30 ハチの巣を逆さまにしたような
「…抜けた…のか?」
ルシャは森の変化を僅かながら感じ取った。霧の深さは変わることは無い。しかし、何故か木の数がごっそりと減り、そして雨が降っているようなそんな音がした。
雨のような音の原因はわからないが、木の数が減ったことから、開けた場所に出たことは確かだった。
「抜けたな。敵の気配も感じないし、とりあえずダンジョンを抜けることはできたな」
「…でも」
ミラノが不安そうにつぶやいた2文字の言葉。その先のミラノが言いたい言葉はルシャもグランもわかっていて、表情が少し暗くなる。
「…ああ。謎はまだ解いていない。霧の湖は…ん?」
グランが見つめる先には、死に物狂いで手を振るスアザが居た。
「へいへーい!お前たちは何か掴めたのかい?」
「いや、全然…そっちは?」
「俺もさっぱりだよへいへーい…」
HEYって暗い気持ちでもいう言葉なのだろうか。
まず、ルシャはそれよりもボロボロのスアザの様子が気になった。
「なあ。なんでそんなボロボロなん?」
「ん?ああ、ちょっと強敵と会ってな…」
そう言い、スアザは痣が付いた自慢のハサミを見て少し落ち込んだ。
「それよりもよ。なんか気になることがあるんだが…」
「…気になること…か?」
「えっと…まあ、言葉で説明するより、実際に見た方が早いかもしれねえ。ついて来てくれ!」
結構離れた場所にあるのかと思うと、少し走るとすぐの場所にそれはあった。何度も言うが、霧のせいで数メートル先の世界すら全く見えないのだ。
そして、その見えてきた物を見て俺たちは思わず「おお…」と声を漏らした。予想以上の大きさと迫力だったのだ。
その正体は、何かの石像だった。しかし、置かれているのではなく、まるで置き去られたかのように石像の台の角が地面に突き刺さっており、それだけで立っているという異様な光景だった。
「あ、これ私わかるかも…」
「俺もだ。確か、『グラードン』。数億年前に実在した大陸を創った伝説のポケモン」
グランの説明で、場に緊張が走った。だが、ルシャはそれよりも疑問があった。
「なあ…なんでこんな霧の深い森のど真ん中にそんなポケモンの象があるんだ?」
「そ、そこまでは知らないけどな…」
「まあ調べたらわかるかも。私行ってみるよ」
ミラノが象の周りを歩き始め、何か探検のカギになりそうな部分を探した。すると、丁度俺たちの反対側に来たとき、ミラノが何かに気付いた。
「ねえ!こっち何か書いてあるよ?」
「象の説明?いや、古代のもんにそんな物はないな。なんだろう」
なんだろうと思いながらミラノのところへ駆け寄ると、何やらルシャたちにとっては解読不能な文字がずらりと刻まれていた。
「足形文字だね。私が読んでみるよ」
「…ミラノそんなもの読めたのか」
「うん。ギルドに入るまで勉強してたんだもん。いざというときにっ。みたいな?」
ミラノが少し照れ笑いを見せた。しかし、文字を読むとなると、一気に真剣な表情となった。
「えっと…『グラードンの心臓に命灯し 空は晴れ 宝の道開くなり』…だって…」
「HEY!宝の道だってよぉ!こりゃー解くしかないぜヘイヘイ!!」
「まあ、とりあえずはこの文の意味を知ることだな」
グランが冷静な口調で言うと、場は静まり返った。ピンとした空気が張り詰める中、ルシャが口を開いた。
「空は晴れ、ということはこの霧を払う術があるってことだな」
「それで、その方法がグラードンの心臓に命を灯すってこと…」
「そして宝の道が開く…。意味を知るとなかなか単純だな」
意味はわかったがしかし、その言葉通りにするのが難しかった。
「…命を灯す…か。ということは何かを心臓に嵌めればいいということだな」
グランがグラードンの胸を見ながらそう言った。確かに、石像の胸の部分はちょうど握りこぶしと同じぐらいの窪みがある。そこに命と例えられる何かを嵌めればいいということだ。
「そだ!ルシャ、これに触ってみてよ。ルシャなら何か見えるかもしれないよ?」
「…俺もそう思っていた。やってみるか」
ルシャはそう言い、ミラノの隣に立ち、目の前に刻まれている足形文字を睨み付けるようにじっと見た。そして、右手を伸ばして石像に触れた。
「…どお?」
ミラノが呼びかけたその瞬間、あの時と同じようにめまいが起きた。
そして、意識が飛んだ。
そうかッ! ここにッ! ここに…があるのかッ!!
そして意識が戻った。謎の声に驚くルシャ。しかし、めまいは再び起こった。
(…ぐっ…立て続けにか…)
聞こえてきたのは、先ほどの声と同じだった。
そうか。グラードンの心臓に『日照り石』を嵌める。それで霧は晴れるのか。 流石は俺のパートナーだ!
再び意識が戻った。しかし、今まで見えたものとは大きく異なっていた。
映像も無ければ、未来か過去かもわからない。ただ、青年の声が聞こえてきただけだった。もちろん、ルシャはその声の主が誰であるかなんて知る由もない。
「…見えた?」
「ああ。」
ルシャは簡単に返し、今の声が何を意味するのかを頭の中で模索し始めた。
(…日照り石を嵌める。そして、霧が晴れる…か。ん?石って…)
石といえば。濃霧の森を探索する直前、ルナが拾ってきた赤く輝く石。熱を帯びており、汚れた部分が無いどこか神秘的な石だったことから、『日照り』という言葉と何かが結びついていた。
「…ミラノ。ルナ先輩が拾ってきたあの石持ってるか?」
「え?あ、うん。もちろん持ってるよ。」
「貸してくれ。」
ルシャはミラノから石を受け取ると、再び石像の正面の所へと立った。確かに、石と窪みの大きさは同じぐらいだ。
「! まさか、それを…」
「ああ。たぶん、これが正解だはず」
ルシャはそういうと、石を窪みへとはめ込んだ。サイズはピッタリだった。「やった!」とミラノが叫んだ瞬間、後方の木々が騒めくほどの地響きが起こった。
「な、なんだ…」
スアザが混乱していると、石像の目が赤く不気味に光った。そして、地響きは更に激しさを増した。
「こ、ここにいると危ない!逃げろ!!」
グランが叫ぶと同時に皆逃げ出したが、石像から目をつぶりたくなるほどの激しい閃光が起こり、視界は真っ白になった。
やがて光が収まると、今まで辺りを被いつくしていた霧が完全に晴れた。今まで薄暗かった分、しばらくぶりに見た太陽の光が少し眩しかった。
「…あ、俺たちの近くにこんな水たまりあったんだな」
スアザがそう言うので見てみると、確かに少し大きめの水たまりが石像を挟むようにして溜まっていて、上からは滝が流れ、それで水たまりを満たしていた。
「あっ!」
「どうしたんだよミラノ」
「ねえっ!上見てよ上上!!」
ミラノが珍しく興奮しながら言うものだから、なんだと言いながら上を見上げた。すると、目を疑いたくなるような光景が広がっていた。
「…今まで霧で全然見えなかったけどさ。やっと確信したよ」
「ああ。きっと、霧の湖はあそこにあるんだ!!」
霧が晴れたおかげで、現場からだけじゃなく、遠方からもそれを確認することができた。
ツノ山の隣に、ツノ山よりもさらに大きい山があった。その山の頂上からは、その光景をはっきりと目にすることができた。
その山の麓では、こんな噂が流れた。
『濃霧の森に、まるでハチの巣を逆さまにしたような形状の巨大な岩が現れた』と。