08 善装う仮面の裏は
気づけばこいつに聞いていた。『お前が俺に助けを求めたのか』と。だが、リルは首を横に振り、ミラノたちも何も聞こえなかったと言い張った。
た たすけてッ!!
俺には確かに聞き取れた。間違いなくリルの声だった。幻聴だろうか。ならばなぜリンゴを触っただけでめまいが起き、意識が朦朧とする中でなぜ誰も聞こえるはずのない声が聞こえてくるのだ。
「…なにぼーっとしてるの?」
「っ!」
自分の世界から引き戻され、肩がピクリとはねた。なんとか誤魔化せたものの、どうしても気になってしょうがなかった。
「さて、準備も終わったし、ギルドに戻ろっか!」
「あ、ああ」
「「またお越し下さいませ〜♪」」
歩きながらも、視線は自然と下を向いた。特に難しく考えることもなかったが、俺にはどうしてもあの声が気になってしょうがなかった。そういえば、前にもこんな経験あったっけ…
「あれ?誰だろ…」
「え?」
ミラノが急に立ち止まり、見た先には、リルとマリナがいて、その正面には『スリープ』がいた。
リルとマリナは嬉しそうな表情を浮かべていた。
「どうしたの?」
「あ、さっきの!いや、僕たちこの前落とし物をしてしまって、そのことを聞いたら、知っているかもしれないって言われて!それでこの人が探すのを手伝ってくれるって!」
「いやいや、君たちのような幼い2人が困っているのを見かけたら放っておけませんよ。それでは、探しに行きましょう」と、スリープ。
スリープの喋り方は声の高低が大きく、どこか演技っぽいような喋り方だった。
突然、俺の脇腹に何かがぶつかった。
「おっと、これは失礼」
「ああ。ちょっとぼーっとしてて、こちらこそすいません」
謝りつつも、スリープの目の色を伺った。目の奥で、かすかに何かを企んでいるような、そんな気配を感じた。
すると―――
…くそっ…また…
さっきと同じような現象が再び起こった。しかし今度は、俺の意識は完全に吹っ飛んだ。意識が遠のく直前、足取りを急に早めるスリープの姿が目に映ったが、そこまでだった。
意識はすぐに戻り、目の当たりになったのはある山の頂上。
…あれ?リルと…さっきのスリープ…
「言うことを聞かねえと、痛い目にあわすぞ!!」
「た たすけてッ!!」
リルが叫んだ瞬間、目の前が白くなり、再び現実へと戻った。
(…い、今のは…)
「落とし物、早く見つかるといいねえ」
「…」
「…あれ?どうしたの?」
「ミラノ、あいつを追うぞ」
「へっ!?」
驚愕の声をあげるミラノ。そりゃそういう反応を見せるのは仕方ないとは思った。でも、もしあの幻視・幻聴が本当ならば
「…リルが危ない」
その言葉は勝手に口から出てきた。そして、勝手に足が動いた。あの山がどこにあるかということすら知らずに。
「待ってよ!私たちギルドの修業の身だから勝手な行動はできないし、怪しい者なら、ビダ先輩の居るお尋ね者ポスターに載っているはずだし、まずはギルドに戻ろうよ!」
「…そうだな。悪かった」
ふと自分たちの置かれている立場を思い出し、冷静になれた。ここは素直にギルドに戻ることにしよう。
〜ギルド地下1階〜
「お、準備はオッケーでゲスね?」
「うん。早く悪い奴らを懲らしめたいよ」
いや、しかし、お尋ね者ポスターを見渡しても、スリープと思われる張り紙はまだ出されていない。
「じゃあ、この中から選ぶでゲス。ええと…」
突然、ギルドにサイレンが鳴り響く。緊急事態だろうか。原因をスリープと勝手に思い込んだが、そんなことはないだろう。
「掲示板の更新をします!危ないので、お尋ね者ポスターから離れてください!」
掲示板の更新という言葉に疑問を抱きつつも、俺たちは指示通りにポスターから離れた。すると、ばんっと大きなな音を一つ立てて掲示板が一回転に裏返った。
「うおっ!?」
「これは掲示板の更新でゲス。この掲示板は回転式になっていて、そこの裏では、『ダグトリオ』の『トゥーヤ』が掲示板のポスターを張り替えているのでゲス」
「日替わりなのか?これ」
「日に限らず、ポスターが少なくなって来たら自動的に張り替えるのでゲス」
色んなところまで弟子の手が行き渡っているんだな。朝礼で見た限り、そこまで人数はいなかった気がするが。
「更新が終了しました!危ないので、、お尋ね者ポスターから離れてください!」
流石に構造を聞くと、二度目のサイレンに驚くことは無かった。
再び掲示板が裏返り、新しいポスターが俺たち視界に入る。
その視界のど真ん中にあったポスターは、俺もミラノも同じだった。
「…行くぞ」
ビダの存在を忘れ、俺たちは一目散に走りだした。おたずねもの『ムーン』と記された手配書。種族はスリープ。やはり、あの声は本当だったのだ。
ギルドの建つ丘を下り、十字路に着いたとき、慌てふためいた様子のマリナがこちらに走ってきた。。誰かに助けを求めたい様子だったのか、俺たちがマリナに気付くよりも早く俺たちの存在に気付いた。
「あっ、マリナ!リルと『ムーン』は!?」
「そうなんです!落とし物を探しに行くといって、ムーンさんはリルだけ連れて行って、それで2人がいつまでも帰ってこなくて…それで心配になって…」
「それで!?2人はどこだ!?」
「こっちです!!」
さっき、ムーンの手配書を確認して走りだそうとした横目に、ポスターのどこかに『ランクB』と書かれていた気がした。
マリナについていき、10分ほど走った。人里離れたといえば大袈裟かもしれないが、木々が1本も生えておらず、こんなとこにポケモンが住めるのかと思うほど生命の息吹を感じない山のふもとに着いた。
「この山の奥に2人は行きました」
(…俺の幻視の映像は山の頂上だ。あれが予知夢ならば、一刻も早くあの頂上へ急がねば、リルが危ない)
「行こう!ルシャ!」
「ああ」
死闘へのカウントダウンは、既に始まっていた。