48 殺意を認めた上で
目前に広がるのは、未知の領域。そこに着くには十歩ほど、そこにたどり着くには何歩ほど________
俺とミラノはただ、夢中に眺めることしかできなかった。
アリスの身体から、紫色のオーラが発せられている。アリスが立つ力は砂埃がゆっくりと巻上がる。
熱水の洞窟で初めて目にしたグラードンとは、また別の威圧感。目の前の大きな怪獣に大口を開かれたわけじゃない。対してアリスの背丈は俺とさほど変わらない。
小さな戦乙女。発する『気』は怪獣の如し。
「司祭者、ですって?神と下界を繋ぐ者になりきったつもりか。愚かな女ね」
「いや、祭りを司る者と書いて司祭者。でも…あなたが思う司祭者とはまた、別...戦りを司るってこと」
祭りを司る者。
彼女にとって祭りとは戦い。
戦いを司る。
戦いを支配する。
だとしたら_______
「『神の領域』」
エムリットが浮かぶその下の地面に紫の魔法陣が浮かび上がった。そしてその魔方陣が結界を作り、エムリットはそこに閉じ込められる形になった。
「その魔法陣から出ることはできない。神の領域だもの。じゃないと、神の御言葉が聞けなくなるでしょう?」
「なっ...こんなもの!」
エムリットは勢いをつけ、力ずくで脱出を試みる。
だが、アリスの言葉通りエムリットは結界に弾かれ、ダメージを受けた。
「あなたは
ルールに従ってもらうわ。『私たちに見境なく襲ったことを謝りなさい』」
アリスの声が大きく、強くなった。それと同時にアリスから発せられる紫色のオーラも一層不気味さと輝きを増す。
「『苦痛の刑』」
強い表情でアリスが弱く呟く。
結界内でピンク色の電撃が入り組んだ。巻き込まれるエムリットは喘声をあげた。
「ぐぅぅあああ!!」
妖精のような可愛らしい容姿から、赤く、汚い汁が垂れる。アリスは、それを見て喜ぶような顔をした。
__________鳥肌がたった。血を見て喜ぶヤツなんて、ずっと漫画か大罪人しか知らないかったから。
「あらぁかわいいこと。そんなんで時の歯車の番人が務まるのかしら」
怪しい笑みを浮かべながら、アリスは右の前足をエムリットに、エムリットを縛る結界に向けた。
念力が実体化された矢が、5本現れた。
「もう一度言うわ。『私たちに見境なく襲ったことを謝りなさい』」
「あ、謝るだと...侵入者のあんたに、そんな...」
番人としての意地を張るエムリットに対し、冷たい視線を向けるエムリット。
そして躊躇なく矢をエムリットに刺した。
エムリットは、もう断末魔のような声もあげれない。
「この能力の支配から抜ける方法は、『従う』こと。言ってるでしょ?謝りなさいと。」
「だ、誰...が...」
「死ぬ時まで敵を上だとは認めないのね。番人としては良い頑固さよ。でも、戦士としては失格。」
バチバチと濃い紫の雷がアリスから弾き出される。それと同時に、エムリットの頭上に、その雷で出来た槍が浮かび上がった。
(殺す気か!?)
「さよーなら」
もーがまんならない。
「もうやめろッ!!」
俺が叫ぶと、戦いの時は止まった。アリスもエムリットも、まだ戦意の籠る瞳で俺を見ている。
「こんなことしに探検同行の依頼出したのかよ!?だったら帰れ!!」
「...そうね。私が悪かったわ。最奥部にはたどり着いたし、これで依頼は完了でしょ。私はこれにて失礼」
「...はぇ?」
アリスの反論に反論し返す準備しかしてなかったので、あっさりとした返答に素っ頓狂な声しかでなかった。
なんでこんなあっさりと、訊こうとしたが呆気にとられて訊けず。結界を解除し、何も言い残すことなくアリスはそのまま地底の湖をあとにした。
「なるほどな...私を痛めつけておいて、あんたらに時の歯車を獲ることを任せたか...」
「だ、だから私たちは時の歯車を盗みになんか来てないんだよ!!」
ここでミラノが初めて強い言葉を放った。ズタボロにやられたエムリットだが、負けじと言い返した。
「うるせぇ!!侵入者の言うことなんか信用するか!聞いてるんだよ、霧の湖の時の歯車が盗られたこと...ユクシーから!!お前らもジュプトルのグルなんだろう!?」
容姿が似てるし、ユクシーと繋がってることを聞いて特に驚くことはなかった。霧の湖とこの場所は気が遠くなるほどの距離がある。テレパシーだろうか。エスパータイプだし。どうせ使える。
「ち、違うよ!少なくとも私たちはあんなやつと手なんか組まない!」
「だったらあんた達は何しに来たの!?少なくともあのエーフィは私を消して時の歯車に手を出そうとしていた!」
「えと、アリスは…その…」
確かに、と思わざるを得なかった。アリスは確かに、俺が止めなければエムリットを殺しかねない攻撃をしていた。ただ、戦闘不能にするだけならば槍や矢など、肉体を裂くものなど創る意味などない。
俺の考えてることを、どうやらミラノも考えているようだ。確かにアリスは自分たちの完全な仲間ではない。
アリスの殺意を認め、その上で自分たちをどう敵ではないと説明しようか、迷っていた。
後ろから、声がした。
「よー番人さん。わりーな、今日のお客はあんたの知るジュプトルじゃねえわ」
声に振り向き、その先にはずんぐりとした『ライチュウ』がいた。
そのライチュウには、左腕がなかった_________