29 濃霧の森
「ちっ…!作戦通りにやった結果がこれだぜ!」
「うるせーな。まずお前が考えた作戦だろーが。敵と戦いたくないからって霧を言い訳にして逃げやがって」
現在濃霧の森5階。ここに来るまで問題は無かったのだが、この5階にきて敵に追い詰められた。
というのも、今まで霧の中戦うのは不利だから敵はほぼ無視して進んでいこうという計画をルシャが計画し、4階までは問題なく進んでいた。
だが、5階に入って無視し続けた敵に追い回され、ダンジョンの行き止まり部屋に追い詰められたという形に現在なっている。
「…どうするの?2人とも」
「どうするって…もう強行突破じゃねえの?」
既に追手は自分の縄張りに無断侵入して逃げられているので、当然ながら怒っている。そろそろカタをつけるころだろうといい加減に思ったのか、ルシャは肩に背負っていたトレジャーバッグをミラノに投げ渡した。
「不思議珠はこっちでストックしているから。まあ危ないなら『バクスイ珠』でも使うよ」
「おっけ」
『ガルル…』
ルシャとグランの目の前では、血に飢えた野獣と言えば大袈裟かもしれないが、今にも襲い掛かってきそうなポケモンがずらりと並んでいた。それでも、2人は冷静だった。
それに、ルシャはグランの集団の相手の仕方を見るのが初めてだった。
「うがぁぁぁあああ!!」
怒る敵ポケモンの1匹が叫び、それを号令にするかのように敵がこちらへ突っ込んできた。
「っしゃ行くぞグラン!」
太陽はまだ暑く、高い。それでも、その場所は何故か闇夜のように暗かった。
『暗夜の森』。あまりにうっそうとしすぎたため、一日中夜のように暗い森となったため、いつしかこう呼ばれているようになっていた。もちろん、森の中には夜行性の不気味なポケモンが数多く住んでいる。暗さとポケモンの種類、その不気味さにダンジョンに立ち入る者すら少ない。だが、それを利用して誰にもバレない密会を開く者が多い。
ある3匹のポケモンがこの森に会す。
「話ってなんだ!わしはてめぇーみてえに暇じゃねぇんだぞコラァ!」
そのうちの一匹。一人称が『わし』だが、若い男性である。種族は『サイドン』。サイドンが喧嘩を売るような大声で怒鳴ると、静寂な森のポケモンが一斉にサイドンの方を見た。
「…その様子だと、お前はまだ知らないようねぇ」
「なんだコラァ!?さっさと聞かせろボケ!」
怒るサイドンに涼しい顔をして返す『ブニャット』。その隣には、先ほど来たのであろう、『ライチュウ』がいた。
「まあそう慌てんな。…つっても、焦らなきゃいけないけどな。星の調査団への緊急連絡が先ほど届いたんだ」
「? なんじゃそれ?」
緊急連絡。そう聞いて、サイドンの顔から怒りが消え、それと代わるように焦りの色が出た。緊急とマジで聞けば大抵の者は少し驚くだろうが。
「…昨日の夜だ。『イーブル』が現れたとのことだ」
「や、奴がとうとう現れたのかい!」
サイドンは更に焦りながらブニャットに返した。焦るサイドンをよそに、ブニャットはバッグから煙草を取り出し、火をつけた。
サイドンがクソ野郎呼ばわりする辺り、そのイーブルという者はこの3人から敵対する関係だということがわかる。
「だったら早く動かなければいかんじゃろうが!奴の目的はとうに知れとるわい!」
「それが、奴が今どこにいるのか全く掴めないのだ」
「なにっ!?」
「あいつは種族的にアタイたちとは違う別次元へと移動できる存在というのはわれもわかっとろう。そこに隠れて都合がいい時に姿を現す。ということはお前も知っているはずだ」
数秒間。やや長い静寂が暗夜の森に流れた。少々強い風が3人の間を突き抜け、森や草原を騒がせながらどこかへ吹き去っていく。
「…どこに現れるのかは検討はついとるのか?」
「おそらくだけど、ルシャの目の前に直接現れるだろーよ。あいつは仮面を被ってファルヤのギルドへ行くと思うね」と、ライチュウ。
「流石のファルヤでもイーブルの正体を見抜くことは不可能と思うな。イーブルは慎重な性格だ。ルシャを直接殺すのではなく、ある程度計画通りに進ませてその流れでルシャを殺すだろう」
「だったらギルドにわしらが行けばいいじゃねえか!」
「運悪くギルドは遠征でどこかに行っている…いつギルドに帰ってくるかもわからん」
なんて都合が悪いんだ。これじゃ対策すらできない。サイドンは心から悔やみ、がっくりと膝を地面に付いた。
「はいっ!はいよぉ!!そぉい!」
ヒュンヒュンと空気を切る高い音が響き渡る。その音の正体はルシャの持つ木の枝だった。
「おい。遊ぶな」
「いいじゃん。これのおかげで敵が近づいてこねえんだぜ」
といっても、ルシャが木の棒をビュンビュン振り回して敵を威嚇しているだけである。このアホ度にはミラノもグランも苦笑いだった。
しかし、振り回してる途中にルシャが何かを思いついたかのようににやりとわかりやすい笑顔を見せた。
「はいはい。わかりました。捨てますよ。ほらよっと」
ルシャがぶっきらぼうに吐き捨てながら木の棒を上に投げ捨てた。敵ポケモンは皆投げ捨てられた木の棒に釘付けになった。
「おっっらァァ!!」
油断していた敵に向かってフルパワーで電撃を撃ち込んだ。ルシャが投げた木の枝に気を取られた敵ポケモン共は高圧電流を真正面から喰らい、やがて体から黒い煙を出しながらばたりと倒れた。
「どや?」
「黙れ。ただ相手を油断させてその隙に攻撃しただけだろうが」
「そう言いながらグランも木の棒に視線行ってたじゃねえか」
「それはそうだけどな…」
やがてルシャがグランを見下す形となる。これにはミラノもやれやれである。
「っしゃ。とりあえず階段を探すか」
「あ、ああ…」
むふーと大きく息を鼻から吐き、上機嫌でルシャは地面を踏みしめて歩いて行った。その様子を見て、グランとミラノはお互い顔を見合わせて首を傾げた。
「…なんか落ち着くとこもあったら暴走するところもあって、おかしい奴だな」
「気分がコロコロ変わるんだよね…でも、いざとなったらやるから」
つーんとした表情でミラノは答えたが、そんな気が抜けたような言葉のどこかに信頼感というか、そういう何かをグランは感じた。
「…俺もそういう感じかなぁ」
「何が?」
何かを思い出すように、グランは空を見上げた。
「俺も探検隊始めたころは、ルナにしょっちゅう振り回されてさ。俺たちの場合は2人居たからまだよかったけど」
2人がかりとはいえ、火を扱い、さらに頭脳が高いルナを抑えるのはどれほど至難の業なのだろう。ミラノは苦笑いしながらそう考えた。
幾つかのチームに分かれて濃霧の森の探索が行われているわけだが、どこも大きな事故は無く進んでいった。しかし、誰一人として湖を見つけるどころか、濃霧の森の突破すらできていない状態であった。
しかし、濃霧の森の西側を探索するバビル、スアザ、ゲルガ、ジーラの男性陣チームにこんな出来事が起きた。
「がはっ」
「ぐぁああ…」
バビル、スアザ、ゲルガ、ジーラの四人が、何者かに完膚なきまでに叩きのめされたのだ。しかも、その周りに足跡は少ないということから、群れではなく単体にやられたということであった。
それに、4人に引っ掻いたとか、斬ったなどの傷は見られない。
強い衝撃波や念力で吹っ飛ばされ、その際にできた痣であった。
「…てめぇ…一体何者…だ…」
バビルが声を振り絞って訊いた相手は、傷一つも息を切らすこともしないエーフィだった。
「ごめんねぇ。暇つぶしするには物足りない相手だったよ。ところでさ、ルシャ君の場所わかる?」
殺意に満ちた表情でエーフィはバビルに聞き返した。それを見たスアザが、もう勘弁してくれというような様子で言った。
「ルシャなら、濃霧の森を探索してる途中だはず…だから、もう去ってくれ…」
「はいはい。じゃ、もう行くね〜」
とても実力が高い4人をフルボッコにした後の体力ではなかった。鼻歌を歌いながら霧が深い森へと姿を消していった。