26 銀色の風
「そろそろじゃないかな」
ミラノがそう言いながら階段を上ると、今までの地形とは明らかに違う場所に出た。
今まで湿気が漂い、しかし日が洞窟を温めず涼しい場所だった洞窟から、いきなりゴツゴツとした山道へと出た。
「洞窟抜けたか。地図を見てみれば、この山を越えればベースキャンプだ」
洞窟は、ミラノの作戦通り、俺とユミが前線を張って進んだ。予想通り水ポケモンが主だったので、特に大きなダメージを受けることなく山なし谷なしで進んでいった。
ただ、ちょうど目の前に立ち塞がる、通称『ツノ山』。その名の通り角のように山頂が尖っており、下を見てみると現在地がかなり高い位置にいることがわかる。
これがベースキャンプ前に立ちはだかる壁である。
「山って、結構色んなポケモンが居るんでゲスよね…」
「それは思う。前のトゲトゲ山でも岩タイプとかゴツゴツしてるやつばっかりかなと思ってたら、ムックルとかイトマルとか予想外のポケモンがいたし」
しかもトゲトゲ山と違い、野生ポケモンの食糧となる草もところどころに生えているので、トゲトゲ山よりも生態系が多いということになる。
「とりあえず、どんな相手も先手必勝で臨む。敵を見かけたら投擲道具を使って攻撃。それから力を抜いた技で仕留めるという省エネ戦法。複数のポケモンに会ったら、不思議珠が何個かあるから、それを使って柔軟に対応するように」
「わかりました!」
「おーけっ。じゃ、進むか」
さっきもそうだったが、ミラノは探索のプランを考えるのが上手い。
さきほどの洞窟でも、俺が一番苦手とする地面タイプの『トリトドン』が背後から不意に現れたところをミラノが瞬時に対応してくれた。いつものように俺が後退していたら確実にやられているところだったのである。
やはり、予想通り様々なポケモンが生息している。1階現在で、既に『アリアドス』、『プテラ』と4タイプと対戦している。
「だけど、体力はそこまで高くないな」
「そだね。そこは案外だった。でも、予定より楽に進むかも」
だが、やはりどのダンジョンも簡単にいかない相手がいるものだ。
現在4階。新たに出会った「なんじゃこれ」と思った敵がいきなり猛威を振るい始めた。
「ぬおおおがあああ!!」
「何コイツ…全然近づけきゃああああ!!」
俺たちのそんな叫びを無視しながら無表情で攻撃を続けるのは『モルフォン』だった。
4階に移動した際、通路に入るところにそいつがいて、距離が離れていたため投擲道具を準備しようとすると、『銀色の風』とかいう意味わからん風を起こしてきたのだ。
しかもそれから何故か行動速度が異常に早くなり、回復させる暇も与えず風を起こし続けるのだ。
「だあもう!!消え失せろこの野郎が!!」
八つ当たりの電気ショック。というか、八つ当たり以外の何物でもない。怒り交じりに電撃を撃つ。
しかし、モルフォンは特に動じることなく、敵意を露に俺達を見つめていた。
「はっ...!?」
今までのダンジョンで猛威を振るった我が電気ショックが真顔で止められた。多少相性が悪くとも、決まりさえすれば相手のライフの半分以上は削った電撃が、たかが虫ポケモンに止められた。
「さっきの『銀色の風』は、稀に移動速度・攻撃力・防御力を全て上げる技なんでゲス!」
「なぁにその反則技!?」
ミラノでも技の猛威までは知らなかったのか。
てか、そんなこと考えてるうちにモルフォンがまた銀色の風を起こそうとしてうぎゃあああああああ
「え?記憶をですか?」
同時刻。リンは驚きが混じる口調でそう問いかけた。
海沿いの道を縫っていくルシャたちに対し、トゥーヤ、ゲルガ、スアザ、そしてリン一行は森が並ぶルートからベースキャンプを目指していた。
現在リンはちょうどダンジョンを抜けたところで、昼食を摂る男性陣を背後に少し散歩していたところだった。
「ええ。霧の湖の謎が今まで解き明かされない理由はそれにあると思うわ」
リンが問いかけた女性とは、『エーフィ』だった
夏の終わりごろ。森は前夜降った雨と夏の日差しで非常に蒸し暑い。だが、そのエーフィは森に流れる生暖かい風で涼しむかのように僅かに微笑んでいた。
始まりはこうであった。ダンジョンを抜け、案外強かったダンジョンの敵と体を舐める暖風で体力と水分が予想以上に奪われ、4匹とも額に汗に流しながらもなんとかさほど難しくないダンジョンを抜けてきた。
リン以外の3匹はダンジョンを抜けた瞬間へたりこんだ。
情けないなあ。リンがそう思っていると、自分たちが向かうはずの路からまるで自分たちの存在が分かっていたかのような雰囲気を漂わせろながらこちらへと歩いてきた。
そして、その予感が当たっていたのだろうか。エーフィは初対面のリンに向かっていきなりこんなことを言った。
霧の湖。それで当たっている?
自分たちの行き先を聞いたのかはわからない。しかし、初対面の人物の目的地を一発で当てられ、リンは身震いした
そんなリンの驚きをよそに、エーフィはこんなことまで言った。
霧の湖に行くと、記憶消されちゃうよ。
え?記憶をですか?
そして、今に至っている。エーフィは何かを見越したような視線で、刺すようにしてリンを見つめていた。
「霧の湖の番人『ユクシー』…知恵の神という異名を持ち、目を合わせた者の記憶を消すということができる。」
「そ、そんなことが…」
少し強い風が森を疾りぬける。夏の風物詩の風鈴に似たリンには少し似合わない強い風だった。
その風をまるであしらうかのようにエーフィの体毛は優しく靡いた。
「そうやって記憶を消すことで、霧の湖の存在を世に伝えることを封じる。そのせいで、今も霧の湖は幻に近い存在になっているの」
「…あなたはどうしてそんなことを知ってるんですか?」
まるですべてを知っているかのように淡々と喋り続けるエーフィに少し恐怖を感じるリン。
そして、リンの口から思わず出た言葉が、意外にも核心を突いていた。
「…知りたいなら。先へ進みなよ」
「えっ?あっ、ちょ…」
リンの返事を聞こうともせず、エーフィは風の様な早さで森の奥深くへと消えていった。