02 紅い西の空の下
海に近い洞窟だから湿気があるという先入観を持っていたが、洞窟の中は特にむんとした空気ではない。むしろ浜風が通って涼しいくらいだ。洞窟なだけあって、少しくらいのが俺たちにとって不利な状況である。
しばらく進んでいると、何やら綺麗なピンク色をしたサンゴのようなポケモンが現れた
「ん…誰だ」
「あ、サニーゴね。ここら辺ではよく見かける」
「…なんか目が怖いんだが?」
「縄張りに入ったんじゃない?私たち」
やけに冷静なミラノ。流石ポケモン。
(…そういえば俺ポケモンだったな。さっき知ったばかりなのに…)
「技出してよ技」
「技?何をしたら出せるんだ?」
「ピカチュウでしょ?だったら電気技ぐらい出せると思うけど。ほら、神経を集中させて…」
熱心に説明してくれるミラノの瞳の奥に『私は戦いたくない』の文字が見えた気がしたのは気のせいだと信じたい。
指先に意識を込めるとバチっと小さな放電が起きた。意識をコントロールすれば宝殿の威力もコントロールできた。
「おお。これで攻撃しろみたいな?」
「うん。まあ慣れるまでやってみなよ」
〜☆〜
まだ慣れてない電気技とミラノの手助けでなんとか順調に進むことができている。そろそろあの二人が見えてもいいんじゃないか。そう思い始めている矢先、目の前に小さくはあるが、明るい光が見えた。
「おい、あっち少し明るいぞ」
「…行き止まりであって。でないと取り返せないし」
二人がいたらなあ…俺もミラノもそう考えていた。まさか、本当に二人が居て、しかも逃げ場がない行き止まりだという願ってもない好都合な状況だ。
「…見つけたっ。さて、返してもらおうかね」
「げぇっ!?俺たちが行き詰っている間に!」
「大人しく返して!」
もっと言うことあると思うぜ。私の大切な宝物なのーとか、お願い返してよーとか。…って少しではあるが足が震えてるな。しっかりしてくれよ。
「だがこの石は渡さねえぜ。こんな宝物、奪われてもすぐ取り返しにこない弱虫が持ってても価値がねえからな」
「売り払って、その金が俺たちのものになる。お守りなんかより、そっちの方がよっぽど良い使い道だぜ。ケッ!」
「うぐっ…」
相当ひん曲がった性格してんなコイツら…。
(おいおい。弱気になんなよ。…しょうがねえなあ)
俺の正面には横たわったズバットがいる。自分に言われたわけでもないが、あんな性格悪いやからをちとこらしめたい気分になった。この広間に来て敵対心は見せていないし、前兆もなんもなく殴ったのだから、ドガースが驚いた顔をするのも当然だ。
「…やる気になったか?」
やはりただ一発殴っただけではそのまま地面には突っ伏さなかった。だが、相手を挑発に乗せるのには十分な一撃だった。
「力ずくで取り返しに来るか!生意気な奴だぜ!」
「行くぞミラノ。ちょーど2対2だ」
ミラノが身構えるのと同時に、ズバットがまっすぐにこちらへ向かってきた。口を大きく開けているあたり、俺に咬みつこうとしているのだろう。
(さほどスピードは無いな。余裕だ)
上体を後ろに反らせて、攻撃をひらりとかわす。すると、ズバットの腹が露わになる。右翼に電撃を打ち付けた。
「ギャァ!?」
胴体に撃てば一発KOだっただろうが、上体を反らしたままの攻撃はややバランスを崩した。結果的には左右の羽ばたく力のバランスがおかしくなり、呆気なく地面へ墜落。ラッキーと思いながらとどめの一発を背中に打ち込んだ。
「…動かなくなったな。さて…」
「…ッ!!」
目が合った瞬間、ドガースは冷や汗を垂れ流した。いや、俺が見た時から冷や汗を流していた。自分でもいうのもなんだが、なんとなくいい動きしたからかな。マトリックス。
でも、敵のドガースよりもミラノが驚いてるように見える。
(…これがついさっき技を覚えたばかりのポケモン?私よりも全然強いけど…)
(今の身のこなし方、そこら辺のポケモンじゃできねえぞ…)
「…どうした?さっきまで見下していたくせに」
視線を向けられただけで、ドガースの体は硬直した。攻撃どころか微動だにしない。たった一体の敵を倒しただけなのに。まあ、仲間だけどさ。
「ま、待て!待て!」
「?」
攻撃しかけたのに、止められた。ドガースの冷や汗はさらに増えていた。何を言うのかと思えば、咄嗟に逃げ出した。そして、洞窟の闇へと姿を消した。
「…逃げたね」
「ああ。でも、石を持っているのはズバットだ。簡単にうばえるさ」
そういって、倒れこむズバットの懐を見てみると、戦闘中には気づかなかったが、やはり首元にミラノから奪った石が。
「…今思ったんだが、こいつらなんで石を奪った?」
「わからないよ。でも、よかった〜…!」
「…まあとりあえずここから抜けるか」
一見落着。ということで、俺たちは気分よく洞窟を抜けた。
〜☆〜
「本当にありがとね!」
さっきと同じ砂浜に戻ってきた。急にミラノが振り向いて言ってくるもんだから、少し驚いたが、素直にうれしかった。
「…そういえば、ルシャは自分の記憶が残ってないんだよね?」
「…ああ。名前しか思い出せなかった」
不意に思い浮かんだあの老人の声。どうせ話してもわからないだろうから、名前のことしか話さなかった。
「…でも、俺はもともとポケモンじゃなかった」
「え?」
「俺はもともと人間だったんだ」
「…ええ?」
俺が覚えている2つの記憶。1つ目は自分の名前。2つ目は自分が人間だったということ。ミラノは2つ目が信じがたいようだ。
「でも、どこからみても…」
「そう。俺に何があってピカチュウになったのかは自分でもわからねえ」
「…もし…」
ミラノの言葉が詰まった。何か顔を赤らめながら、下を俯いた。でも、意を決したように顔を上げた。
「もしよかったらさ、えと、私と…探検隊…なろ?」
「探検隊?」
「うん。私の夢は一流の探検家になることでさ」
そういって、彼女は左を向いた。その方向には、地平線に沈もうとしている太陽と、それに照らされて朱色に輝く天と海。
「…この世界には、まだまだ誰も知らない大陸、島…そんなのがたくさんある。そんな場所には秘宝や財宝がたっくさんあるのさ!で、それを見つけるというのが探検隊でさ」
さっきとは違い、軽快で楽しそうに話す彼女。笑顔と太陽でとても輝いている。あれ。かわいい。
「…へえ…おもしろそうじゃん」
「でしょでしょ!私もそう思ってさっきもギルドに弟子入りしようとしたんだけど、私ズバットも言ってたように、意気地無しでさ…」
明るい表情から暗い表情へと変わった。頭の中でズバットが浴びせた罵声が二人の頭で蘇った。
「…わかった。やろう。探検隊」
「…え?」
「どうせ俺も記憶もなんもないし、もしかしたら、自分の記憶を取り戻すためのきっかけになるかもしれない」
「いいの?やったぁー!」
飛び跳ねて喜ぶミラノ。よっぽどうれしいんだな…。他に誰か誘えるポケモンもいなかったのか。
「私たちぜったいいいコンビなるよ!がんばろうね!」
これだけ喜んでいるのだから、俺も応えないといけない。ロマン溢れる彼女。ロマンを追い求める探検隊として。
「…おう!頑張ろうな!」