視覚を乗っ取られていたということか。だけど、このライチュウそのものの戦闘能力が上がる訳では無い。
俺はようやく尻を地から上げた。

「だけど、能力によって攻撃力が増すとか、そういうことではないんだな。お前自身は大したことねーてわけだ」

少し調子に乗った口調で挑発してみる。目的はライチュウの気を引く、ではなく。

「そうね!戦えば勝てるよ!」

 …単純なパートナーだこと。でも、これで2対1にした。

「エムリットさん。時の歯車は私たちが護るよ」
「そう、か...自分が情けないが、頼む...」

 再び、化身の能力を発動した。今度は騙されない。今見ている光景が嘘だとしても必ずライチュウ本体はこの空間のどこかにいる。探し出して一撃を叩き込む。よし、頭の中でシミュレーションはできた。とにかく、迷いを見せないことだ。

「戦うのか?」
「おう。でないと時の歯車がお前の手に渡るからな。」
「残念ながら、手遅れだ」


 そう言ってライチュウは右手を前に出した。
 その手には、時の歯車。

その手には、時の歯車。

その手には、時の歯車。


「なッ!!?」

 その時だ。この洞窟全体が突如重い音をたてはじめた。

「なに...?この部屋全体が揺れてる!」

(これは...幻覚じゃない!あくまでも騙すのは『視覚』であって、揺れを感じるとか、そーいう部分は操作できないはずだ!)

 だとしたら、時の歯車は本当に奪われた。それはエムリットも確かに感じたようだ。

「まずい!時の歯車を奪われたら、その地域の時が止まるのはおまえら知ってるだろ!!」
「だったらこの流砂の洞窟も...!」
「ああそうだ!!お前ら、逃げるんだ!」
「エムリットは!?」
「私なら大丈夫だ!早く逃げろ!」

 湖が白と黒だけの世界へと変わっていった。これが、時が止まってく様子なのかと思う暇もなく、俺達は流砂の洞窟をあとにした。






 時空の歪みから逃げている最中、目の前に突然文字が現れた。現れた、というより浮かびあがった。だろう。

「うおっ!?」
「どうしたの!?」
「い、いやなんでもねぇ…」

 声をあげてしまったが、すぐにライチュウが見せた幻覚だと理解した。

 ライチュウが見せた文字。それは、ライチュウの名前だった。


『ジャックス・タイガー』


 







アサシオ ( 2019/01/23(水) 15:07 )