37 みずのフロートと情報屋
言わなくても知れたことではあるが、夜は暗い。だが、火と月しか光源がないこの世界の夜はなお暗い。
言わなくても知れたことではあるが、眠っている時でも時は常に進んでいる。だが、この世界は時の終焉を迎えようとしている。
時の終焉を止めるため、時に追われている者がいる。その者の瞳には光はない。
夜を駆ける風というものは、行く当てなんかない。どこかで走り出し、どこかで走り終える。
ある森を駆ける風は、光を求めて、ただ吹き続けていた。時の終焉を止めるための、唯一の光を求めて…
とある洞窟の中を、一匹のポケモンが風のように駆け抜けていく。風が吹き抜けた後には、屍がいくつも転がり、並ぶ。
風のように走るポケモンは、まるで普通のポケモンとは思えないような速さだった。
―――――――…まるで、時に追われているかの様に…
「…やはり、あの者たちの記憶は消しておくべきでしたね」
ユクシーが呟いた。冷静で、淡々と出てくる言葉。その言葉の裏には、酷い後悔や、憎しみの色がある。
「…こんなにも早く、別の侵入者が現れるとは」
ユクシーから少し離れた場所に倒れているグラードン。傷の数は、腹に付けられた切り傷一つのみ。一撃で、番人を倒したのだ。ユクシーはそれを見て、悟った。
「…そして、今度は…今度は本当に、時の歯車を奪いに来るとはッ!!」
ユクシーは目の色を変えずに睨み付ける。その先には、風のようなポケモン。
「なんのことかわからんが…お前の恨む方向は違うな。俺は誰かに聞いて此処に来たわけではない。俺は初めからここに時の歯車が在るということを知っていたのだ」
風が一歩踏み出す。ユクシーが戦闘態勢に入ることはなかった。
「貰っていくぞ。時の歯車を」
風は、ユクシーを切り裂いた。
その出来事と同時刻。場所は変わってギルド入り口前。そこに3匹のポケモンの影が忍び寄る。その足取りは弱々しい。
「うう…完璧にやられましたね…あにきィ」
「ああ…」
“ドクローズ”。ファルヤの怒りの鉄槌を喰らって以降の登場である。あの時の顔と似た入口のテントを睨みながら、復讐しようにもできない怒りを抑えていた。
「だが、いくら仕返ししようとしても後ろにファルヤが構えている。くくく…チクショー」
「…こうなったら弱っちいあの2人に八つ当たりでも…」
「ん!そりゃいいな。よし、帰って作戦会議だ」
3匹は再び夜の闇へと消えていった。
「…へ?セカイイチの入荷予定を聞いて来てほしい?」
イーブルの話しが終わった後、ペルに呼び止められた。ちょっとした頼み事があると言われたが、拍子抜けしてしまうような内容だ。
「そうだ。この前は親方様がブチ切れる直前で事が済んだはいいが、またあのような状況に陥らないとも限らん。しかし、在庫がなくなっただけでいちいちリンゴの森に取りに行くのもめんどくさくてな」
「それで、入荷するのならそこで買った方がいい、と。」
「そうそう♪それを聞いて来てほしいのだ」
「うん!わかったよ!」
朝礼が終わり、ペルに呼び止められた。セカイイチの入荷予定を聞いてくる。ただ、それだけのお使いを頼まれた。
(…セカイイチつってもリンゴだしなぁ。入荷しないのかな?それに、セカイイチをいっぺん食ってみたいなぁ)
「…よだれ垂らしてどうしたの?」
「え、垂れてた?わりーわりー。入荷したら食べてみたいって思ってさ」
「…気になる。」
「だよな?親方様のお墨付きのリンゴの味かぁ…って、こら。よだれたらすな。ほらもうついたぞ」
何気ない会話をしているうちに目的の商店に辿り着いた。俺と目が合うなり、いらっしゃいませと明るい声で挨拶をしてくれた。
しかもそこに、イーブルもいた。
「あれ?イーブルさん!?」
「私が呼べ止めたんです。有名なので」と、エイケ。
「そしたら!本当にいろいろなことを知っていてびっくりですよ!」
「ふ〜ん。皆も噂していたけど、やっぱり物知りなんだね」
「あ、それで今日は何をお買い上げに?」
「ごめんねー。今日は買いに来たわけじゃないんだ。あのね、セカイイチの入荷予定ってあったりする?」
「へ?セカイイチの入荷予定ですか?そうですね〜うちは…まことに申し訳ございませんが、セカイイチの入荷予定は、ありませんね…」
エイケが申し訳なさそうに答える。
「えっ?取り扱ってない?そっかぁ〜」
「申し訳ありませんね…」
その他にも用はなかったので、帰ろうとした時、何か騒がしい声が聞こえてきた。
「おにーちゃん待ってよ〜!!」
「ほら急げって!おいていくぞ!」
どこかで聞いた声だと思えば、あのリルとマリナの兄弟だ。それを見てミラノが呼び止める。
「どうしたの?そんなに急いで」
「落とし物が見つかったんです!…前会った時にも話しましたよね?」
そんな話したっけと思ったが。でもよく思い出せばリルが誘拐されたのは落とし物から始まったのだ。落とし物を見つけたかもしれないとムーンが嘘をついて、でそのまま連れて行って…。あの戦いは正直思い出したくない。
「その落とし物ってなんだ?」
「『水のフロート』です!」
みずのふろーと。また一つ知らない単語が増えた。フロート?浮き輪みたいなやつ。水の浮き輪って、浮かべるのかそれは。それにお前ら泳げる種族だろ。
「水のフロート?それはまた珍しい道具ですね」
イーブルが反応した。イーブルが珍しいというんだろうから、珍しいんだろうな。
「今までずっと探してたけど、海岸にあるのを誰かが見たって!」
「それで今、海岸に急いでるんです」
「そうなんだ!良かったね〜!」
元気そうなリルとマリナに明るく返すミラノ。小さい子の結構面倒見いいんだな。
そのやり取りを盗み聞きしている者が居た。
「へへっ。こりゃーいいこと聞いた。何かに使えそうだ」
「けっ。帰って兄貴に報告だぜ」
そういうと2人はどこかへ姿を消した。
「そっか〜!良かったねぇ!」
「はい!リル、早く行こう」
兄弟はまた、走り出した。
「…あの落とし物気になってたけど、よかったね」
「覚えてたのか?」
「え?うん。忘れてたの?」
「お、おう…」
なんで覚えているのか不思議に思う。何を失くしたかもわかっていなかったのに。
「いや〜、水のフロートという道具は私も初めて聞きましたね。どんな道具なんですか?」
「ルリリ、マリル、マリルリの専用道具です。稀少度は非常に高く、何度も繰り返しトレードしていくことでやっと手に入れられる。そんな道具です」
(???)
せんようどうぐ?とれーど?道具の説明どころか、俺の頭に全く理解できない単語がポンポン入ってくる。どうやらミラノもあまり理解できていないようで…。
「ひゃー!そんな珍しい道具なんて、うちに入荷することなんて、到底無理でしょうね…とほほ…」
ここでミラノが用を思い出した。俺もすっかり忘れていたが。
「入荷?あ、そうだ!セカイイチのこと!ペルに知らせないと!」
道草食いすぎた。急いで帰らねば…。
速足で俺らはギルドへと戻っていった。