24 ギルド遠征へ
「え〜まず、『バビル』!そして、『サフラ』!」
「いよっしゃぁ!!」
「きゃー!やったですわー!!」
実績の高い先輩はすぐに名前を呼ばれ、前に出てくる。心臓のバクバクが止まらない。隣をちらと見てみると、ミラノは眉をハの字にして心配そうに耳を傾けていた。
もちろん、弟子は全員集まっている。その列の端っこには、ドクローズもいた。
「次…お?おおっ?なぁんと『ビダ』!」
「えっ?ええっ!?あっしがでゲスか!?」
誰かの名前が呼ばれる度に自分の心臓がバクンと大きく鳴る。しかし、自分たちの名前が呼ばれそうな気配は一向にない。
「次に『グラン』!『トゥーヤ』!『ジュア』!」
冷静で感情の起伏が少ない3人は、名前を呼ばれるとバビルやサフラのように叫ぶことはせず、「やってやったぜ」というような自信に満ちた笑顔で隣すの奴らとおしゃべりをした。
「次に『ルナ』!『スアザ』!」
「やったぁ!よしっ!」
「へいへいへーい!選ばれたぜーい!!(ほっ…)」
ルナも選ばれ、満面の笑顔でグランやジュアに話しかける。いいなあ。ミラノはそう言いたげな顔をしていた。
ちなみに、スアザは『ヘイガニ』の種族で、サフラと同じようにギルド内での仕事を持たず、すべて依頼の遂行が仕事の弟子だ。常に明るい性格なため、前から依頼をこなす前にスアザからアドバイスを受けていた。
「えー…以上で遠征メンバーは…」
ペルは遠征メンバーが書かれたメモを見ながら、数え間違いがないかを確認していた。
自分たちは選ばれなかった。そう思ったとき、ふとミラノを見てみた。
涙ぐんでいた。ここ3日間頑張ってきたが、やはりあの失敗がよほど悔しかったのだろう。
(へへっ、あいつら選ばれなかったぜ)
(ケッ。ざまあみろってんだ!)
視線を喜ぶ弟子たちの肩越しにいるドクローズの方に向けてみると、してやったりといった表情をしていた。
外道ども。覚えとけよ。心の底からそう思った。しかし…
「以上で…ん…?」
ペルの言葉に疑問符が付いた。それに弟子たちは喜びや悔しみを収めて、ペルへと視線を集中させた。
その視線の先にいるペルの頭に少し冷や汗が見えた。
(こ…こんなメモの端っこにも名前らしき文字が…つか字ぃ小っちゃいししかも汚い…親方様ったらこんなとこだけは雑なんだから…
って、こんなことを言ったらギルドが崩壊するからここはぐっとこらえて…)
ペルは弟子たちを見渡し、一呼吸おいてから再びメンバーが書かれたメモに視線を移した。
「えー…メンバーはまだ続きがいるようで…『ルシャ』『ミラノ』『リン』『ゲルガ』『ジーラ』…」
「「「!?」」」
「へっ?え?えぇぇぇえええ!?お、親方様…これってギルドの弟子全員じゃないですかぁあああ!?」
「…そだよ☆」
焦る補佐。呑気な親方。ペルは羽をこれまで見たことないぐらいバタバタさせながら訴えた。
「そんなことしたらギルドを見張る人がいなくなるじゃないですかあ!?」
「大丈夫だって!戸締りはしていくからさ」
「それはそうですけども!第一こんな大人数で遠征行って大丈夫なんですか!?」
「『ファルヤ』さん。私も心配です」
ペルとファルヤの争いの間にネブドが割り込んできた。てめえは黙ってろ。ルシャ含むほとんどがそう思った。
「遠征に行くにしてはちょっとメンバーが多すぎやしませんか?」
親方やペルに対してはあの乱暴な口調を隠し、丁寧な口調でネブドは話し続ける。あまりに裏と表の差が凄いので、殴り飛ばしたくなった。
人数多いと困るのも、人数が多いと自分たちが裏で暗躍しづらくなるからだろうが。
「ううーん...友達に言われたら困るけど...でも、みんなでいったほうが、ワイワイして、楽しいでしょ!?」
「ひえっ!?」
何故こんなことでビビる。もしかして平和主義者が大の苦手なのだろうか。
「僕は昨日の夜なんて遠征で楽しく歩く様子を考えていて、興奮して全然眠れなかったんだよー?」
「ひえ〜〜...」
さっきまでの自信と隠れた悪意に満ちた口調から一変。弱々しい臆病者のしゃべり方になってしまった。
「...オホン。では、これから遠征の準備へと移る!現在時刻は...7時56分。
では、8時20分までに遠征の準備を終わらせて、この地下2階へと集合だ!」
『はいっ!!』
今までにないほど声を張り上げ、ペルは15人の遠征メンバーへ命令を下した。それに負けないくらい勇ましい声で弟子たちは応えた。
「よっしゃあ!絶対お宝見つけてやるぜ!!」
「そんな事言って途中で倒れたら笑いものですわよ!!」
「そぉんなことよりも、楽しんだ者勝ちなんだぜヘイヘーイ!!」
いつもよりテンションが高い先輩たち。駆け込むようにしてギルドを出ていった。
「ねえルシャ!早く私達も準備に行こう!」
「おう」
ミラノもいつになく嬉しそうだ。そりゃそうかもしれない。あんな大失敗して、それでも3日間頑張って、それで遠征メンバー加入できたのだから、嬉しくない筈が無い。
かく言う俺自身もワクワクしていて仕方が無いのだ。
その日のトレジャータウンは、とても慌ただしかった。
「リンゴ2つとピーピーマックス1つください!」
「はいはい!あ〜忙しいあ〜幸せ!」
「うっわ...凄いな商店と百貨店」
「えっと...5、いや6人並んでるよ...」
大繁盛とはこの事を言うのだろう。エイケとバショウは幸せの汗を流しながら笑顔で客と向き合っていた。
俺たちが遠征いったら、商店と百貨店利用するポケモン減るだろうしな。
「今行ったら並んで時間の無駄になるから、後で寄ろうか」
「そうだな。もしダンジョン失敗したときに金失うのは嫌だから、予め銀行に預けておく?」
「うん!そうしよう!」
物関係ではない所の通りは、客が少ない代わりに、トレジャータウンの住人が多くいる。
「おう!ミラノじゃねえか!」
「あっ!『ガルヤ』さん!」
ミラノがガルヤと呼んだ相手は、『リングマ』だった。その隣には『ヒメグマ』がいて、おそらく血縁関係なのだろう。
リングマのような大柄のポケモンを見たのは初めてで、少し足が竦んでしまったが、ミラノが仲良さそうに喋るので見た目と違って優しい性格なのだろう。
「あの騒ぎ、一体なんだ?」
「これから遠征でね!みんな準備で忙しんだよ!」
「一番あの店員の2人が忙しそうだけどな...」
「丁度1年前ぐらいだったかな?その時にも遠征があって、その時はこれでもかというほどの宝を持ち帰って来たらしいからね。
今回も沢山宝を持ってくることを期待してるよ!」
「うん!頑張るよ『カヤナ』!」
ミラノはそのカヤナと呼んだヒメグマとガッチリと拍手を交わした。
「で...この隣のピカチュウは誰?」
「ああ、ミラノのパートナーで、ルシャ・バークス。よろしく」
「よろしくな。なかなかいい顔してるじゃねえか。それなら、遠征の結果も期待してるぜ!」
初対面のポケモンを見た目で判断するな。そう思いながら、頑張ってきますも一言だけ返した。
「うわっ!えっと...4626Pか...いつの間にかこんな貯まってたのか!復活の種の数もまだ余裕あるし、そこまで金残しておく必要ないし」
そんなわけで、3626P預金。持ち金は1000Pということで決定した。
そろそろ商店も落ち着くだろうか。見てみると、客が買い物を終え、カウンターで汗を流してぐったりしているエイケとバショウがいた。
「エイケさん…バショウさん、お疲れ様です」
「お…ルシャさんとミラノさんじゃないですか。いらっしゃいませ…」
商売の決まり文句も、今までにない仕事量と夏の日差しのよる疲労の仕業でとても弱々しい。大丈夫ですかと声をかけながら、肩にかけていた水筒を差し出した。
「あ、大丈夫です。さっき飲みましたので。それより、何か買い物に来たんですか?」
「また忙しくさせてすいませんが、リンゴとピーピーマックスを2つずつください」
「はいよ。600Pね。忙しいといっても、疲労と引き換えに儲かるのなら、ウェルカムだよこっちは!」
「あはは…タ、タフですね…こんな暑さじゃダンジョンになんか入りたくないだなんて思うときもあるのに…」
「私もやりたくないとかもう嫌だとか、そんなこと君たちと同じように何回も思いました。でも、嫌々やってても、お客さんが笑顔で『ありがとう』と言ってくれるだけでなんか嫌気が吹っ飛ぶんですよね…
探検隊も同じだと思いますよ。ギルドの修業も厳しくて、なかなか理想の自分には程遠い。でも、これからの遠征でそんな嫌気が吹っ飛ぶような出来事があってほしいですね〜。どんな黄金に煌く宝物よりも、私は君たちの遠征の土産話が一番楽しみなんです」
さすがベテランというところだろうか。
自分は『暑いから…』とか言っただけなのに。それだけでこんなセリフが返ってきた。
なんて自分は未熟なのだろう。…って、そこまで難しく考えなくてもいいか。
実績のある者とか、一流な者とかは、どんな壁が自分の目の前に立ち塞がろうが、このエイケさんやバショウさんのようにたった1つの希望に向かって、ただ進み続けたのだろう。
「よし…全員集まったな!それじゃー円陣だ!」
「まさかみんなで遠征に行けるだなんて、思ってもいなかったぜヘイヘイ!」
「そうだな!最高の遠征になりそうだぜ!」
この人たちも、きっと幾度となく壁にぶつかったのだろう。その場で膝をついたのだろう。でも、その度に乗り越えたから、立ち上がったから、今こうして笑えているんだろう。
「…っしゃ!みんなで力を合わせて、頑張ろうなっ!!」
『おおーーーー!!!』
一流の探検家。ミラノが目指す夢がいつの間にか、俺の夢にもなっている。この先輩たちみたいに、どんな壁も超え、そしていつかは夢をかなえてやる。そんな気持ちが、俺の心の中に芽生えていた。
待ってろよ、『壁』。