25 舞台袖にいる
「…ここまでは予想通りに進んでいるんだな?」
「…ええ。『アリス』が濃霧の森の計画を実行に移していたところ、丁度その者達が現れたと聞きました」
『立ち入ることすら困難な洞窟』と、その場所は呼ばれている。その洞窟の最深部で、ある2匹のポケモンが連絡の交換を行っていた。
そんな異名を持ちながらも、実はギルドからそう遠くはない。逆に近いぐらいだ。ギルド付近にあるダンジョンはどれも生息するポケモンのレベルは低く、新米探検家にはうってつけのダンジョンがところどころに存在するが、この洞窟は段違いな程に生息ポケモンの戦闘力が高かった。
洞窟の最深部は、暗くはない。逆に明るい。洞窟系のダンジョンでは珍しい現象だった。
最深部には大きな穴が空いており、そこからは海へと繋がっている。
「…それにしても、よほど苦戦したんでしょうか…?」
「フん。途中で思わぬ苦戦を強いられてな。そいつ自体はどうってことはねえんだが、
刃物を使って襲ってきたからな。血が結構溢れるんだ」
洞窟内に大男の声がこだまする。そんなまだ活気あふれる声とは逆に、大男の体は血まみれだった。返り血だけでなく、自分の血もあった。
その血は大男の指先から滴り落ちていた。足にも傷を負っており、血は足から流れ地へと染み込んだ。
そんなグロテスクな光景も、大男と話す女の心に不快感を与えることはなかった。血は、見慣れてるようで。
「まあそんなことはイイ。俺は自分の血を見せたくて来たんじゃねえんだ。お前に少し伺いたいことがあってな」
「伺いたいこと?」
「ああ。俺たちの仲間の間で肴になるんだが、もしかして、今回のプクリンのギルドの遠征を仕組んだのは貴様なのか?」
その質問を耳に確かに入れた女は、数秒間目を閉じて俯いた。まだ日が高く、明るい海が揺れる音が洞窟内に響き渡った。大男は女の返答を急かすことなく、ただ黙っていた。
「仕組んだ。ではありません。でも、私によってあのギルドが今霧の湖に向かっている。それは当たっています」
大男は驚くことなく、黙った。黙ったというよりは、女の質問の答えにどう返せばいいかわからないようだった。やがて大男はこう答えた。
「…お前があのギルドに何か仕組んだのならば、それを教えてくれ」
「未来を変える鍵は霧の湖にある。そのことはあなたもご存じですね?しかし深い霧。探索は困難です。我々だけで霧の湖に行くことはできるのですが、踏破に時間がかかるし、面倒です。
ですので、我々が行く前に誰かにあの霧を晴らして貰いたい。なので、あのギルドに霧を晴らして貰うのです。
霧がなくなったあの場所はただの原っぱ同然。あとはその晴れた道を通ってさくっと……をとると」
「…どうやって仕組んだ?」
「簡単です。真実を噂にすり替えて伝えればいいのです。なので私は、何年か前にこの洞窟に迷い込んだ
ギルド内の者であろう鳥にこう言いました。
【この大陸の東に、霧と未知に覆われたそれはそれは美しい湖がある】…と。
そうすればいつかあのギルドが霧の湖の謎の解明に動き出すと私は思ったのです」
「そして、その時が今訪れている」
「その通りです。しかし、ファルヤというこの大陸でも3本の指に入る探検家がいようと、やはり謎の解明には時間がかかるだろうと私は勝手に推測しました。
その謎の解明の手助けに入っているのが、『アリス』なのです」
「アリスはそのギルドに直接的にサポートを施しているのか?」
「いいえ。ギルドの者には正体を明かさないようにひっそりと動いています‐‐‐‐‐‐
ふと、不思議な地図を広げてみた。
「うわー…断崖絶壁とは、このことを言うんでゲスかね…」
「うん…でも、洞窟があるから、そこを抜けてどうにか行くしかないよ…」
目の前には崖。その先には広大な海が広がっている。しかし、左を向けば、道しるべであろう洞窟が俺たちを待ち構えるかのようにその口を開けている。
地図を見てみると、トレジャータウンから現在地まで、自分の手と同じくらいの間があった。今まで結構歩いてきたが、ダンジョンには一度も侵入しておらず、おそらくこの洞窟がこの遠征で初めてのダンジョンとなるだろう。
ちなみに、グループ編成としては、俺、ミラノ、そしてビダが加わり、初めての4人構成での探検となる。
「ここを抜ければ、目的のキャンプ地まで大きく近づいてくるよ。頑張ろう!」
「おっけーでゲス」
「おう」
数週間前まで臆病だったミラノがいつの間にかリーダーとして指揮を執っている。まあギャラクシーの隊長は俺なのだが。探求心が彼女にそうさせているのかもしれないが、やはりギルドに入ったことで度胸が着実についている。
ミラノの言葉に出てきた『キャンプ地』というのは、今回目指している未開の地『霧の湖』の付近に設置する予定の休憩所のことである。
『霧の湖』は地図の右下端にあり、地図に描かれた雲によって場所をまともに確認することができない。おそらく名前通り霧が深く、発見が難しいのだろう。しかし、それだからこそ秘宝が眠っている。
各グループごとに分かれ、キャンプ地へのルートはグループごとによって自由である。俺たちは海沿いのルートからキャンプ地を目指している。地図上では山と洞窟が進路に立ち塞がっているが、距離的に言えばこの沿岸沿いのルートが一番最短なのである。
崖の周りには、鳥ポケモンが何匹も飛び回り、崖の下を恐る恐る覗いてみると、岩肌にくっつくヌメヌメしてそうなポケモンが数匹いる。
「水ポケモンが多いかも。ルシャ、ごめんだけど、前線はそっちで張ってもらっていい?」
「了解」
「おう。ビダさんとミラノは、俺たちの後ろや、岩陰からの奇襲攻撃に警戒してくれ」
いつになくやる気に燃える俺たち。その横目に、ガルーラの姿を模した石像がおかれてあるのが入った。
「ねえ、これ何?」
「ああ、これは『ガルーラ象』といって、探検で余分に拾ってしまった道具を倉庫に送ってくれる象なんでゲスよ」
「とても道具を倉庫に配送できるような物には見えんな…ワープ機能でもついてるのか?」
「…なんでわかったんでゲスか?」
「…」
なぜ正解になったし。
「…まあ、とりあえず洞窟に進むとしようか」