33 VS最後の関門 グラードン
日はすっかり沈み、物騒だった森も静寂に包まれる。
「…あれ?予定ではここにいるはずなんだけどな…。」
グラードンの石像の前に突如現れたのはエーフィ。アリス・ルファウナ・デルタ。
ごつごつとしていながらもどこか神秘的な雰囲気が漂う石像をみながらアリスは独り言を呟いた。
(…予定なら、ルシャがここに到達したときに私が不意に現れて、かっこつけた自己紹介するはずだったんだけどな〜〜)
アリスが石像を見上げながらそんなことを思っていると、今まで気づかなかったことに気付いた。
(あれ、空晴れてる…。もしや謎を解いたのでは…)
夜。世界はすっかり闇夜に溺れ、明日の光を待ちわびる。だが、空には雲一点も無い。
昼に暖まった地面の熱が雲に妨害されることなく空へと逃げていくため、少し寒い。
グラードンの石像の左胸の部分には、あるはずの窪みが埋まっている。ルシャたちが謎を解いたということをアリスは理解した。
「ほほう。あの子なかなかやりますねぇ。今頃例の『ばんにん』とかいう奴と戦っているのでしょうか…ちょいと急ぎますか。…くしゅん!」
アリスは少し身を震わせ、岩の裂け目へと静かに走っていった。
「おっらぁッ」
鞭の様に撓る尾がグラードンの脇腹を襲う。ルシャの渾身の一撃はグラードンの硬い身体には傷一つつけることすらできなかった。
「物理技は奴にはほぼ効かん!大きなダメージを与え続けるしかない!」
グランがそう叫ぶ。しかし、グランが言うこと通りにすれば、物理技が得意なグランは前線を張ることができない。それはミラノも同じだった。
「ジュア。お前を中心にした戦法にする。ルシャとルナは奴の警戒心を引き寄せ、奴の攻撃を避け続けろ!」
「へ!?地面タイプだから不利だよ!?」
「避け続けるんだ!お前らに警戒させ、その間にジュアが畳みかけるという形だ!」
「へぇ…ならしゃあねえ。挑発させりゃいいんだろ。」
無理はするなよとグランが叫ぶが、ルシャは構わずグラードンへと身を突っ込ませた。
「おら、これでどうなんだ!」
ルシャが全力で電撃をグラードンの顔に撃った。しかし、頑丈な体が通電を許さない。だが、これで注意を引き寄せることができた。
「よしっ!『バブル光線』!!」
反動でジュアの体が後ろに跳ねる程の渾身のバブル光線は、グラードンの無防備な脇腹へと襲い掛かった。その威力で土煙が舞い上がるが、泡の湿気ですぐに収まった。
「お前…」
「うげっ、こっちに…」
怒ったグラードンがジュアに目標を定める。火の玉を放とうとグラードンが口を大きく開き、エネルギー弾が口の中に込められる。
「そこだぁ!!」
だが、グランがすぐさまグラードンの頭を蹴り、口を強制的に閉じる。しかも、逃げ場がなくなったエネルギー弾が口の中で暴発した。
「よしっ!いいぞグラン!」
「そっか、私もああいうことを…」
ミラノは思い出した。トゲトゲ山の時、自分もあんな風にムーンの攻撃の妨害をし続けていた。今度はジュアやルシャ、ルナのために妨害をすればいい。今まで浮いていた心がようやく一つにまとまり、歯をぐっと食いしばった。
だが、グラードンの顔を包んでいた煙が振り払われたと思ったら、そこから火の玉がルナに向かって飛んで行った。
「へーい。カモンカモン」
「なっ、ルナ…」
しかし、火の玉がルナに直撃するのかと思ったが、まるで吸い込まれるかのように火の玉はルナの肉体に吸収された。
「ルナの特性は『貰い火』だ。火の攻撃は、逆にルナの攻撃力を格段に上げる。
自分の攻撃が吸収されて警戒したのか、グラードンはルナに目標を定め、地面を思いっきり蹴って生じた土の塊でルナを攻撃した。
「がっ…!?」
「『マッドショット』か。厄介な技を使いやがる。だがなぁ」
ジュアが再び反撃。今度は近距離からの『バブル光線』がグラードンに炸裂する。だが、致命的なダメージを負わせたというわけではない。
「ルシャ!ミラノ!今度は俺たちだ!!」
「おうっ!」
「うんっ!」
グランの号令で3人がバラバラにグラードンへ突っ込む。それぞれが全力で攻撃をグラードンへと撃ち込むが、それもこの戦闘ではただの妨害行為にしかならない。
やがてグラードンの右腕が3人を扇ぐように振り払い、風圧と衝撃で大きく吹っ飛ばされる。
そこからジュアが反撃するというのが定石なのだが、今度はユミがグラードンの背後に回り、首元に『雷パンチ』を喰らわせた。
「がっ!?」
ダメージはほぼ皆無に等しい。だが、神経が集中する首元に強い電流を流したことで、グラードンの動きを鈍くさせることに成功した。
ここからジュアとグランが畳みかける。共に間合いを一気に詰め、最大火力の技をグラードンへ放つ。
「『はっけい』!!」
「『バブル光線』!!」
強烈な一撃がグラードンへ撃ち込まれる。普通ならこれでノックアウトだ。これだけのダメージを与え、さらにこの止めとも言える必殺の技を叩き込んだのだ。だが、グラードンは足を地面に擦りながらもなんとか耐えた。
「くそっ!どこまで硬いんだこいつ!!」
「グラン!油断するな!!」
ジュアの叫びは遅かった。グランが攻撃の手を少し緩めた瞬間、グラードンの右腕の軌道がグランへと襲い掛かった。
凶悪な爪で体を切り裂かれ、グランの体から血が跳ねる。足が地面から引き剥がされ、衝撃と共にグランは壁へと叩きつけられた。
「グラン!!」
押せ押せだった流れをたった一発で止めるこの威力。グランが壁に叩きつけられてからの数秒は、誰も反撃へと向かわなかった。
(運が悪いな…麻痺がこんなにも早く切れるとは…)
「ジュア!ここからよ!グランが戻るまで、私たちでどうにかするの!!」
「あ、ああ!」
そうはさせぬとグラードンが再び動く。
グラードンが火の玉をミラノとルシャに向かって二発発射。だが、それを2人はなんとか避ける。
続いてジュアに爪で襲い掛かる。これをジュアはかすめながらも避けるが、グラードンはバランスを崩したジュアを逃さず火の玉の爆風で遠くへ吹き飛ばす。
「! まずい!逃げるミラノ!ユミ!ルナ!!」
反撃する者がいない。グラードンは追い打ちをかけるように『マッドショット』をあてずっぽうに放つ。
「ぐっ…はッ…!」
だが、これがルナへの致命的なダメージとなる。グランと同じように壁へ叩きつけられた。
「隙を見せたなッ!!」
ジュアが再び戦況へと戻り、お返しだと言わんばかりに『バブル光線』を放つ。遠距離でも衰えないその威力は、泡が弾丸と化してグラードンの脇腹へとヒットした。
「…効いてないか…!」
「…そろそろ失せてもらおうか」
(なにっ!?)
理性がないポケモンだと思っていたら、そうではなかった。言葉を話す。意思がある。ただの戦闘マシーンと思っていたが、それに思考力が働いていると思うと、さらにこいつの突破は難しくなっていた。
* * *
遠征の現在の状況を詳しく纏めると、ルシャとグランのグループは同行。そして現在はグラードンと戦闘中。
一方のギルドのメンバーは、熱水の洞窟を探索中。ルシャたちと合流する気配は全くなし。
ギルドのメンバーは各々霧の湖への正規ルートを辿っている。
しかし、ギルドの者だけではない。熱水の洞窟を目指す者はもう1人いた。
そう。アリスである。ペルたちが熱水の洞窟に侵入した直後に濃霧の森を単体で突破し、現在熱水の洞窟を探索中である。
「『サイコキネシス』っと…」
軽く放った破壊力抜群の技が、マグカルゴの体を突き抜け、屍がその場に倒れる。
戦闘のものとは別に、この洞窟の暑さと湿気でエーフィは汗をかいていた。
「ふぅ〜…天候を予知することはできても、対策出来ないからなぁ…」
そう呟きながら、カバンから取り出したリンゴを齧り始める。サクッという音と共に果汁が口から零れ、地面に落ちると、熱い鉄板に水を敷いたような音がした。
(…今頃戦闘中かな…ここの番人はルシャたちにとっては強敵かもしれないね〜。)
リンゴを食べながら、そんなことを呑気に思っていた。
見上げた空は、雲一点もなく、星で輝いている。
「ペル!そろそろ休憩じゃないか…!?」
「いや!この場所は早く抜けなければならない!いるかもしれないのだ!グラードンが!!」
「はぁ!?俺たちはグラードンに追われてるって言うのかよい!?」
ペルは口を思いっきり噛みしめた。言いたくないが、言わなければならない。ペルはとうとう決心した。
「この先でルシャとグラードンが戦っているかもしれないんだよ!!」
「何を言ってるんですか!!あれは石像じゃ…!」
「霧の謎を解いたことで石像のポケモンが実体化して動き出した可能性があるんだ!!証拠に、洞窟に入る時に何かの叫び声が聞こえただろ!!」
「だとしても…!」
ああいう不可解な石像は、何かの伏線だ。それがあの叫び声によって回収されたのだ。ペルはそう思っていた。いや、思い込んでいた。それが現実であってほしくないから。
だが、現にルシャたちはペルの予感通りグラードンと戦っている。
「ッ…」
だが、戦況は既に変わっていた。
ミラノ、ユミ、ルナが倒され、残りはルシャ、グラン、ジュア。しかし、3人とも体力はもう残っていない。息は切れ、体中には無数に刻み込まれた切り傷。火の玉を直に受けたのか、ジュアの胸には焼け跡がついていた。
「くそっ…がぁぁぁあああ!!!」
ジュアが全力で放った『バブル光線』も、もう威力はなかった。グラードンの右腕が泡同然の攻撃を割り、とどめの火の玉がジュアへと撃ち込まれた。
ジュアも倒れた。もう、反撃する気力も体力も、取り残された2人には残っていなかった。
「…なかなかの実力だった。だが!!お前たちはここで散ってもらうッ!!」
グラードンは、大きく口を開いた。