ポケモン不思議のダンジョン  Destiny story






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第2部 戦いへの序章
35 霧の湖
 “バルビート”“イルミーゼ”
 
 湖の上で羽ばたくポケモンを、ユクシーはそう呼んだ。繁殖期なのだろうか、それともこの場所が気に入っているのか、理由はともかくその数が多い。
 熱水の洞窟で何度も自分たちの前に立ち塞がったポケモン。あまり強くなかったので印象に残っていなかったが、まさかこんな光景を創りだすポケモンだとは、誰も思わなかった。

「…すげえ…けど、あれってなんだ?」

 ジュアが指差したその先には、緑色のドームのようなものがある。湖の中心にあるそのドーム状のものは、ルシャが目を凝らすと何かの放つ光だということに気付いた。
 やがて、ルシャはそのドームの中に歯車のような物があることに気付いた。

(…なんだろう…あの歯車のようなものを見てたら、妙な胸騒ぎがするな…。なんだ?このドキドキというか…。)
「わぁあ!なんだろうあれすごいキレイ!…だけど…なんだろうあれ。なんか今まで見たものとは明らかに何かが違うような…不思議なかんじがするけど…。」

 ルシャに続き、ミラノも気づいた。そして、みなその歯車に目が釘付けになった。神秘的な光を放ち、まるで置かれているように宙に浮いているその歯車に。

「ホントだ。あんなものは見たことねえ。ユクシー、あれはなんだ?」
「あれは、“時の歯車”です。」

 時の歯車。そう聞いたとき、今まで興奮と戦いの疲れで熱かった体が冷めていくような感覚に襲われた。冷めるというよりは、心が落ち着いていくような。
 周りは「あれが時の歯車!?」というような反応を見せているが、ルシャはただじっと時の歯車を見つめていた。

「あの時の歯車を護るために、私はここにいるのです。」

 霧の湖に辿り着くその前に、踏破すら困難な濃霧の森を抜け、さらにその中で謎を解かねばならない。そしてその次に待ち構えるのは熱水の洞窟。そして番人のグラードン。仮にそれを倒したとしても、ユクシーが待ち構える。今までの出来事を振り返ると、どれだけ自分たちが高い壁を乗り越えてきたかがやっとわかった。

「これまで、霧の湖に侵入した者は何人もいます。でも、あなたたちが乗り越えたグラードンの幻影で追い払ってきたのです。」
「あ、そうだ。あれは一体なんだったんだ?急に消えたんだからびっくりして…。」
「あれは私の念力で生み出した幻影です。このように…。」

 ユクシーはそういうと、ルシャたちの後ろに視線ををずらし、その先にグラードンを創りだした。
 
「「「うわぁぁぁあああ!?」」」

 全員逃避。しかし、まるで人形のように全く動く気配がないので、この幻影自体に意思はないということがわかる。となると、やはりこのグラードンを動かしていたのはユクシーだった。

「濃霧の森、熱水の洞窟といったダンジョンを潜り抜け、此処へ到達する者もいましたが…今度は私が記憶を消すことによって、この場所を護り続けたのです。」
「記憶を消す…あ、そうだ!思い出した!」

 ルシャの表情は変わらなかった。美しい湖を目の当たりにし、時の歯車を見ても、決して頭から離れることはなかったから。

「ここにいるのはルシャ・バークスっていうんだけど、実は元々は人間でさ。」
「えっ、ニンゲン!?」

 ユクシーとグランたちが口を合わせて返す。そういえば、グランたちにはこの話はまだしていなかった。

「ま、まぁ…でも、ルシャは人間だった頃の記憶は失われていて…だからルシャは人間の頃にここに訪れて、ユクシーに記憶を消された、とか…どう?前に人間が此処に来たとか、そういうのない?」

 唖然とするグランたちをそっちのけに、ミラノはユクシーへと問いかける。それを聞いたユクシーは、問いかけに数秒考え込み、やがて口を開く。

「いえ、此処にニンゲンが訪れたことは一切ないです。それに私は、全ての記憶を失くすほどの能力は持っていません。あくまで記憶消去の対象となるのは、霧の湖に訪れたこと。それのみです。
 ですので、その方が記憶を失くしニンゲンとなってしまったのは、別の理由じゃないでしょうか。」
「そっか…ルシャは霧の湖には来てないんだね…。」

 謎を解くことができず、ミラノが落ち込んでいると、その後ろから場違いな明るい声が聞こえた。

「時の歯車かぁ♪残念だったね♪いくらなんでも時の歯車は持って帰ったらダメだしね♪」
「あれ?親方様…って、親方様!?」

 ルナが思わずファルヤの名を叫ぶが、聞こえてないのか無視したのか、まずユクシーの隣に立って「わー!きれいだねー♪」と乗り出すようにして湖を眺めた。
 隣で騒ぎ始めるピンクの球体の隣には、そのKY度にドン引きする知識の神。ルナの言葉のことを思い出せばすぐにわかると思うのだが、ユクシーは「…この方は?」と尋ねた。

「えっと…まあ、俺が言ったギルドの親方のファルヤです…。」

 この浮き具合は流石に知識の神も口が半開きになる。これがギルドの親方なのか…。ユクシーの顔にそれがはっきり書かれている。

「はじめましてー♪ともだちともだち〜♪」

 知識の神に軽く握手をしたあと、ファルヤは更にうろちょろし始め、

「わー君スゴいね♪ともだちともだち〜♪」

 …と、幻影のグラードンにまで挨拶をしてしまった。

「…明るい親方で。」
「は、はは…。」

 これにはさすがのグランも苦笑いである。数々の侵入者を追い払い続けたグラードンの幻影に笑顔で接するとは…。

 そしてファルヤは、再び湖を眺める。「来てよかったよ〜♪ルンルン♪」など、まだテンションは高かった。けれど、ファルヤの瞳はまるで探し物を見つけた子供の様。空気は読めなくても、立派な探検家なのだ。


 うろちょろし続けるファルヤは、やがて再び湖を眺め始めた。

 余計なこと言ってユクシーの気に障るようなことは言わないでくれ…。ただひたすら祈るしかなかった。


 一方、ギルドのメンバーは熱水の洞窟を抜けて、霧の湖まであと一歩というところまで来ている。グラードンはルシャたちが倒してしまったため、処刑場もただの廊下と化している。もちろん、一行はそこが本来は戦う場所と知る由もなく、ただ一直線に先を目指して走り続ける。

「ふぅ…やっとついたですわ!」

 道の切れ目が見えてきたころ、サフラは安心して足を止めた。それに合わせるように、メンバーは足を止めて周りの状況を確認する。そんな一行にスアザやトゥーヤが声をあげる。

「一息なんてついてられないぞ!急ぐのだ!」
「へい!あっちに誰かいるみたいだぜ!行ってみよう!」

 先頭を走るスアザが自慢のハサミで向こう側を指す。そこには、数匹のポケモンの影が。それを希望とするかのように、一行は再び走り出した。
 やっと湖に着いた…。メンバーがが溜息をついたあとに一番最初に目に入ったのは、何やら巨大なポケモンだった。このシルエットは見たことある。ごつごつした特徴的な姿は、今日とっくに見ていた物だった。

「ぎゃぁぁああああ!!?」
「グッ…グググ…グゥ…」
「ハッキリ言ってよ!グラードンってェ!!」
「キャ――――!!」

 ユクシーがほったらかしにしていたグラードンに、ペルは見事なリアクションを見せ、バビルは腰を抜かし、サフラはビビりながらもバビルに叱責をする。リンに関しては怪談に出てきそうな奇声を上げる。

「オイラ食べても不味いぞ!食わないでくれぇ〜〜!!」
「いや、スアザが一番おいしそうなんでゲスが!?」
「それな…ヘェェーーーーイ!!?」

 全員首を上下させる。確かに一番おいしそうなのはスアザだ。

「グラードン火も使えるからペルもイケるんじゃね。」
「余計なこと言うんじゃないよ!!」

「やあ。どうしたのみんな?」
「お、親方様!なんですかこれェ!?」

 グラードンを見るだけで恐怖のどん底に陥るペルを見ながら、俺たちはクスクス笑っていた。状況は違うが、いくらなんでもあんな驚き方をするなんて…。この無様な秘書を見て、ミラノたちはもちろん、グランも少し笑っていた。

「それより見てごらん。丁度今噴きだしたんだ。良い景色だよ♪」
「…へ?」

 先ほどまで平面だった湖の中央部から物凄い量の水が噴き出している。その水の柱の周りには、バルビートやイルミーゼが集まり、噴水のように景色を彩っている。

「うわ〜〜…」
「キレイでゲスねぇ…」

「霧の湖は、時間によって間欠泉が噴き出すんです。まるで噴水のように。その水の柱を水中から時の歯車が、空中からはあのようにバルビートやイルミーゼがライトアップすることで、あのような美しい光景になるんです。」

 ユクシーがゆっくりと解説をする。とてもユクシーの念力の力には見えない。自然の力によって作り出された光景なのだろう。

「…きっと、霧の湖の宝ってこの景色のことだったんだろうね♪」

 ファルヤは湖からの光を受け、優しく微笑んだ。他の面々も、目を輝かせてこの光景を食い入るように見つめている。
 今までの道のりを乗り越え、辿り着いた霧の湖の光景を眺め、何を思っているのだろうか…。
 隣にいたミラノもまた、間欠泉によって広がった光に照らされている。

「…ねえルシャ。見てる?」
「うん。」
「ホント綺麗だよね…。ルシャの過去のことを知ることはできなかったけどさ、それでもここまで来ることができて良かったなって思うよ。」
「…だよな。」

 ルシャは簡単に返した。こんな景色を見て、どんなことを考えてるかはわからない。でも、後悔は絶対していないな。と、ミラノはルシャの横顔を見ながらそう思った。

(…来ることができて良かった…。俺もそう思う。でも、考えなければならないことが増えた気がするな。
 それに、俺はどうしてこの場所を知っているような感覚がしたのか…。自分でもわからないけど、このまま謎のままで終わるのは…やっぱり気のせいのままにはしたくない。
 そして時の歯車…あれを見てると、どうしてあんな気持ちが透き通るんだろう…)

 複雑な気持ちだけど、この光景だけは絶対忘れたくないと思う。遠征の収穫といえば、形に残る物は無い。でも、過酷な道のりを越えてきて、最後にこうしてみんなで良い景色を見れたこと。それは決して忘れない。そんな遠征だった。



「いろいろお騒がせしました。本当に楽しかったよ。ともだちともだち〜♪」

 一番騒がせたのはあんただ。

「私はあなた方の記憶を消しません。あなたがたを信頼しているからです。ですので、このことは秘密にしてもらえませんか?」
「ありがとう。わかってるよ♪最近時の歯車が盗まれる事件もあって物騒だしね♪
 ここのことは絶対に誰にも言わない。ギルドの名に懸けて…ね♪」

 ファルヤが強い意志でそう言うと、ユクシーは軽く微笑んだ。

「よろしくお願いします。」
「それでは、僕たちはそろそろお暇するね♪
 ペリー!!」
「あっ、はい!
 それじゃーみんなっ。ギルドに帰るよォーーー!!」
「おおーーーー!!!」

 こうして、ギルドの長い遠征は終わりを告げる。これが時の歯車との最初の出会い。これから先、未来を巡る戦いが始まるということを、彼らはまだ知る由もない。




































アサシオ ( 2016/07/18(月) 18:09 )