12 終戦〜森駆ける黒き疾風
「…私ハコノ町の保安官ヲ務メテイマス、『マキロ』ト言イマス。今回ノ捜査ニゴ協力本当ニアリガトウゴザイマス」
山のふもとに下りたとき、ダンジョンを脱出する際に、あらかじめ呼んでいた保安官がムーンを待ち構えていた。
マキロの部下と思われるコイル3人が俺に担がれていたムーンを取り囲み、磁力の力だろうか、俺の背中から引き剥がしてマキロの後ろへと連れて行った。
このとき、ムーンは起きていた。でも、疲労なのか、戦意を失ったのか、担がれても抵抗は全くしなかった。
そして、マキロから『報酬はギルドに送る』と連絡を受け、そのままどこかへ連行されていった。ムーンがどんな心境なのかは、俺たちは知るよしもないし知りたくない。でも、俺は連れていかれるムーンの背中を見てポツリとつぶやいた。
「…悪い奴には見えなかったけどな」
「…うん」
何かに取り憑かれていたかのようだった。悪徳に心を支配され、その心が正義により肉体ごと打ち砕かれて、そして抜け殻のように喋らず、動かず、そして連行された。
その後、その場でリルとマリナが再会し、俺たちの初めてのお尋ね者を逮捕する依頼は見事成功に終わった。
〜☆〜
「…お、帰ってきた」
「…今日仕事やったのかよ。グラン」
「やったに決まってるじゃん。でも、何か味気ない依頼だったからすぐに終わっちゃったよ」
報酬を受け取り、余っていたオレンの実で戦いの傷を癒そうと自分の部屋へ戻ろうとした時、グランたちが地下2階で暇を持て余しているのを見かけたところだ。
「…こっちは味気ありすぎたけどな」
「その傷見ればわかるよ。回復のついでに部屋でしゃべろっか」
重い足をなんとか前へ前へと動かし、ようやく自室へと戻った。
報酬はたった300P。3000Pの多額の報奨金のはずなのだが、ギルドの規律によりまたも9割没収…。正直泣きたくなった。幼い子を助けるために戦い、危うく倒れるところまでいって、それでも成功させてきたというのに報酬たったの300Pだ。
その話をすると、グランたちに大いに笑われた。
「まあそのうち慣れるって☆」
「…そんな明るく慰められると逆に腹立つんだが…」
そう他愛もない会話をしながら、オレンの汁を傷口へ垂らした。同時に爽やかな刺激が傷口を包み、弾けるような音を立てて、刺激と痛みが引いていった。その感覚が気持ちいので、傷口に何度も汁を垂らし、いつの間にかオレンの実は無くなっていた。
「なるべく、ダンジョンでの探索スキルよりも、戦闘能力の方が大事になるからな。周りを見れなくても、強敵と渡り合えるような技術とカンを身に付ければ、そこまで回復道具を要することがなくなってくるから」
「…ありがと」
先輩であるグランからのアドバイス。自分と年齢はそこまで離れてなさそうだが、なるほど。やはり経験と実力が年齢に関係なく人(ポケモン)の程度を言うのだ。
「…ペルも今は上層部から届いた書類みたいなものを片付けるから、今日は監視の目は厳しくないな。どこか散歩するか」
「…ジョウソウブ?」
「あー、なんていうのかな。世界の探検隊やギルドを取り締まる連盟みたいなものが存在しててね。それからギルドの内部事情とかを報告するように指示された…て言ったら正しいかな?」
なるほど。と、心の中であいづちをうった。ペルが忙しいということは親方のプクリンもさぞ忙しいのだろう。
オレンの実の治癒力のおかげで、傷はもう痛まなくなった。でも、ミラノは傷口を気にしていた。たぶん、見た目を気にしているのだろうと思うと、やっぱり女の子なんだなと思った。
大広間へ出ると、やはりいつもいるはずのペルがおらず、いつも全開の親方部屋の扉が閉まっていた。
日はまだ空高く、俺たちを見下ろす。おそらく3時あたりだろうか。全くのカンだが。
「そういや、なんでミラノとルシャはボロボロだったの?」
「…お尋ねものに手こずってた」
多分、お尋ねもの1人にあんな壮絶な戦いを繰り広げたのは俺たちぐらいしかいないだろう。あの戦闘が今日起こっていたことだとようやく思い出した。
そして、お尋ねものと思い出して、1つ気がかりになることがあった。
「…そういやよ、時が狂った影響で悪さをするやつが増えていると言っていたが、何がどう関係してるんだ…?」
その問いかけに、場の空気がピンと張り詰めた。崖の下の波が耳に囁く。隣にあった木が風に揺れ、ザワザワと音を立てた。
グランは「難しい質問だな」と1つ返し、再び考え始めた。
その質問に答えたのはルナだ。
「…この世界にはね、『時の歯車』という、時を守る役割を持つ物が幾つか存在してるの」
「ルナたちは見たことあるの?」
「見たことないよ。時の歯車は世界のバランスを保つ柱と言っても大袈裟ではない。
もしその柱が崩れたら?その場の時は止まる。だから、ポケモン迂闊に立ち入れないように、常識とかけ離れた場所に存在する」
「…その柱にヒビが入り、それがなんらかの原因でポケモンに悪心を植え付けた。ということか」
「その通り。何故時の狂いとポケモンの悪心が繋がるのかは、まだ調査団が調べているところだけどな」と、ジュア。
「…なんか暗い話題持ちかけて悪かったな」
「ううん!でも、ルシャたちが初めて知ったこととかあったでしょ?」
グランが長く息を吐いた。そして、大広間からようやく自分の部屋へと戻る。
自室から窓を除けば、空は地平線から徐々に朱を帯び始めていた。
すっかり日が落ちた。突然やってきた雲で雨が降るトレジャータウンも、その周辺のダンジョンも、夜の静寂に包まれる。既にギルドの時計の針は『1』を指していた。
森は不気味な静寂に包まれる。夜行性のポケモンがそこらをうろちょろする時間なのだが、雨のせいか、足音を立てるポケモンは少ない。
風雨により強くなびいていた草花が、より一層ざわめき始めた。まるで、何かを出迎えるように。そして、今まで降っていた雨が、何かに気づいたかのように、さらに激しさを増す。
森に1つの影が疾る。何か追ってるようにも、何かに追われているようにも見える。
この森の奥に、エメラルドに輝く宝があるという言い伝えがあった。まるで、何かを司るように存在する。まるで、何者かが忘れていったかのように、森の奥深くと存在する。
影は、辿り着いた。闇の中のひとみが、その宝が輝き放つ色を反射した。降り注ぐ雨がその光を受けるも、それは翠の歯車の神々しさを際立たせる小道具に過ぎない。
「…お前はいま、何をしているのだ…」
影は、風に、森に訪ねた。突風と、それにざわめく木々が、影に何かを教えているようだった。影が呟いた名は、あまりに小さく、聞き取るに難しかった。
「…待ってろ」
影は、光を呑んだ。そして、再び疾風の如く、雨でぬかるむ地を噛みながら夜の森を駆け抜けていく。やがて夜の闇に吸いこまれ。姿を消した。
その森に二度と風が吹くことは、ない