ポケモン不思議のダンジョン  Destiny story






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第2部 戦いへの序章
34 ユクシー
「…ッ」

 ルシャは、今目の前で起こっていることが全く理解できなかった。
 
 ルシャの目の前には、倒れたまま動かないグラードンの姿。今までビクともしなかった巨体がいきなり吹っ飛んだ。
 グラードンが吹っ飛ばされた方向とは逆の方向。それは、熱水の洞窟の迷宮へと戻る道。おそらく、誰かが自分を助けてくれたのだろう。
 ルシャはほっとした気持ちと、誰がやったのかという疑いの気持ちが混ざり、口が半開きだった。
 やがて、その道から黒い影がゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。初めは黒に染まったシルエットだったが、光が当たるにつれ、やがて体のライン、体色が露わになってくる。
 

「…誰だ…あんた…!?」
「久しぶりだねぇ。ルシャ・バークス」
「なんで俺の名前を…。ひ、久しぶり…!?お前は誰だ?」

 ルシャの体制は、グラードンに追い詰められた時から変わらず、へたりこんでいた。だが、やがて体を起こし、奴を睨み付けた。

「ポケモンになってるという噂聞いたけど、本当だったんだね。僕の事、覚えてない?」
「し、知るはずねえ。それに、なんで俺がポケモンになったっていうことを…!」
「さぁねえ?」

 エーフィからは全く敵意は感じられない。しかし、只者ではないということは強く伝わってくる。


「そんなに警戒しなくていいよ。私は君の敵じゃない。」
「…もう一度聞こう。あんたは誰だ。」
「『アリス・ルファウナ・デルタ』。それ以外の事は後でじっくり話しましょ?見ず知らずの者の正体暴く前に、まずは倒れている仲間たちに手を貸してやりなさいよ。」

 目をそらしたアリスの視線は、既に倒れたミラノたちを向いていた。それに気づいたルシャは、一目散にそこへ向かう。

「おい、一体何が目的で…あれ?」

 ルシャが背後にいるはずのアリスにそう問いかけた時には、もうアリスの姿は無かった。


* * *


 日はすっかり沈んだが、満月の光がそこを照らす。“霧の湖”巨大な岩石の頂にある広大な湖は、昼の時とはまた違った美しさがある。
 それは、誰が何回見ても「美しい」の一言しか出ない。だが、物心ついたときからこの湖を護ってきた“ユクシー”は、いまさらそんな水たまりに美しさを感じることはあまりなかった。
 それでも、ここに来るものはみな口を揃えていた。

「…超えてきましたか。もう少しでしたがね…。」

 ユクシーは、物音立てず背後に現れたアリスにそう話しかけた。アリスはというと、こりゃまいったというような、少し呆れたような顔をしていた。

「…全く。みんな私の事嫌いなんですかね?」
「嫌いではありません。私は侵入者を追い払おうとしただけです。」
「明らかに殺しにかかってましたよねそこの君。」

 冷静に話すユクシーと少しおちゃらけた対応をするアリス。2人の間には、何か見えない殺伐とした空気が漂っていた。

「…歴史は変わらないといけないの。そこにある“カギ”がその歴史を変える重要な物だということをあなたが知らないわけないでしょ。」
「歴史を変えたいのなら私を地へと墜としなさい。どんな理由があろうとも、私はこの霧の湖の番人なのです。」

 湖を見つめていたユクシーがこちらを振り向く。穏やかな口調は変わらないが、今にも“消し”そうな、殺意がこもった口調になった。
 両者の睨み合いは数秒続いた。アリスも膝を軽く曲げて戦闘態勢に入っていたのだが、やがて棒立ちになり、尻尾を振り始める。

「…いいえ。私はカギを取りに来たのではない。だが、やがて正式な使者が訪れるわ。」
「あの子たちのことかしら?」
「違います。あの子はまだカギの存在すら知らない。それに、今日、君は死なない」

 アリスはユクシーに背を向け、廊下へと戻っていった。ユクシーはその言葉に対し、何の反応も見せず、やがて広大な水たまりへと視線を元に戻した。


* * *


 廊下では、ルシャが仲間の手当てをしている。激しい戦闘のため、使う暇すらなかったオレンの実の汁をグランの傷口に垂らし、懸命に治療を続けていた。

「…ん、さっきの…。アリス、だっけ?」
「ほうほう。なかなか物覚え早いじゃない。そっちの子は大丈夫なの?」
「え、ああ…傷は深いが、治りそうではある。数十分治療していりゃ、そのうち…ん?」

 わずかに聞こえた足音。ギルドの仲間と思って振り向いたら、意外にもファルヤが歩いてきた。

「あ…親方様…。」
「…初めまして。アリスです。」
「聞いたよ。よろしくね。」
(…え?)

 ファルヤはアリスの事を知っているようだった。それよりも、いつも『ともだちともだち〜!』と愉快に自己紹介をするファルヤが静かに挨拶をしたのだ。周りにポケモンが倒れているので愉快な雰囲気を作る奴の方がおかしいが。

「時の歯車の件、だいぶ手こずっているそうですね。」
「うん。まだ犯人の素性すら掴めていないところだよ。」

 ファルヤがそう言ったそのとき、アリスの顔が少し笑ったように見えた。

「…もしよければ、その件の解決に私も協力させてもらえないでしょうか?」
「それなら全然おっけ!人員は多いに越したことはないからね。」
「ありがとうございます。」

 アリスは軽く頭を下げた。ファルヤもそれで納得した。

「んんー…」
「あ、ミラノ!」

 治療していたグランよりも先に、ミラノが早く起き上がった。初めは眠たそうな瞼をこすっていたが、見たことないエーフィと親方とルシャが目に入ると、

「ルシャ。君たちは先に行って。ルナたちのことは僕たちに任せて。ミラノはグランたちの治療を。僕はペルたちのもとへ戻る。」
「…言葉に甘えていいですか。」
「さぁ…先へ。」

 ルシャは躊躇することなく、何も言わずに洞窟の奥へと足を進めていった。廊下には守護者に薙ぎ倒された者と、アリスとミラノが残された。

「…私はこれで退きます。」
「ねえ!あなた一体…」
「いえ、いずれ、また会いますよ。時の歯車の騒動の中で…」

 アリスはそう言い残して、来た道を戻っていった。結局ミラノは状況を全く理解することができず、口が半開きになってただ茫然と闇の中に歩いて行ったアリスを見つめるしかなかった。

* * *


 廊下を抜けると、そこには月の光に照らされた広大な湖が広がっている。彩がある光景に、警戒を怠らなかったルシャの心も少し惹きこまれた。
 そのとき、ルシャの目の前に光の球体が幾つも現れた。一粒の大きさはちょうどみかんと同じくらいの大きさだ。
 やがて、その光は一点に集中し始め、集まるにつれて球体の輝きも増していった。

「なんだ…何かが集中して…」

 光の球体は、やがて球としての形を失っていき、小さな人のような、いや、胎児のような頭でっかちのシルエットへと変化していく。
 そして、肉眼でポケモンだと確認できるほどまでに輝きを失う。ルシャは、すぐにわかった。

「…初めまして。そして、ようこそ。霧の湖へ…」
「お、お前は…」
「私は『ユクシー』。霧の湖の番人です。さて、聞きましょうか。あなた方は何故ここに来たのでしょうか?」
「…探検家だから。そしてお前は俺の記憶を消すのか?」
「あなたが悪意のある探検家と判断した場合…。」

 ユクシーは目をつぶったまま、質問と応答を続ける。そういう種族だから仕方ないと言えば仕方ないのだが。

「…あなたは私の事を少し知っているようですね。それに、あの“おもちゃ”もわかっていましたか。」

 ああ。そうともさ。
 ルシャは心の中でそう呟いた。
 “おもちゃ”とは、さっきのグラードンと、洞窟前の石像のことだ。ルシャはいつからか、気づいていた。
 物騒な石像で探検家の心を惑わせ、さらにその実物と戦わせることで探検家の精神を侵していく“おもちゃ”ということを。
 なるべく気づかれないようにしていたが、なんとバレてしまった。これじゃ霧の湖の仕組みを把握された怪しい者だと判断され、記憶消去されてしまう。どうにかして『ギルドの遠征の一環』ということを伝えなければ・・・・・

「何を考えてらっしゃるのですか?」
「…どういう意味だ」
「急に月を眺め始めて。」
「なあに。ちょっとした考え事さ。でも、お前のその顔から察するに、どうやら俺たちの記憶を消す気満々だな。」
「それが、この霧の湖を護る手段…です。」

 ルシャは、ユクシーの言葉の中に敵意が徐々に織り込まれていくのを感じ取っていた。それは、ルシャの事を信用していない証拠だ。当然だろう。まだ証拠になるものを言ってないし、ないからだ。
 “ファルヤのギルドの一員”。そう言えば、少しは説得できるだろうか。ルシャは目を閉じ、深呼吸をする。そしてゆっくり目を開き、ユクシーと視線を合わせる。

「…俺は霧の湖の存在を証明するため、此処に来た。幻と言われているから。あなたも気づいてるでしょう?俺と同じ目的を持つものが何人かいることを。
 俺はかの有名なファルヤを親方としたギルドの一員だ。俺や俺の仲間は濃霧の森をくぐり、石像の謎を解き、そしてこの場所に着いたんだ。」

 ユクシーは黙って話を聞いていた。今のところ、記憶を消す様子は見えない。
 ずっとユクシーの目を見て話をしていたルシャだが、話を一旦止めると、ユクシーの後ろにある“緑色の光”に目を向けた。

「あの光の正体はなんなのか…ユクシー。お前がその疑問を悪とみなすなら、俺はその疑問を疑問で終える。だが…己の限界を超え、此処へやってきた俺の仲間のことを思うと……“霧の湖は幻ではない”その事実だけは伝えたいんだ。」
「…なるほど。あなたの仰りたいことはわかりました。だが、あなた1人の弁解だけで他の者を霧の湖へと入れるつもりはありません。
 …丁度、あの者たちも起き上がりました。」

 ユクシーはそういうと、ルシャを念力が実体化したもので造られた檻の中に閉じ込め、そして姿を消した。
 ルシャはその檻から出ようとはしなかった。


* * *


 ミラノが頭の中で自問自答を繰り返していると、足元で何かが唸るような声がした。

「グ、グラン!」
「おうミラノ。もう起きてたか」

 グランが起き上がったのを皮切りに、ジュアやユミもみな起き上がり始める。起き上がらない者といえば、原因不明に倒れているグラードンだった。

「…ルシャがグラードンをやったのか?」
「わからない。私途中で倒されて…。」
「俺もだ。疑ってるわけじゃないんだが、あれほどの防御力を持ったグラードンがたかがピカチュウ一匹に倒されるなんてこと…。」

 グランがそう言っていると、倒れるグラードンが急に強烈な光を放ち始めた。

「な、んだ…!!」
「まずい!視界が眩む…!」

 やがて、目の前が真っ白になる。そのあまりの眩しさに一行は目を瞑ったが、その光は瞼を貫いて眼球を突くほどの強烈な輝きが襲い掛かる。そして、光は弱まり視界が良好になると、全員が真っ先に気付いた。

「グラードンが消えた…!?」
「まさか、そんなことが…」

 一行がうろたえていると、どこからともなく不思議な声が聞こえた。“あのグラードンは、私が創りだした物です。”と。

「誰だ?どこにいる!!」
「あなたたちの目の前にいます。」

 そう言われ視線をまっすぐに向けると、やはり洞窟の壁しかない。ポケモンの存在なんて、どこにも確認できない。
 しかし、存在は目視できなくても、気配のようなものは察知することができた。
 グラードンはこんな声は出さない。ルシャがいるわけでもない。心に響いてくるような、静かで研ぎ澄まされた細い声。その声は淡々と一行に話しかけた。

「私は霧の湖の番人です。私は、あなたたちをこの先へは通すわけにはいきません。」
「ちょっと待ってよ!私たちはグラードンが言っているようにこの場所に危害を加えに来たわけではない…!でも、私たちには確かめたいことがあるの!!」
「確かめたいこと?」

 そういうと、ミラノはルナを見た。ルナは一瞬戸惑っていた様子だが、頷いて応えた。グランやジュアは“確かめたいこと”の意味がわからなかったが、とりあえず必死で話すミラノに耳を傾けた。

「私の言っていることをあなたは疑っているのかもしれないけど、嘘なんかじゃない!
…私たちはファルヤのギルドに所属する探検家だから、必死な思いで此処に辿り着いたからには、お土産とか、お宝とか、そんな収穫があったら嬉しいよ。
 でもっ!それがあなたにとって悪いことになるんだったら、私たちはそんなものは全然要らない!!
 ただ、私たちはここに辿り着いたことがうれしいの!!」

 誰が話しているのかもわからない声に、ミラノは懸命に訴えた。その声の主のユクシーは、姿を現さぬまま、しばらく考え込んだ。
 
 


 “己の限界を超え、此処へやってきた俺の仲間のことを思うと……”
 “必死な思いで此処に辿り着いたからには、”
 


 “その疑問を悪とみなすなら、俺はその疑問を疑問で終える”
 “それがあなたにとって悪いことになるんだったら、私たちはそんなものは全然要らない!!”

 



 確かに、あのピカチュウとこのイーブイの言っていることは少し似ている。となると、そして、似ているではなく一致しているというのは“ファルヤのギルドに所属”…
…。

「わかりました。あなたたちを信じましょう。改めて自己紹介させていただきます。私は霧の湖の番人、ユクシーです…。」

 その言葉と共に、光の粒がミラノたちの目の前に現れた。そして、ルシャの前に現れた時と同じように、やがてその光の粒はポケモンの姿へと変わっていく…。

 まずはその希望というものに応えてみよう。悪心を持った者と判断して記憶を消すのは、それからでもいいだろう…。ユクシーはその考えを自分でも甘いと感じていたが、それでも必死に訴えたミラノたちに向き合おうと決めた。

 光の集合体は、やがて何者かに姿を変えていく。黄色と白の鮮やかな体色。額には赤く輝く宝石。閉じた瞳。
 ユクシーは、はっきりと姿を現した。

「…見えるのか?」
「はい。普段は目を閉じていますが、あなたたちの姿ははっきりと見えていますよ。」

 小さな体を見て、ユクシーを除く全員が思った。これまで礼儀正しく、穏やかなポケモンが他人の記憶を消すだなんて…。超能力の一言で済むのエスパータイプとはいえ、ポケモンとは不思議なものである。

 ユクシーはちらりと後ろに視線を向けた。ミラノから見たら向かい側にある。ミラノはそこに視線を向けると、ここから遠くない場所に不気味な紫色に輝く檻の中にルシャが閉じ込められているのを見た。

「おいっ!!ルシャっ!!」

 グランもそれに気づき、怒ったような声でルシャに叫んだ。向こう側をぼーっと見つめていたルシャもそれに気づき、こちらを振り返る。けれどルシャは“俺は大丈夫だ。心配するな”と言いたげに、こちらに拳を突きつけた。
 それを見た一行もほっとした表情を見せた。

「…先ほども言いましたが、私は霧の湖を護る者。あのピカチュウは今回の一匹目の侵入者でしたが、彼が侵入していなければ、私はあなたがたと交渉していませんでした。
 あなたがたが霧の湖に何が存在しているかを知らないということ。有形の物ではなく、無形の、真実を追い求めているということ。それを前提に、私はあなたたちの前に現れました。」

 ユクシーは淡々と告げた。自分たちが倒された間に何があったのかは知らないが、自分勝手なことをしたと思っていた自分は哀れだな…。グランはルシャに頭を下げた。

「今から、霧の湖へ案内します。どうぞこちらへ…。」

 一行もユクシーの事を最初は警戒してたが、番人が敵であるはずの自分たちに背を向けるその姿を見て、ユクシーを信じて一行は歩き始めた。


 




 その様子を檻の中から見ていたルシャは、こう思った。


“…こいつは俺の記憶の事をしらないな”







■筆者メッセージ

アサシオ ( 2016/06/21(火) 18:12 )