ポケモン不思議のダンジョン  Destiny story






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運命
01 偶然。されど必然
 西の海が朱色に輝く時間。世界を活気づけるという一日の仕事を終えた太陽が眠りにつこうとする時に放つ、今日最後の神秘的な光。その光は、砂浜の細かな鏡をやわらかく照らす。波で濡れた岩肌は、僅かに付いた海水が光を反射し、何気ない岩が小さく輝きを放つ。
 物語の1ページ目は、そんな一日が終わろうとするときの夏の海から始まる―――






Part.1 偶然。されど必然






 そのとき、一人の少女は夢への第一歩、そして運命の第一歩を踏み出そうとしていた。

「…うぅーーーーん…」
  プクリンの頭部の形をした妙なテント。どうやら、このイーブイはここに来るのは今日が初めてではない様子。入口の手前に仕掛けられている小さな格子。一匹のイーブイを悩ませる要因。

「…いや、今日こそは行くって決めたんだ。よし!」
 迷いを払い、前足を格子に乗せるイーブイ。勢いよく乗ったが、その格子は丈夫で軋む音さえ立てない。

「ポケモン発見!ポケモンはっけぇん!」
「ひゃあ!?」

 格子の奥から聞こえてきた謎の声。自分のことを言われたのだろう。自分の周りに監視と思われる人影はいない。

「足形はイーブイ!あぁしがたはイーブイ!」

 下から覗かれて、しかも自分の存在を叫ばれるなんてここまではしたないことはない。

「…今日もダメだ。今日こそはと思ってきたのに…
 この宝物があるからイケると思ったのになあ…」

 そう言って、首に吊るされてある小石のような物を見つめて溜息をつく。表情はますます沈んでいく

「…私ってホント意気地無しだよなぁ…情けないよ…」
 
 落ちる気分で入口に背を向け、とぼとぼと帰っていくイーブイ。しかし、この場にいたのはイーブイ一匹だけではなかったようで。

「…おい。今の見たか」
「もちろんだぜ。あれは宝物に違いねえ」
「…追うよな?」
「おうよ。行くぞ」

 妙な2人組が、イーブイの後をこそこそとつけていく。





 彼女が夢への、運命の第一歩を踏み出すのは、ほんの数十分後の話―――












 失敗は何度もあった。一流の探検隊になりたいという誰にも譲れない夢が自分にはある。だが、自分の意気地なしのせいで夢への第一歩すら踏み出せずにいた。そんな自分を何度も憎んだ。
 それでも、彼女は海岸へ来ると、心がスッキリした。並木と獣道の先にある輝く海岸。しかし、そこはいつもと違った。

「…ん?」

 自分の瞳に映った黄色い物体。いつもは一度も見ないような物が砂浜に流されている。動かないが、ポケモンだということはすぐわかった。彼女は一目散に走りだした。

「ねえ!大丈夫なの!?目を覚まして!」

 必死に声をかけ続けた。1分ほど叫んでいると、ようやくそのポケモンは目を覚ました。

「ん…」
「あ、起きた!良かった〜!」
「…どこだ…?」
「ずっとここで倒れてたんだよ?」
「倒れてた?俺が?」
「うん。どこから来た?」
「俺は...あれ?」
 
 心の中で問いかけた。俺はどこから来たんだ?そして、次に俺は誰だ?という疑問。自分の問いかけに答えることができず、俯いていた。

「...もしかして記憶喪失?」
「....多分そうかもしれない。何も思い出せねえんだよ」

これは困ったと首をかしげる2匹。

「名前は思い出せる?」
「名前....か。ちょっと待てよ」

 後ろを向き、自分の名前を浮かべた。

(俺の名前…あ、そうだ思い出した)

「俺は『ルシャ・バークス』って名前…だった気がする」
「私は『ミラノ・ロイナス』。ミラノってよんで」
「ああ、わかった」
「…いきなりごめんね。記憶喪失って聞いてちょっと疑ってさ…」
「疑う?」

 話の内容が変わる。記憶喪失という事実を疑ったのか。まあ信じられない話ではあるが。
「怪しいポケモンではないなって」
「怪しい?俺が?」
 どこをどうすれば自分が怪しく見え…ん?


 自分の体は真っ黄色。ギザギザの黄色い尻尾が生えていた。まさかと思い、近くの海を覗き、海面に映った自分の顔は、耳が2本飛び出ており、赤く丸い頬。

「俺!?俺はいつからピカチュウに!?」
「いや気づくの遅いよ!?」
 
 呆れるミラノ。そりゃ彼女は彼が元人間だということをまだ知らない。

「…自分のことすら覚えてないんだね。正真正銘の記憶喪失だね」
「真顔でそれ言われてもな…。とにかく、ミラノは俺のどこが怪しく見えた?俺はピカチュウだぞ?」

 驚きを消し、話の内容はもとに戻る。名前しか知らない二人だが、かなり親しい。

「いや最近物騒でねー。事故とか盗難が多発してるんだよ…」

 
 突然、ミラノの後ろから誰かが走ってきて、ミラノに突撃した。声をあげて倒れるミラノ。その首から先ほどの石を付けたネックレスのようなものが外れ、地面に落ちた。
「…誰だお前」
 ルシャの視界に映ったのはドガースとズバット。計画通りとでも言いたげな顔をしている。
 ミラノもようやく起き上がり、二人を睨み付けた。
「いきなりなに!?誰なの!?」
「へっ。お前にからみたくて、ちょっかいだしてるのさ」

 ザ・フシンシャ。ズバットはミラノの威嚇を気にも留めず、転がっている石に目を向けた。

「それ、お前のだろ」
「あ!それは…」
「貰っておくぜ」
 
 反抗もさせずに拾い上げた。ぶつかるのもズバット、喋るのもズバット、拾うのもズバット。ドガースなんかしろよ。と、心の中でツッコむ。手も足もないから当然と言っちゃ当然だが。

「なんだ。取り返しに来ねえのか?意気地無しなんだな」
「じゃあな。弱虫」

 そう言い残し、二人はルシャの背後にあった自分より少し背丈の大きい洞窟の入口へと入っていった。
 ミラノの顔をちらと見ると、歯を食いしばって涙をこらえる横顔が映った。

「…取り返すぞ」
「え?」
「盗られたら泣くほどの大切な物なんだろ。それに、あいつらはわざわざ通じるところがない洞窟へと逃げていったし」
「…いいの?」
「ああ。目の前で女が泣いてたら気にするにきまってるだろ。ほら、行くぞ」

 今度は嬉し涙を流すミラノ。泣くなと頭を撫でながら、彼らは石を取り返しに洞窟の中へと歩いて行った。


 

アサシオ ( 2016/02/06(土) 18:12 )