17 一聞せずとも一見でわかる
あるはずの無い糸のようなピンと張り詰めた何かが、洞窟内に隙間なく張り巡らされている。そんな気がした。
グランたちの依頼場所は『コロコロ洞窟』。さほど難易度も高くなく、特に変わった洞窟の割には様々なタイプのポケモンが住処にしている。修業にはうってつけの場所らしい。
ひょんなことで訪れたこの洞窟の雰囲気を味わっていると、ミラノがこそりと耳打ちしてきた。
「なんかすごいよね。この3人がいるだけで安心感があるというかさ」
「ああ…風格が俺らとは違う」
この3人の体から、触ったら危険というような、そんな見えない警戒の糸が何十本も張られていた。
トレジャータウンやギルドで話したときは少し天然でアホっぽかったルナでさえ、真剣な表情で敵の存在をいち早く感じ取ろうと、あたりを見回していた。
「…良いところは真似しよう。俺たちも隙を無くすんだ」
「ラジャー。隊長」
今の俺たちの今の表情を擬音語にしたら、『むすーっ』というのが一番正しいだろう。警戒しているということをただ顔に表しているだけである。
「…俺たち、何かしたか?」
「いや…別に」
グランが俺たちの表情に気付く。ルナもジュアも不思議そうにしているのだが、あるいみその表情の原因が自分たちであることを彼らはもちろん知らない。
〜6階〜
「…そ、そういや、今日の依頼なんだっけ?」
この厳粛な空気を何とかしようと、ルナが無理やり話を持ち出す。そういえば今日の依頼の内容をまだ聞いていなかった。
「今日は、先週の強盗犯の逮捕と、一昨日の通り魔の逮捕、それと、遭難者捜索の3つだ」
これまた物騒な依頼だ。強盗犯と通り魔という時点でかなりヤバいような気がするぞ。だが、俺もミラノも、少し気にはなっていた。
「いたぞ!あいつだ!!」
「げげっ!」
こいつらがどうやってシブトイお尋ね者共を薙ぎ倒していくのかが。
「おッらあ!!」
ジュアが素早くお尋ね者の『サイホーン』に『縛られの種』を投げつける。破裂した種の汁がサイホーンの運動神経を停止させ、サイホーンはその場で硬直する。
「…じゃ、頼んだよ!」
そう言い残し、ルナはどこかへ走り去る。すると、ルナが走り去った方向から、物凄い閃光が洞窟内を照らした。
そんなことは気にせず、グランとジュアがサイホーンへ『爆裂の種』を投げ込み、戦いの火蓋が爆発と同時に切って落とされる。
衝撃により神経が回復したサイホーンは探検隊から逃げるためにひたすら走る。俺たちもそれを追いかけた。必死で逃げるサイホーン。しかし、ジュアがそれを許さない。
「『バブル光線』ッ!」
「くっ!?」
遠距離攻撃に長けたジュアがバブル光線で追撃をかける。しかもバブル光線の追加効果は、 『移動速度を落とす』 。ダメージを一気に削った上に、逃走速度を落とし、それからグランがとどめを刺しにかかる。
しかし、サイホーンもなかなかしぶとく、よろめきながらも、自慢の角をグランへ刃向ける。これでグランは迂闊に攻撃をすることが許されず、2人の間に空間が作られる。だが、グランはここからが強い。
「電光石火!」
目にも止まらぬ速さで突っ込むのではなく、サイホーンの周りを『走り続けた』。サイホーンはグランがいつどこから攻撃するのか、見当がつかなくなる。しかし、この電光石火の意味はこれだけではなく、敵の意識をグランにだけ集中させる。
「バブル光線!!」
サイホーンはグランしか警戒しておらず、ジュアのことなど気にしていなかった。その隙をジュアは見逃さなかった。
壁に吹っ飛ばされ、逃げ場がないサイホーンにグランが止めを刺しにかかる。
「はっけいッ!!」
グランの右手から放たれた強い衝撃波がサイホーンの芯を突き刺す。
しかし、グランの持っていたトレジャーバッグから何か種がこぼれ落ちた。サイホーンは藁をも掴む思いで種に噛り付いた。
すると、サイホーンは溶けるようにして姿を消した。
「…失態ですねえ。倉庫に入れ忘れていた『ワープの種』…正解?」
「…すまん。あと一発で仕留められるところを」
(…?)
強盗犯を逮捕する依頼の失敗条件は『犯人がそのフロアから移動する』ということである。だが、不運にもお尋ね者は自分たちの視界から姿を消した。お尋ね者の行方がわからなくなれば、依頼を失敗する確率は大きくなる。
しかし、グランとジュアは焦る様子を全く見せなかった。どうせ今日の依頼はこの1つだけではないからだろうか。ルシャはそう思った。
「…とりあえず、階段探すか」
なるほど、とルシャは思った。犯人を逃がさないためには、犯人を階段へ引き寄せなければいい。犯人より早く階段へ辿り着けば、弱ったサイホーンを確実に仕留められる。
だが、グランとジュアは特に急がず、ゆったりと歩き出した。本当にこの依頼を諦めたつもりなのだろうか。
「…おいグラン。追わないのか?」
「まあ見てな」
グランの代わりにジュアが答えた。そう言われても、2人は全く焦る素振りすら見せない。
頭にハテナを浮かべたまま、部屋を移動した。すると、少なくとも俺とミラノは全く想像しえなかった光景が目に入った。
「…うう…」
真っ先に視界に入ったのは、倒れているサイホーン。次に入ったのが、次のフロアへ繋がる階段と、その隣に立つルナだった。
「…ナイス」
「まさか来るとは思わなかったよ。危ない危ない」
これで今まで頭に浮かべ続けていたハテナがすべて消えた。
まず、ルナが一番最初に走り出した理由。それは逃げ道である階段を見張るため。手っ取り早く階段を見つけるために、『光の玉』を使っていた。最初の閃光はそれだった。
それで、戦闘力が高い2人でとにかく標的を痛めつける。だが、先ほどのように予想しえなかった事態が発生して逃げられると、階段で待ち伏せていたルナが仕留めるという形だ。
すごい探検家ならやっていそうだが、自分たちは到底思いつかない作戦だった。ようやく自分たちとグランたちの実力が離れているかがよーくわかった。
「よしっ、1つ目終わりだね。次の依頼に行こう!」
「おう」