ポケモン不思議のダンジョン  Destiny story






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第3部 新たな世界
36 イーブル・ムアナード  ※修正しました(9/18)
 もう慣れた。
 起きてすぐ思い浮かんだ言葉だ。というのも、たった今バビルの叫び声で起こされたところだ。
「ん〜…おはよ…ふみゅ…」
「ああ、おはよう」
 ギルドに入りたての頃よりは大分目覚めもマシになってきた。起こされて数秒は体が痙攣を起こしていたミラノも、今では普通に起き上がれている。
 
 広場に眠く重い足を運ぶ。既に弟子はほとんど揃っていた。来ていないのは、サフラなどの女性メンバーと、それを起こしに行っているバビル。来ている弟子は、今日からまた仕事かと落ち込む者はいなかった。むしろまた探検の日々が始まるのかとやる気満々の者が多い。
 …ポケモンの世界にブラック企業の概念はないのかな…。

「…全員揃ったか。それでは、親方様ー!」
 弟子部屋への道を振り向くと、久しぶりの爆音目覚ましにいつも以上に頭を痛める女性メンバーと、バビルが歩いてきた。彼女らを起こしてから移動するまでもたもたしていたのか、バビルは少し怒り気味の表情だった。
 
 ばたん。
 扉が閉まる音がした方向には、ファルヤがいる。遠征で疲れたから、また目を開けて寝ているだろうなと思っていたら、普通にペルと会話しだしたのが少し意外だった。
「それでは、今日の朝礼っ。せーの!!」
『ひとーつ!仕事は絶対守らなーい』…

 遠征終わりの一日後にしては、普通な朝礼だった。普通というか、ペルから『遠征明けだけど頑張っていこう!』とか、そういう言葉がなかっただけ。

 ここまでは、今までとあまり変わらない朝である。
「ルシャ!今日も頑張っていこうね!!」
「ああ。さーて、掲示板行くか」
「おお、お前ら朝からやる気だな。感心感心♪」
 ミラノが元気に自分に声をかけると、その様子を見ていたペルが褒めてくる。逆にやる気なかったらそれはそれで起こるんだろうけど。
「よし。その元気なら仕事も捗りそうだな。今日は、ひとつ…」
「なにィ!!?ポケモンの足形がわからないだと!!?」
 ペルの言葉をバビルの怒りの声が遮る。広場の隅っこに造られた穴に向かって叫んでいるということは、見張り番のディグダ――ジーラ――に呼びかけているのだろう。
「どうしたのだ?」
「足形がわからないポケモンがやってきたそうだ。ジーラは優秀な見張り番だから、足形がわからないだなんて滅多にないんだが…」
 よほど不思議な足形をしているのだろうか。でも、ポケモンの足形って大体同じのような気がするんだが…
「えっと…え?ファルヤさんにお会いしたいんですか?」
「ん?親方様?」
「お名前は…イーブル・ムアナードさん、ですか。少々お待ちくださいね」
「えっ!!?イーブル・ムアナードさん!!?」
 ジーラの確認に、ペルとバビルは耳を疑った。だけど、ミラノはともかく俺はそんな名前の奴なんぞ知る由もなかった。

 みんな地下1階へと上っていくため、自分たちもついていくことにした。仕事中のはずのサフラやリンなども、まるで大物俳優が訪れてきたかのように大興奮している。
 だが、自分とミラノは知らないので、一体どんなやつなのか話し合った。
「…どんなやつだろうな?」
「さぁ…?すごいポケモンなんだろうね。というより、私そのポケモンの足を見てみたいよ」
「・・・」
 
 期待している方向がおかしいので、無言で通した。まあそのポケモンの足形がどんな形をしているのか自分も少し気になってはいったが。
 みんなが地下1階で待っているとき、ファルヤが遅れて登場した。その数秒後に現れたのは、まるでどす黒いウィ○パー太った幽霊のような容姿をしたかなり大きめのポケモンが現れた。
 そして、ファルヤと会うなり楽しそうに会話を始める。
「訪ねて来てくれてありがとう〜♪」
「いえいえ!滅相もない!お礼を言うのはこちらの方です。かのゆうめいなファルヤさんのギルドに来ることができて光栄です」
 
 低い声だ。紳士のような、そんな雰囲気がある。幽霊のような容姿の割には、少し意外だ。ポケモンも見た目に寄らず…といって良い…のだろうか。
「『ヨノワール』だ。初めて見たよ!」
「珍しいのか?」
「うん。ていうか、ひとつ突っ込んでいい?」
「足が無いな」
「・・・言わないでよ」
 これじゃジーラも足形を判別できるわけないだろ。足形どころか足ないぞアイツ。とか言ったら、あのイーブル…ヨノワールの事を知る奴らから何か言われそうなので、ぐっとこらえた。
 それでも、あのヨノワールが何者かはわからないので、とりあえず前に居るサフラとバビルに聞くことにした。
「…ねえバビル。あのポケモン…ダレ?」
「なにっ!?」
「なんですって!?」
 2匹同時に驚き、振り返る。バビルが「かの有名なイーブルさんを知らないのか!?」と捲し上げるものだから、ミラノも委縮してしまった。
「でも、知らないのも無理はないですわ。彗星の如く現れ、そして一躍有名になったかたですもの」
「あの方のすごいところは、まずチームを作らず…単独で行動しているそうだ」
「たった1人で?」
「ああ。腕に相当自信があるんだろうな。そしてもう1つすごいところは、その知識の多さだ」
「この世で知らないものはないと言われるぐらい、物知りだそうですわ」
「えぇー!?そんな凄いの?」
(こらこら。鵜呑みにするな)
(うっ…)
「でも、最近イーブルさんを尊敬しているポケモンも非常に多いと聞きますし、あながちその知識は嘘ではないと思いますわ」
 そのイーブルはファルヤと仲良さそうに話している。
「…で、あんな楽しそうに話してるけど、面識はあるのか?」
「いや、初対面だろう。親方様は天使のようなお方だからな。あんな風にしゃべることができるのは、親方様だけだろうな…」
 そのイーブルとファルヤの話に耳を傾けてみる。どうやら内容は先日の遠征のことだ。
「…そうだったんですか」
「うん。大失敗♪何もわからなかったよう♪」

 失敗って機嫌良さそうに語るものなのだろうか。

「ギルドが霧の湖に挑戦するという話を聞いて、その成果を伺おうと此処へきたのですが…」
「ごめんね〜♪なにもわからなくて♪」
 ファルヤが短い右手を頭(全然届いておらず、寧ろ頬)に当て、舌を出した。ようするにてへぺろ。
 …有名な探検家にこんな態度とっていいのか。
「それより、これも何かのご縁です。私はしばらくトレジャータウンに滞在する予定ですので、その間たまにここへお伺いしてもよろしいですか?
 ここは新しい情報がたくさん入るので、私の探検にも役立ちそうなのです」
「それなら!全然オッケー!此処は他の探検隊も普通に出入りしているし、大歓迎だよ♪」
 ファルヤのその言葉で、会話が終わる。ファルヤはイーブルを前に出し、改めて紹介をする。
「というわけでみんな!このイーブルさんはしばらくの間トレジャータウンにいると思うからよろしくね♪イーブルさんは有名だし、物知りだからみんなもいろいろ相談したいこともあるかもしれないと思うけど、それは迷惑をかけない程度にお願いね♪」
「みんな!有名だからといって、間違ってもサインはおねだりしないようにな!」
 
 ペルが割って入り、忠告をする。別にする必要があるのかは、とりあえず聞いた本人の捉え方次第ということにしておく。

「…いや、サインぐらいお安い御用ですよ。私の知識などつかないものですが、みなさんのお役に立てれば光栄です」
(…腰が低いなぁ。凄いかどうかは知らないけど、立ち振る舞いは一流といったところか…)
 イーブルの呼びかけに、一同が拍手をする。
(そういえば、自分が人間だったころ、凄い人が来たときとかみんなこういう反応してたっけ…)
 
 別にどうでもいい記憶を思い出す。こういうことは思い出せるのに、もっと肝心なことは思い出せないのだろうか…
「ではみんなっ。解散♪」
 みんな機嫌が良い。今日の仕事ははかどりそうだ。
「では、私はトレジャータウンでも散歩してきますかね。なにかありましたら、いつでも呼んでください。では」
 ファルヤにそう言い残し、イーブルは梯子を上っていった。
「ほんじゃ、さっそく依頼に…ん、どうしたペル」
「言い忘れたが、今日はお前らは普段通り掲示板の依頼だ。頼んだぞ♪」
「うん。ルシャ!早くトレジャータウンで準備しようよ!」
「ああ。…ってかイーブルさんと話したいだけだろ」
「ふんふふ〜ん♪」
 鼻歌を歌いながらミラノは元気よく梯子を上っていく。やれやれと心の中で呟きながら、俺もそれについていく。




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 この大陸の南に位置する森【暗夜の森】。常に暗く気味悪いダンジョンなうえに、森に縄張りを張るポケモンも中々手ごわい。そのため、探検家が暗夜の森に訪れることはほとんどない。
 しかし、その人気のなさを利用して、この森を密会のために使う少し変わった集団がいる。

 今日もまた、彼らは森の空いたスペースを利用して密会を開いているよう。

「…どうだった?」
「すまん失敗してしまった」
 その場所には、2人いた。そこに、少しけがを負った“ライチュウ”が加わる。いや、帰ってきたというべきだろう。

 その輪の中には、アリスもいた。

「作戦は完璧だったんだけどな〜〜。流石はあいつだ。止められてしまった」
「…私たちはその作戦に期待してたわけじゃないわよ」
 
 惜しむライチュウに、アリスが厳しい言葉を刺す。

「なんだそれ。初めから俺に期待してないみたいじゃねえか」
「そういうわけじゃないわ。あいつがこんな簡単に死ぬはずないの。それに、ただ何もできずコテンパンにされたの?」
「いいや。両腕に深い傷を刻んだ。あいつは直接的な攻撃は当分無理だろうよ」
「じゃあ、その隙に動き始めた方がいいじゃないか」
 
 案を出したのは“サイドン”デカい図体に似合う切り株に座り、黙って聞いている。

「そうね。じゃあもう動いていいかしら?」
「ああ。とりあえずはトレジャータウンに向かうぞ」
「おーけい」
 3人はすっくと立ち上がり、暗い森の中へ姿を消していった。


アサシオ ( 2016/07/29(金) 20:26 )