07 リンゴと兄弟
今日もバビルの目覚まし爆音が狭い弟子部屋でこだまする。
「…毎日やるのか…これ…」
「…あたりまえだ。早く朝礼来いよ」
そう言い残してバビルは大広間へと向かっていった。
「…今日は気絶してないじゃん」
「うん。耳塞いで寝てたから」
垂れ耳になりながらまだベットに寝転がるミラノが少しかわいく見えた。
「さぁー今日も頑張っていくよぉーー!!」
『おおーーー!!』
…最後の「おー」しか合わせることができなかった。誓いの言葉結構難しいな。
朝礼の終えた後、みな自分の仕事場、もしくは依頼掲示板の場所へと向かっていった。
「さーて、俺たちも行くか…」
「ああ。お前らは今日はこっちの仕事だ。ついてこい」
俺たちの返事を待たず、ペルは地下1階へ上っていった。お互い顔を見合わせ、仕方ないから、というような表情で俺たちはペルについていった。
ついていった先は、昨日と同じ掲示板の前。しかし、昨日とは別の掲示板だった。
「…ん?昨日はあっちの掲示板にいたような…」
「そうだ」
このギルド地下1階には2つの掲示板があり、2つの板が梯子を対象の軸にして壁に貼り付けられているという構造だ。
昨日は梯子を上ってすぐ右の掲示板の依頼をしていたが、今日は左側の掲示板だ。貼られている依頼も昨日とだいぶ違う。
「この掲示板をよく見てみろ」
ポケモンの顔写真が印刷されており、その周りにはなにやら理解不能な文字がいくつも並んでいた。
「わぁー!みんなカッコいいなあ!有名な探検家なのかな…」
「…いや、こいつらはみんなお尋ね者。法に反した行動を犯し、指名手配されている輩だ」
「え!?お尋ね者!?」
…ミラノ。お前お尋ね者の顔写真みてカッコいいなあとか言ったよな…。
「そうだ。今日はお前らにここに貼られているお尋ね者を選んで捕まえてきてもらう。…ていっても、奴らは手ごわいからねえ。みんな手を焼いてるんだよ」
「そんな奴らを私たちが捕まえろっていうの!?そんなの絶対無理!!」
「ハハハ♪冗談だよ冗談♪」
ミラノはもしかして言葉を真に受けてしまうタイプなのだろうか。まあ素直な性格だからそれのほうが違和感ないのだが…
「…そんなこと言ったって、その指名手配の奴とは戦闘になるんだろ?」
「例外もあるが、大抵そんな感じだ。もちろん、戦うにはそれなりの準備が必要になるからね。…ビダはどこだ?ビダー!?」
ペルの呼びかけから数十秒後、地下2階の梯子から『ビッパ』が出てきた。言わなくてもわかると思うが、こいつがビダ。
「はあ…はあ…お呼びでしょうかー!」
…なんか息切れしてるんだが。このギルドってそこまで広くなかった気がするが…。
「ビダ。こいつらのことは知ってるな?一昨日ギルドに入ったルシャとミラノだ。この2人に施設の案内をしろ」
「了解でゲス!」
((ゲス…))
ペルはそのまま地下2階へと消えた。その様子をじっと見ていたビダの背中がなんだか震えているように見えた。耳を澄ましてみると、ビダの泣く声が聞こえた。
「…うう…」
「…ど、どうしたの?」
「いや、あっしはこのギルドで3番目の新入りだったんでゲス。その次にグランたちが入ってきたんでゲスが、3人とも優秀な才能を持っていて、自分は先輩として何も教えることができず、そのまま追い越されて…あっしが先輩として後輩に何かを教えるというのはこれが初めてなんで、感動してるんでゲス…うう…」
…なんかかわいそうな先輩だな。ビダは感動の涙と過去の悔しさの涙を拭いた。
(…グランたちはギルドに入って一週間とちょっとって言っていたな。わずかこんだけの期間で先輩の教えも受けずに先輩を追い越したのか。初めて会った時から何か他の奴とは違うオーラをまとっていたが、やはりあいつらすげえ奴らだったのか)
「では、施設の案内をする。しっかりついてくるでゲスよ」
ギルド内のことは昨日で一通り回ってきていたので特にわからないところは無かった。
俺たちはそのあとギルドを出て、長い階段を下りた先にある十字路へと向かった。
「ここから南は海岸。北はギルド、西に行くとダンジョン地へと出て、東にはトレジャータウンがあるでゲス。地図にも書いてあるから、あとで確認したほうがいいでゲス」
「トレジャー…タウン?」
「ああ。私もトレジャータウンのことはわかるよ」
そのまま俺たちはトレジャータウンの広場へとゆっくり歩き出した。
歩いてくるうちに見えてきた怪しい館のような建物を、ミラノは『ヨマワルの銀行』だと説明した。金そのものを扱う店にしては見た目が怪しすぎるぞ…
次に道の右側に見えてきた黄色と黒の近づいたら危ない色を組み合わせた客を呼ぶ気ないような店は『エレキブルの連結店』というらしい。店の上に取り付けられたオブジェがエレキブルを模しているらしいのだが、まず店長のエレキブルが居ない。
「ほかにも、百貨店や商店に倉庫。探検隊に必要な準備は全てここでできるから、探検隊には欠かせない町だよ」
「よく知ってるでゲスね。それなら安心でゲス。それじゃ、あっしはギルドのお尋ね者ポスターの前に待機しておくので、準備が整ったら声をかけてでゲス」
「わかった」
ビダはそのままギルドへ帰り、準備については自分たちに任されることになった。
「…私はダンジョンに持っていく道具が見てみたいから、百貨店と商店に寄って行こうよ」
「おーけ。でも、近くにあるのか?」
「うん。兄弟が一緒に店を営んでてね。品揃えやセキュリティーも世界トップレベルなんだって。ほら!あそこ!」
ミラノが指差した先にカメレオンの頭のオブジェが2つ並ぶこれまた初見では不気味な店があった。
「こんにちは!エイケさん!バショウさん!」
「「あら〜こんにちはミラノさん!いらっしゃいませ〜!」」
知った顔らしく、ミラノは明るい声で挨拶した。店員の『カクレオン』の2人は、知った顔であろうと丁寧に明るく挨拶を返した。
「エイケさん、今日は何を売ってますか?」
「今日の商品はわたくしの後ろに並べられています!どうぞご好きなものを選んでください!」
エイケが道を空けるようにして横に退き、商品棚を俺たちに見せた。見ると木の実や小石などが置かれていた。
(ホントにダンジョンで使いそうなものしか置いてないんだな…)
まあ、ギルドに娯楽があるわけでもないし、まあいいかと思った。
「じゃあ、リンゴとオレンの実を1つずつください」
「はいよ〜!合計100Pになります!」
木の実2つ買っただけで持ち金の半分持ってかれたぞ。依頼をやりまくって報酬を稼げばそのうち安値に感じるようにしなきゃな。
「エイケさ〜ん!」
突然、俺たちが歩いてきた方向から、高い男の子の声が聞こえてきた。振り向くと、『ルリリ』と『マリル』が急いでるように走ってきた。
「「おお〜!『リル』くんに『マリナ』くん!いらっしゃ〜い!」」
エイケもバショウも、幼い子供2人を可愛がるように笑顔で迎えた。親のお使いなのか。この2人は。
「すいません。リンゴ1つください」
「はいよ〜!」
傷つかぬよう、リンゴ1つを大きめの葉で包み、持ちやすいように丈夫な木の根で縛ってから渡した。
「ありがとうございます!」
嬉しそうに2人は商店を去っていった。やっぱり幼い子供が頑張る姿を見て自然とやさしい気持ちになれるのは、人間の頃もポケモンのときも同じかもしれない。
「…いやね、あの2人のお母さんは重い病気で寝込んでて、それでお母さんの代わりにあの2人が買い物に来てるわけですよ」
「いや〜、幼いのにエライですよね〜」
母の病気が重いというのは、もちろんたった1日だけではない。だからこの2人はずっと前からこのお使いを何度も繰り返しているのか。無邪気に走る2人の背中に妙な何かを感じた。
すると、2人が急にダッシュで引き返してきた。
「エイケさ〜ん!」
「どうしたんだい?そんなに慌てて…」
「リンゴが1つ多いです!」
「僕たちそんなに買ってないです」
そんなことか…。まあ、最近の奴は『ラッキー』の一言で片づけてそのまま帰っていく単純なことをするのだが、この兄弟は実によい子だ。世の中の畜生どもに見せつけてやりたい。…リンゴ返しに来る2人を見るだけでそんなことを考える自分が馬鹿に思えた。
「ああ、それは2人へのおまけだよ。2人で仲良く食べるんだよ」
「ほんとですか!?」
「ありがとうございます!!」
さっき買った時よりも嬉しそうな表情を見せる2人。動きのひとつひとつがかわいらしい。
そして、リルとマリナがそのまま店を後にしようとしたとき、リンゴを持ったリルが豪快にコケ、リンゴが俺の足元に転がってきた。俺は特に変わったことはせずに、自然な動きでリンゴを拾った。
「…ほら。気をつけろよ」
「す、すいません。ありがとうございます」
深々と頭を下げるリルにリンゴを渡そうとした。
そのときに――
…なんだ?急に頭が痛く…!
頭にものすごい激痛が走り、めまいが起こった。でも、なぜか俺の体はふらつくことなく何事もないように立っている。
…こんの…!治まれ…!!
た たすけてッ!!
その言葉が聞こえたと認識したときには、頭痛もめまいも治まり、元の光景が広がっていた。