はじめに
基本的に、何かをやりこんでいる人の前では、何かをやりこんだ事すらない人は、どうにも、話についていけない状態になる。
恐ろしいのは、どこの世界においても何かを掘り下げる人間というものがいて、深い穴の下に潜っている人間ほど、同じ穴には入りたくないと思うところだろう。
一体何の話かというと、これはポケモンの話なのだ。
ポケモンは近くて深いのだが、どうしてポケモンが好きな人は、それがポケモンでなければいけないのだろうという事を、よくやっている。
それを行う人は大概、自由で皆に近しい文化としてポケモンを選択したというのだが、近い遠いなんてのはポケモンに限った話ではなかったりする。
だったら他のでやれ、と、それは野暮なのだ。
なぜならその人が頑なに信じている事は、その人にとっては絶対の正義だからだ。
と、ポケモンの基礎はこんなところだろう。
ここまでくると、とりあえずもうポケモンはいいか、捨てよう、という所なのだが、それでも捨てられない場合はどうするのか。
それはポケモンを嫌いになるのが一番いいだろう。
だが、一旦ハマったものを、ポイと菓子の袋のように捨てる事は非常に困難だ。
そんな事はない?いやいや!
それは捨てられないものに出会う事がなかった人の言い訳だろう。
だがそれはそれで幸せだろうと思う。
これほどまでに人間にポケモンが浸透してくると、捨てたくても捨てられない人がゾンビのように溢れるのだ。
これがポケモンゾンビだ!
どうしてもポケモンの商品を買ってしまう!
どうしてもポケモンの二次創作をかいてしまう!
ポケモンでなければいけない!その理由がなくなっていてもだ!
まったく必要がないのに!何の役にも立たないのに!他にする事があるのに!
だがそこでポケモンを呪っても、特に気は変わらないのだ。
そもそも、ポケモンというものが大きくなりすぎたのだ。
ただのゲームだったものが、最早、生活の中に入り込むものになってしまっている!
だがようやく自分も、何を書いても、まったく書く意味を感じなくなるぐらいまでは書いてきた。
どんだけ書けば満足するかは本当に人によると思うが、自分は遅すぎた気がする。
だいたい、ポケモンを生活の時間の大半に組み込んで、人生の予定表にに組み込もうとする事が、なんとなく常識になってしまっているのだ!
なので、こうした見失いはよく起こるのである。
さて色々書いたが、これはタイトルにあるように、なにげない事だ。
まずこれが、なにげない事だと理解しておかないと、君は一生ポケモンをしょって、別に背負う必要もないのに、そうして生きていく事になるかもしれない。
とも思うし、こんな事を「ポケモンはそんな大きなものじゃないよ」と考えるのも、それはそれで、安全といえるのかもしれない。